第86話 知ってはいけない秘密

—1—


 時間が流れるのは本当に早いもので、あれから5年の年月が経っていた。

 最年長の私とウシオは今年で14歳を迎える。


 堀宮が率いる組織との戦いから今日まで、依頼の大小はあったが数々の任務を遂行してきた。

 今では最年少のハッチとアイラを除く全員が任務に参加している状況だ。


 中には命の危機を感じるような危険な依頼もあったが、スイやコグマやキノコ、ウシオなどのベテラン勢のサポートのおかげで何とかメンバーが欠けるような事態にはなっていない。


 依頼をこなすごとにマザーパラダイスのメンバーの絆もより強くなっている。


「残り30秒」


 腕時計に目を落としたスイが私とウシオに残り時間を告げる。

 屋敷の裏庭。

 私とウシオは勉強の合間に特訓も兼ねて模擬戦をしていた。


 堀宮の護衛である朽田、折紙、金蛇と戦ったあの日、ウシオから「玲於奈、あなたも強くなって私たちと一緒に仲間を守ってほしい」と言われて私は強くなることを誓った。


 それからというものほとんど毎日こうやってウシオに稽古をつけてもらっている。


 ウシオ曰く、私の弱点は接近戦に持ち込まれたら押し切られてしまうという点らしい。


 確かに攻撃技と言ったら放出系の『手影砲撃シャドー・カノン』くらいしかないし、影を集めてから放つため時間がかかる。


 時間の面は工夫次第でどうとでもなるけれど、やはり近接戦闘に向いてはいないだろう。


 私は弱点を克服するためにウシオの赤棘のような刀を持つことに決めた。

 影を媒介として作り出した刀。それを月影と名付けた。


 刀を握った経験など当然無かったので、初めはフォームさえ怪しかったのだが、ウシオから入念に刀捌きを叩き込まれたので、今ではそれなりに使いこなすことができている。


「月影一閃」


「赤棘一閃」


 月影が弾き上げられ、ウシオの赤棘が私の腹の前で寸止めされた。


「勝者、ウシオ」


 まだまだウシオには届かない。


「今日はここまでにしよう。玲於奈、最後の一撃悪くなかったよ」


 ウシオが異能力を解いて模擬戦を振り返る。


「でもまだまだウシオには届かないね」


「そう簡単に追いつかれたらリーダーとしての顔が立たないわ」


 稽古を始めてから約5年。

 私は1度もウシオに勝つことができていない。


 ウシオはよく私の成長速度を褒めてくれるのだが、こうも負けてばかりだと本当に実力がついているのか疑問に思ったりすることもある。


 しかし、任務に出た際など、上手く立ち回れるようになったと自分でも自覚できるようにはなったので、ただ単にウシオが頭ひとつ抜けているのだろう。


「区切りもついたし、戻って勉強しよっか」


 スイが屋敷に足を向け、私とウシオもスイの後に続くのだった。


—2—


 その日は珍しくマザーパラダイスに来客があった。

 白髪混じりの頭にビシッと決められたスーツ姿の男。歳は40代後半から50代半ばといったところだろうか。

 白髪が混じっているが見た目は若々しい。


「こんにちは」


 男は私たちを見ると軽く頭を下げて微笑んだ。

 マザーパラダイスに一体何の用だろうか?


陣内じんないさん、わざわざこんな遠い所まで足を運んで下さってありがとうございます」


 どうやら男は陣内と言うらしい。

 種蒔さんが陣内を屋敷に迎え入れると、真っ直ぐ奥の部屋に通して扉が閉められた。


「知ってる人?」


 私は勉強をする手を止めて正面に座るウシオに聞いてみた。


「異能力者育成学院の校長みたい。詳しいことはわからないけど、この施設に金銭面で支援してくれているってマザーから聞いたことがあるわ」


「そうなんだ」


 11人の子供たちを養っていくだけのお金の出どころが気になっていたが、そういうことだったのか。

 だが、なぜ高校の校長が支援してくれているのかという疑問は残る。


「……」


 ウシオが口の前に人差し指を立てたので私は頷いた。

 そのまま足音を立てないように奥の部屋の前まで移動したウシオは、中の会話を聞くべく扉に耳を当てた。


 私もウシオに倣って扉の前まで移動する。


「久し振りに足を運びましたが、順調に成長しているみたいで安心しましたよ」


「はい、お陰様でみんな良い子に育ってます」


「最年長が何歳でしたっけ?」


「今年で14歳です」


「ということはあと1年ですか」


 あと1年?

 陣内は何の話をしているのだろうか?


「陣内さん、アユミとカンナは元気ですか?」


「ええ、2人共我が校で元気に働いていますよ」


「そうですか」


「機会があれば今度2人に会わせて差し上げましょうか?」


「いえ、やめておきます。きっとアユミもカンナも私のことを恨んでいるでしょうから」


「そんなことは無いと思いますが。わかりました。それではそろそろ本題に移っても良いでしょうか?」


「はい」


「報告書で子供たちの情報は確認していましたが、直接お聞きしてもよろしいですか?」


「まず、最年長でリーダーをしているウシオですが、血液を操る異能力を持っています。戦闘技術が非常に高く、リーダーシップもあってみんなから信頼されています」


 ウシオが私の顔を一瞬見てからすぐに意識を扉の向こうに戻した。


「同じく最年長の玲於奈ですが、マザーパラダイスに来たのは一番最後になります。影を操る異能力を持っていて機動力に優れています。頭も良いので状況の分析なども得意なようです」


 種蒔さんはこんな調子でマザーパラダイス全員分のプロフィールを話し始めた。

 1人に対して1分程度の説明だったが11人ともなるとそれなりに時間はかかった。


「随分と思い入れがあるみたいですね。愛情を注ぐのは構いませんが、ある程度割り切って接さなければ後で辛くなるだけですよ」


 話を聞き終えた陣内が意味深な言葉を吐いた。


「あの陣内さん、無理を承知でお聞きします」


「何でしょう?」


「このままあの子たちと一緒に暮らしていくというのはダメでしょうか?」


「それは許されません。種蒔さん、初めに交わした契約を思い出して下さい。あなたは成長促進の異能力を使って子供たちを15歳まで育て上げる。私はその見返りとして十分以上の金銭を渡してきたはずです。今更やっぱりやめたいですと言われても首を縦に振ることはできませんよ」


「でも——」


「種蒔さんもご存知の通り、このプロジェクトには『聖帝虹学園』や『私立鳳凰学院』も関わっているんです。あなたも1度関わってしまった以上途中で降りることは許されないんですよ」


 脅しとも取れる陣内の発言。

 陣内の言うプロジェクトとやらには少なくても3校関わっているらしい。

 プロジェクトの内容が気になるが、ここでそれに触れることは無さそうだ。


「わかりました」


「くれぐれも変な気を起こさないようにお願いします」


 室内から椅子を引く音が聞こえてきた。

 私とウシオは急いで席に戻り、勉強をしているフリをしてその場をやり過ごした。


 私は陣内を見送った種蒔さんの表情が目に焼き付いて離れなかった。

 あの目は何か覚悟をしたときの目だ。

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