第69話 影が濃くなる時間帯
―1—
「どうして私だとわかったんですか? と、訊くほど私も愚かではありません」
暗空は口の端に笑みを浮かべたままオレの顔を見た。
自然と目が合う。
その紫の瞳からは『期待』と『興味』のような感情が見え隠れしている。
一体なぜ暗空はオレにそんな感情を抱いているのだろうか。
それは反異能力者ギルドのガインとの戦闘中、オレが暗空の影の異能力を軸としたオリジナル技を使ったからだろう。
また、奥の手として隠していた『融合』の異能力まで晒してしまった。
本来であれば魔剣のことではなく、オレに関する情報を根掘り葉掘り聞き出したいはずだが、この場に火野もいる以上そうはいかない。
まあ、今後より一層接近してくるには違いないが。同じ生徒会に所属している身でもあるしな。
そのときはそのときだ。
「どうして
火野が一歩前に踏み出し、暗空に迫る。
「回りくどい言い方を省きますと、魔剣を破壊することは可能なのかという実験をしていました」
「魔剣を破壊するだと?」
魔剣は魔剣に選ばれた人間以外は触れることができない。
地面に落ちている魔剣に攻撃を加えようとしても特殊な力によって弾き返されてしまう。
だから魔剣を壊すことはできない。
しかし、暗空は確かに魔剣を破壊すると言った。
魔剣に宿る
オレだったらどうするか。
少しの間、思考を巡らせる。
「そうか、魔剣に宿る生物を殺すことができればその器となる魔剣も力を失うことになる、か」
事実として
「さすがは神楽坂くんです。正解です。結論から言いますと、火の魔剣・
「
「安心して下さい。数え切れないほどの実験を重ねましたが無事ですよ。すいません、今のは余計な情報でしたね」
なぜか火野を挑発するような口振りを見せる暗空。
魔剣の話になると、どこか目の奥に怒りの炎が灯っているような凄みを感じる。
一方、挑発された火野は不死鳥のことが心配なのか、挑発されたことによる怒りなのか抜け殻となった魔剣を正面に構えた。
「早く不死鳥を返して」
「別に構いませんが、ただでというのは面白みに欠けますよね」
そう言って暗空がオレの手を握ってきた。
握られたその小さな手は生きているのかと疑うほど冷たかった。
「ちょうど神楽坂くんもいることですし、こういうのはどうでしょう。火野さんが私に下剋上システムで挑む。審判は神楽坂くんにお願いします。火野さんは、最近では序列下位の
「おい暗空、何もそこまでする必要は―—」
「わかった。私、火野いのりは暗空さんに下剋上システムを申し込む」
「おい、火野も気持ちはわかるがムキになるな」
「それでは場所を移しましょう」
オレが止める間もなく話が進み、オレたちは人気の無い場所を求めてショッピングモールの外れに向かうのだった。
―2—
「ここまで来れば問題ないでしょう」
特にこれといった会話をすることもなく黙々と歩き続けていると、少し開けた場所で暗空が足を止めた。
周囲には薄暗い街灯が等間隔であるくらい。
街灯の下には休憩をするためなのか木製のベンチが設置されている。
ショッピングモールの外れにこんな場所があったとはな。
こんなときじゃなければのどかで居心地が良さそうなものだが。それこそベンチに座って周りの目を気にせず読書なんてのも絵になりそうだ。
暗空と火野はそれぞれ距離を取って屈伸やら腕を伸ばしたりやら体をほぐしていた。
夜で気温も下がっている。
固まっている筋肉をほぐさないと思わぬ怪我に繋がりかねない。
下剋上システムをすることが決まった以上、オレも審判に専念するとしよう。
2人の間に入り、準備が整うのを静かに待つ。
待つこと数分。
月影を手にした暗空と
お互いがお互いを見据えたまま静止する。
これ以上、言葉は必要ないみたいだ。
「準備はいいな? 始めるぞ。下剋上システム、バトルスタート」
動き出したのはほぼ同時。
しかし、暗空の踏み込みの方がやや早い。
「っ!」
振り下ろされた月影を
「まだまだいきますよ」
今の一撃で火野の力量を読み取った暗空は、すかさず追撃を仕掛ける。
休ませる暇など与えない猛追。
剣技に自信のある火野を一方的に押し込んでいく。
「月影一閃」
腰の下を薙ぐ高速の一閃。
火野は腰を落として重心を下げることでなんとか対応する。
魔剣の力を失っているので、暗空の月影を焼き切ることはできない。
せいぜい弾き返すので精一杯といった様子だ。
それにしてもここまで暗空優勢の試合運びになるとは思わなかった。
暗空の実力は知ってはいたが、剣戟だけで火野を圧倒するとは。
これで、まだ影の異能力を使っていないのだから剣戟とのコンビネーションを仕掛けられたら火野はかなり厳しくなるだろう。
「その顔はなぜ? と思っている顔ですね」
暗空は地面に片膝をつく火野に向かって話し掛けた。
「ソロ序列戦のときとはまるで別人。同じ相手と戦っているはずなのに数段上の相手と戦っているような、そんな感覚に陥っていたかと思います」
火野は
心の内を言い当てられたのか少し渋い表情をしている。
「何か理由があるの?」
「私の異能力は火野さんもご存知の通り、影を操るものです。影には濃くなる時間帯というものが存在します。それはいつでしょう?」
暗空がフフッといつもの不気味な笑みを浮かべた。
「夜?」
「正確には太陽が沈んでからですね。これが私の異能力の性質なのか、私自身の特殊体質なのかはわかりません。ですが、夜の私は昼間の私とは格が違います。全てのパラメーターが大幅に上昇しているので、火野さんの今の実力ではとても相手になりません。なので、早く異能力を使うことをおすすめします」
暗空にそう言われ、火野は口をギュッときつく閉じた。
振り返ればソロ序列戦のときも火野は1度も異能力を発動していない。
全ての試合を火の魔剣・
これまで強力な力を持った魔剣にばかり目を向けられてきたが、火野自身の異能力についてはオレも興味がある。
浅香に探りを入れたこともあったが、本人から直接訊いてと言われたっきり行動には移してなかった。
「うるさい。私には
火野が暗空の下に直進しながら連続で
その動きは決勝で見せた
しかし、当然ながら
「火野さんが背負っているものが軽いとは言いません。ですが、私に比べたらまだまだです」
暗空の紫の双眸が火野の魔剣を捉える。
次の瞬間、火野の
その衝撃で後方に吹き飛ばされる火野。
勝負ありだ。
「バトル終了。勝者、
暗空の勝利をコールする。
バトルに勝った暗空が仰向けに倒れたまま咳き込んでいる火野の下に歩み寄る。
「安心して下さい。お借りしていた
そう言って、暗空は『
空中に巨大な影の壁が広がると、中から不死鳥が飛び出してきた。
不死鳥が纏っている炎で周囲が明るく温かくなる。
自由となった不死鳥は円を描く様に空を飛行すると、
それに反応して
「それでは、私は失礼します」
「ああ」
暗空が軽く頭を下げるとオレたちに背を向けた。
夜風で揺れる黒髪をオレは暗空の姿が見えなくなるまで見つめていた。
しばらく立ち尽くしていると、足元から鼻をすする音が聞こえた。
音の主は火野しかいない。
火野は服の袖で目元を拭い、
魔剣の問題はひとまず解決したが、火野の心に傷を負わせる結果となってしまった。
下剋上システムの結果。
暗空玲於奈・3725BP
火野いのり・624BP
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