第81話 紙の異能力者・折紙VS玲於奈&スイ

—1—


「自分たちから名乗った覚えはないけど、どうやらそう呼ばれているみたいね」


 ウシオはそう返答すると、懐に隠していた小型ナイフで自身の手首を切り裂いた。

 手のひらに向かって流れ落ちる血液。


赤棘あかのいばら


 ウシオが短く囁くと、血液が刀の形に変化した。

 赤棘を正眼に構え、朽田くちた折紙おりがみから私たちを守るように階段の真ん中に立った。


「殺人ギルドと言えばこっちの世界ではそこそこ有名になりつつある。最近では堀宮さんも気にしていてな。正直邪魔な存在でしかない。まさかそっちから来てくれるとは探す手間が省けた」


 朽田が笑みを浮かべ、距離を詰めてくる。


「スイ、玲於奈、今すぐ逃げて。このクラスの敵を相手にしながらあなたたちを守り切れる自信がない」


「でも」


 ウシオだけを置いて逃げるわけにはいかない。


「安心していいですよ。あなたも後ろの2人も行く場所は同じです」


 折紙が細かい紙の束を宙に投げた。


「紙吹雪」


 すると、空中でバラバラに散らばった紙1枚1枚が意思を持ったように動き出し、勢いよく飛んできた。


赤棘あかのいばら一閃」


 ウシオが構えていた赤棘を横に薙ぎ、紙吹雪を切り刻むがその全てを相殺することはできない。


 ウシオの攻撃を掻い潜った紙吹雪が後方にいた私とスイに襲い掛かる。

 警戒していたとはいえ、咄嗟のことで防ぐこともできず、私とスイは攻撃をもろに食らってしまった。

 紙吹雪が衣服を切り裂き、私とスイは勢いそのまま建物の外へと放り出された。


 ここは5階。

 このまま地面と衝突したら一溜まりもない。


「スイ、私の背中に回って!」


「う、うん」


 最早考えている時間などない。

 私はスイの腕を掴んで自分の背後に回すと、影吸収シャドー・アブソーブを発動させて建物の影を吸収した。

 すかさず手影砲撃シャドー・カノンを地面に向かって放ち、落下の衝撃を和らげた。


「うぐっ」


 しかし、地面に叩きつけられたことには変わりない。

 大怪我が軽症で済んだくらいの違いだ。


「スイ、大丈夫?」


「うん、ありがとう玲於奈」


 スイの手を掴んでスイが立ち上がるのを手伝う。


「紙飛行機」


 そうこうしている間に畳1畳ほどの巨大な紙飛行機に乗った折紙が私たちの後を追ってきた。

 折紙がこちらに来たということはウシオが抜かれたということになる。


 朽田の姿も見えないことから恐らく朽田に足止めされているのだろう。

 ビルの裏手にある駐車場。

 車が数台止まっているが、他に障害物となりそうな物はない。


「罪深きあなたたちを私が解放してさしあげます。ああ、私ったらなんて優しいんでしょう」


 紙飛行機から降りた折紙が自身の頬に両手を当て、目を潤ませている。

 どうやら自分に酔っているようだ。


「スイ、戦おう。逃げたとしてもどの道また追いつかれる」


「そ、そうだね。ウシオも戦ってるし、それにコグマとキノコもまだ中にいるもんね」


 私とスイが並んで立つ。

 異能力を使った初めての戦闘。

 負けたら文字通り死が待っている。


「朽田さんも言ってましたけど、私も子供が相手だからって手加減はしませんよ。私は私のやることをするだけです。紙吹雪!」


 宙を舞う無数の紙吹雪が風に乗って飛んでくる。

 服をも切り裂く鋭い攻撃。

 次にまともに食らったらそれこそ肉まで切れしまうだろう。


「わ、私が盾になる。水の円壁ウォーター・ウォール


 スイが両手を前に出し、水で生成した円状の盾を展開した。

 折紙が放った紙吹雪が水の盾にぶつかり、激しい音を鳴らすが貫通してくる気配はない。


「す、スイ」


「玲於奈は私の異能力を凄いって褒めてくれたから。だから私も玲於奈の力になりたい」


 苦しそうな表情を浮かべるスイがここまで言っているんだ。

 なんとか折紙を倒す算段を立てなくては。


 これまでの行動を見るに折紙の異能力は紙を自在に操る異能力と考えていいだろう。

 私の異能力は影を操るもの。スイは水を操るもの。


 折紙の攻撃はスイの盾で防げることが証明された。

 しかし、スイは体内の水分を媒介にしているためそう長くは持たない。

