◯揺らぎ

第121話 セーフティーゾーン

—1—


 明智は磯峯と丸岡と共に砂浜エリアの方角へ向かった。

 暗空は真っ直ぐ山を越えて北エリアを目指すらしい。


 暗空を狙っていた明智との問題も解決し、結果的に同盟を結ぶような形となった。

 これでとりあえずはオレも自由の身となった訳だ。


 事前に購入しておいたペットボトルを取り出し、渇き切った喉を潤す。


「ただの水がこれほど美味く感じるとはな」


 中盤以降から得点を増やしていく計画だったが、明智の仲間を4人倒したことで4点獲得してしまった。


 現状、他の生徒がどのくらい得点を重ねているのか読めないが4点という得点は少なくはないだろう。


 この先、何かの手違いで得点を取りすぎた場合はGPSサーチを活用してバランスを取っていかなくてはならない。


「あっ! 神楽坂くん、やっほー♪」


 左から浅香が元気良く手を振って近づいてきた。

 やや遅れて火野もやって来る。


「ん、服が汚れてるけど誰かと戦った?」


 火野がズボンに付いていた土を指差す。

 腰には火の魔剣・紅翼剣フェニックスが下げられている。


「ああ、ちょっとな」


「怪我してたら治してあげよっか?」


「ありがとう浅香。でも大丈夫だ」


「ちゆ、神楽坂くんも一応敵ってこと忘れないでよ」


 火野が浅香をジト目で睨む。


「敵とはいえ、知り合いが怪我をしてたら心配でしょ」


「それはそうだけど……」


 火野の考えも理解できるが、浅香も間違ってはいない。

 ここは浅香の勢いに飲まれてしまったみたいだ。


「それで、神楽坂くんはどこに向かってたの?」


「昼も近いし東の物資補給エリアで食料を買おうと思ってな」


「私たちと一緒だ! やったねいのりん!」


「うん。一緒に行っても?」


 火野がオレの答えを待つ。

 浅香と火野が側にいる状態で仮に戦闘になったとしても2人の実力であれば回避は可能、か。


「わかった。物資補給エリアまでお互いに攻撃は無しだ」


「おー!」


 浅香が右の拳を突き上げてオレと火野の前に飛び出した。

 回復系統の異能力を使用すると反動で眠気に襲われる浅香だが、この元気具合を見るにまだ戦闘はしていなさそうだ。


 何はともあれ、オレたちは集団序列戦について雑談をしながら東の物資補給エリアを目指すのだった。


—2—


 午後1時過ぎ。

 物資補給エリアの目印でもあるマップ上の赤いピンの場所まで辿り着いたオレたちは、学院関係者のスーツ姿の男にライフポイントを支払い食料と飲み物を購入した。


 テントが設営されている物資補給エリアは、セーフティーゾーンとなっていて10分間という制限時間付きではあるが一切の攻撃が禁止されている。

 

 オレたちと同じように食料を求めて物資補給エリアを訪れた生徒もチラホラと見受けられる。

 唯一の攻撃の範囲外ということもあって情報交換をする場所としても機能しているみたいだ。


「いのりん、お芋がほくほくしてて美味しいね」


「うん、暑いときに食べる豚汁もいい」


 1000ライフポイントを支払って得たのは豚汁とおにぎり2つ。

 時間が限られているため、セーフティーゾーン内では豚汁だけを食べることにした。

 汗をかきながら食べる豚汁も悪くない。


「そういえば神楽坂くん、部活決めた? 紫龍先輩が気にしてたけど」


「ああ、文芸部に入ることにした。集団序列戦が終わって夏休み前にでも入部届を出すつもりだ」


「そっか! よろしくね♪」


「わからないことがあったら色々聞くと思うがそのときはよろしく頼む」


「うんっ!」


 浅香がとびきりの笑顔を見せた。

 これだけ歓迎してもらえるのはオレとしても嬉しい。


「ちゆ、そろそろ時間」


「もうそんな時間か。10分ってあっという間だね」


 設置されたゴミ箱に豚汁の器を捨て、スマホでマップを開く。

 次の目的地は北エリア。

 1日目終了までに北の物資補給エリアに着いて、テントを購入しておきたい。


 午後7時から午前8時まではフリーの時間となっており、敵に襲われる心配は無いが何も敵は人間だけではない。

 虫や野生生物、それに雨風などの天候も敵となる。


 地面で寝るという選択肢もあるが、3日間戦い抜くことを考えるとライフポイントを出し惜しみする場面ではない。


「神楽坂くん、私たちはしばらくこの辺りを拠点にするからバイバイ!」


「お互い最後まで残ろう」


 浅香と火野が手を振ってオレのことを見送ってくれた。


「またな」


 オレも2人に向かって軽く手を振り返した。


—3—


 集団序列戦1日目も半日が過ぎた頃。

 砂浜エリアから北エリアを直線で結んだ場所に無人島を大きく二分する山が存在するのだが、その山頂を訪れた生徒たちは皆異様な光景に目を丸くしていた。


 岩や土で築かれた巨大な城。

 序列戦開始から山頂まで登ってくる時間を差し引いたとしてもこれほどまでに立派な城を建てることは不可能。


 しかし、それを実現してしまう規格外な男がいる。

 彼は城の5階にあたる部分から姿を見せると、その特徴的な金髪を手櫛で掻き上げながら高らかに笑った。


「どうだい私の城を目にした感想は? 実にクールだろ?」


「岩渕だ! 逃げろ!!」


 城を見上げていた生徒たちが一斉に山を下り始める。

 その様子を見ていた岩渕の表情が真顔に変わった。


「私は感想を求めただけなんだがねー。無視されるようなことをした覚えはないんだが、まあいい」


 岩渕が5階から華麗に飛び降りる。

 着地の際、地面に足が突き刺さるが岩渕にとっては大したことではない。


「さて、暇潰しに鬼ごっこといこうかね」


 その後、山頂付近が岩渕の狩場となったことは言うまでもない。

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