 また、折紙の攻撃技は他にもあると考えた方がいい。


 紙の異能力は応用性がある。

 だが、これは影の異能力にも水の異能力にも同じことが言える。


 あとは場数の差か。

 戦闘に慣れているか、いないかの差は大きい。

 戦闘に慣れていればいるほど窮地に追い込まれたときに脳内に浮かぶ選択肢が多い。


 私たちにはそもそもその選択肢がない。


 でもやるしかない。

 また明日もみんなと同じ景色を見るためには目の前の敵と戦って勝つしかない。


 思考を止めず、進化し続けるんだ。


「紙手裏剣」


 私とスイの横に回り込むように走っていた折紙が盾に向かって紙手裏剣を投げつけた。

 次の瞬間、紙手裏剣が水の盾を真っ二つに切り裂いた。


 スイが異能力を解除させ、ジグザグに走りながら接近してくる折紙に向かって腕を伸ばし、照準を合わせようとする。

 私も影吸収シャドー・アブソーブで車の影を両手に集め、次の攻撃に備える。


「殺人ギルドって言うくらいなのにこんなものなの? それとも戦闘技術は教えてもらってないのかな?」


 折紙が懐から紙製の剣を抜いた。


「風紙乱れ斬り」


 深く踏み込むことで左右の動きから上下の動きに変化させた剣戟。

 私もスイも初めて見る攻撃に目で追うことができなかった。


「んっ」


 右腕に刺すような痛みを感じた瞬間、後方に大きく跳んだが折紙の追撃を左足に受けてしまった。

 紙特有の鋭い切れ味。


 右腕と左足からつーっと赤い血が流れる。

 ビルの階段で受けた紙吹雪の衝撃も今頃になってジンジンと痛む。


 右に回避したスイに目をやると、水色の髪の毛がバッサリと切れ、額から血が流れていた。

 その光景を見て思わず脳裏に死が過ぎる。


 首を左右に振って死の恐怖を振り払う。


「よそ見をしなーい。紙礫かみつぶて


 折紙がピンポン球ほどに丸めた紙を複数投げつけてきた。

 紙だからそれほど速度は出ないというのが一般常識。

 しかし、折紙の異能力で作られたそれは常識の枠に収まらない。


 弾丸のように鋭い紙の礫が私の腹を、頭を貫こうと次々と襲い掛かってくる。

 体を捻り、回転しながらそれらを間一髪のところで回避していく。


影繋ぎシャドー・コネクト


 なんとか車の影まで走り込むと、そのまま影に飛び込んだ。

 影の中なら折紙の攻撃は届かない。

 私は痛む体に鞭を打ち、スイの影の真下まで移動するとスイの足を掴んで影の中に引きずり込んだ。


「わわっ、玲於奈ここは?」


「影の中の世界だよ。私の異能力は影を操る異能力だから影の中を自由に行き来できるの」


「す、凄い。ここなら安全だね」


 影の中から折紙の様子を窺う。

 どうやら折紙は突然姿を消した私たちを探しているようだ。


「でも、私たちがここにいる限り折紙には勝てない」


 それに、いつまでもこうしていたら折紙が朽田の元に戻ってしまうかもしれない。

 そうなったらウシオが不利になる。


「玲於奈、私が囮になるよ」


「何を言って」


「私が折紙の前に飛び出して注意を引きつけるからその間に玲於奈が折紙の後ろから不意打ちを仕掛けて仕留めて」


「ダメだよ。そんなことをしたらスイが死んじゃうよ」


 折紙と私たちとの力の差は歴然。

 ここ数分戦っただけでそれが嫌というほどわかった。


「大丈夫だよ。私たちにはマザーがついてるから。ねぇ、マザーの異能力は覚えてる?」


 こんなときにスイは何を言っているのだろうか。

 種蒔さんの異能力は生き物の成長を促進させる異能力だ。

 マザーパラダイスにやって来た当初、庭で育てていたトマトの実を成長させていたところをスイと一緒に見たことがある。


「成長促進でしょ。それがどうかしたの?」


「ここまで言ったら何か思わない? 私たちが毎日欠かさずマザーにされていたことと照らし合わせれば」


 スイにそう言われて記憶を遡らせる。

 マザーパラダイスで暮らす子供たちが毎日欠かさず行っていたこと。

 1つだけある。


「朝の健康チェックか」


「うん、マザーは面談の後に必ず心臓の音を聞いていたでしょ。私も偶然ウシオとコグマとキノコが話しているところを聞いたからわかったんだけど、マザーは私たちの異能力の成長を手伝ってくれてたんだって」


「そんなことが」


 あるはずないと言い掛けて口を閉じた。

 マザーが心臓に手をかざしている間、不思議と体の内側が暖かくなったことを思い出した。


 そして、ついさっき地面に落下することを防ぐために放った手影砲撃シャドー・カノン

 以前、酔っ払いに放ったものとは比べ物にならない威力だった。

 これも種蒔さんの異能力の効果だというのなら説明はつく。


 それにウシオやコグマ、キノコの3人がこれまで大人を相手に戦ってこれたのも納得できる。

 同年代の子供たちに比べてマザーパラダイスの子供たちは成長が早いと思う節があったけれど、そういうことだったのか。


「私は玲於奈が来る前からマザーの健康チェックを受けてる。だから少しの間なら折紙とも戦えると思う」


 「私に任せて」と言い、胸に手当てるスイ。

 その手の甲が乾き始めているのを私は見逃さなかった。

 種蒔さんのおかげで異能力の底上げが行われていたとはいえ限界はある。


 次の一手で折紙を倒さないと負けるのは私たちだ。


「わかった。絶対に倒そう」


「うん。玲於奈、私を信じて」


 スイが天に手を向け、激しい水飛沫と共に車の影から飛び出した。


「ようやく姿を現したわね。そんなに傷だらけで可哀想に。今楽にしてあげるから大人しくこっちに来なさい」


 折紙の手には紙の礫が握られている。

 優しい口調だが、頭を撃ち抜く気満々だ。


「私は私を信じてくれる人のために戦う。水の螺旋砲ウォーター・キャノン!」


 スイが繰り出した水の砲撃は螺旋回転を描き、一直線に折紙の元に進んでいく。

 迎え撃つ折紙は手にしていた紙剣を頭上に振り上げて静止した。洗練された美しいフォームだ。


「風紙十字斬り」


 水の螺旋砲ウォーター・キャノンが折紙の間合いに入った刹那、折紙は剣を二度振るった。


「!?」


 スイが目を見開く。

 無理はない。

 渾身の一撃が綺麗に四等分に切り裂かれてしまったのだ。


 折紙は目の前のスイに狙いを定めて一気に間合いを詰める。


泡の障壁バブル・バリア


 唇を尖らせて大きく息を吐くスイ。

 たちまちスイの前に泡の壁が形成されていく。指先からも小さい泡が絶え間なく吹き出している。

 折紙を近づかせないための防御技だろう。


 しかし、スイも限界がかなり近いのか顔色がみるみる悪くなっていく。

 そしてこれは。


「折紙とは相性が悪い」


 影の中から戦況を見守っていた私は折紙にスキができるタイミングを計っていた。

 スイが初めに見せた水の円壁ウォーター・ウォールは水分の消費量が激しい。

 だからスイは水の消費量が比較的少なくて済む泡の壁を作ったのだろう。


 だが、折紙の異能力にかかれば泡を切り裂くことなど容易いはずだ。


 私の予想通り、折紙が紙手裏剣を手にして振りかぶった。


「スイ!」


 スイがやられるところを黙って見ていることなんてできない。

 私は折紙の後方に止まっていた車の影から飛び出した。


手影砲撃シャドー・カノン!」


 今私が出せるありったけの力を込めた一撃。

 轟音を轟かせながら影の砲撃が折紙に迫る。


「クッ!」


 折紙は体を反転させながら紙手裏剣を投げ放った。

 驚くべき身体能力の高さと体の柔らかさ。


 紙手裏剣は手影砲撃シャドー・カノンをいとも容易く真っ二つに切り裂いてしまった。


「今のは少し焦ったわ。でもそれだけのこと。そろそろ終わりにするわよ。紙吹雪!」


 現在私とスイは折紙を挟み撃ちにしている形だが、折紙は双方均等になるように攻撃を仕掛けてきた。


 スイが築き上げた泡の壁が紙吹雪によって次々と割られていく。

 ついには紙吹雪がスイにまで届いてしまった。


「んあっ!!」


 スイが声にならない悲鳴を上げて倒れた。

 私は折紙に斬られた左足を引きずりながらなんとか紙吹雪を掻い潜る。


「スイ!!」


 もうアドレナリンで痛みもあまり感じない。

 走れ。足を止めるな。


 決着がつくそのときまで攻撃の手を緩めるな。

 スイが作ってくれたチャンスを、時間を無駄にするな。


影繋ぎシャドー・コネクト


 自分の影に潜り、瞬時に折紙の影から飛び出る。

 もう無我夢中で動いているから頭もろくに回っていない。


 ここしかない。

 折紙の背後から最大技を放つ。


 1度防がれたくらいでなんだというのだ。

 当たるまで続ければいつかは当たる。


 戦術も何もわからない私はそれくらいしかできないのだから。


手影砲撃シャドー・カノンッ!」


 ?


 攻撃が出ない。

 その代わりに駐車場には乾いた発砲音のような音だけが響いていた。


 脳が揺れて視界が定まらない。


「紙鉄砲」


 折紙の手には紙鉄砲が握られていた。

 空気抵抗を受けると激しい音を鳴らすそれが私の脳を揺らしていた。


 脳が揺れて意識が逸れたせいで技が不発に終わったのだ。


 完璧に背後を取っていたのに。

 反応速度が尋常じゃない。


 闇社会で幾度も命のやり取りをしてきただけのことはある。


「安心して下さい。すぐにみんな同じ場所に送ってあげますから」


 折紙が紙剣を斜めに切り上げる。

 よりも前に空が何かに反射して輝いた。


「信じてるよスイ……」


流星水矢シューティング・アクアアロー七連セブンス!」


 次の瞬間、折紙の紙剣が私の体に届くよりも早く、折紙の頭上に水の矢が降り注いだ。


「ぐはっ!」


 スイが影から飛び出した際に天高く放っていた七つの矢が時間差で降り注いだのだ。

 折紙もまさか空から攻撃が降ってくるとは思っていなかったようだ。


 折紙はうつ伏せに倒れてピクリとも動かなくなった。

 どうやら気絶したみたいだ。


「スイ!」


 私は倒れていたスイの元に駆け寄った。


「酷い」


 スイは折紙の紙吹雪のダメージで体中切り傷だらけになっていた。

 体の至る所から出血している。


「玲於奈、信じてくれてありがとう」


「うん、スイのおかげで勝つことができたよ」


「そっか。よかった」


 スイが安堵の息を吐いた。

 出血はしているが幸いそれほど深い傷ではなさそうだ。


 しかし、これ以上の戦闘は無理だろう。


「スイ、戦いが終わるまで私の影の中で休んでて」


 この周辺で私の影の中以外に安全な場所はない。

 私はスイを影の世界に取り込み、眠ったことを確認するとウシオの元に向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る