ふたつのうつわ

作者 如月ふあ

48

16人が評価しました

★で称える

レビューを書く

★★★ Excellent!!!

高校生のナツキとトーマが、陶芸を習いながら、試行錯誤してそれぞれの自分なりの作品を作り上げる話です。

二人の友情、信頼、仲間。先生と生徒。師匠と弟子。そして、猫。
最大の謎である、「レイヤー」。
いろんな要素が見事に表現されています。

しかし! この物語には、それ以上の宝石が埋まっている。
全ての創作者・物作りに携わる人たちが共感できる、様々なメッセージがちりばめられているのです。

レイヤーとは何か。

それが理解できたときには、きっとあなたの物作りのレベルが上がっている事でしょう。

もちろん、陶芸自体についての興味深い話もたくさんです!
これまで陶芸とはどういうものなんだろうかと興味があった人は、この話を読めば、仮想体験できるでしょう。

★★★ Excellent!!!

物語、心情、視覚、経験、全てものが幾重ものレイヤー(多層)で積み重なり、少年たちの友情と成長が紡ぎ出される物語。

陶芸を通し、親代わりの叔父と少年ナツキ、新入生の後輩トーマとの日常生活を通したの心の移り変わり、温かく見守る言葉少ない叔父との絆、全ての関係性がレイヤーという言葉でうまくまとめられたおはなしでした。

陶芸の細かい描写もあり、ひとつの作品が作られるまでの過程から、まわりからは見えることのない「裏方仕事」の大変さ、大切さからは社会性や他者への思いやりや苦労を知るきっかけになったり、見えている「表層的」なものの内面には「多層的」に繋がるたくさんの人やものが絡んでいることを示唆しているようにも感じました。

個人的には、ちょいちょい出てくる「全てを悟った上でひたすら裏方にまわっているかのような学長」がいいやつすぎて惚れる。

★★★ Excellent!!!

レイヤー。人とは違う『見え方』をする人たちがいる。
アーティストを志す者にとって致命的なそれをもちながら、陶芸というひとつの芸術のもとに出会った二人の少年。

芸術は一朝一夕にして成るものではない。
それは人生にも似ている。
たくさん経験して、たくさん失敗して、強くなっていくしかないのだ。
悩むこともあるし、落ち込むこともある。
けれど、それは成長の為に必要な『工程』なのだ
後ろを振り向いている暇などない。
堂々と前を向こう。そして自分の信じた道を進もう。
梅の花が、そう言っているような気がした。

――自分の芯を取り、土台を強くして、あの花のように凛としていればいいのだ。風が吹き、雨が降っても、ただ空を仰いで――

★★★ Excellent!!!

 震災後、レイヤーを持つ子供たちが現れた。レイヤーとは、視界の色がすべて淡く見える現象で、時には物の大きさまでも誤認することがある。主人公の少年もレイヤー持ちであったが、先生に師事し陶芸をしていた。そこに、もう一人のレイヤー持ちの少年が現れ、二人でr陶芸をすることとなる。土の練り方や釉薬のつけ方、窯の温度調整。その工程はまるで人生をなぞっていくようでもあった。
 そして、レイヤーを研究している博士が現れ、レイヤーの消滅を予言する。レイヤーがない世界を知らない二人。そんな二人に、陶芸の先生は、二人だけで器を作ってみるように言って、出かけてしまう。
 果たして、レイヤーは取れるのか? 
 取れたとして、その世界はどれほど鮮やかなのか。
 二人で試行錯誤しながら作る器は、完成するのか?
 そしてお互いの進路について考える時期が来て――。

 とにかく陶芸の描写が、生き物のようで、繊細でした。拝読していると、土の匂いや質感、窯の温度や、釉薬をかける音までが脳に響いてくる気がしました。
 二人の少年がお互いに刺激し合って、陶芸に向き合うさまが、タイプが違うが故に引き立って見えて、成長物語としても十分読みごたえがあります。さらに、レイヤーというアクセントが入ることによって、読み手が見えている世界よりも、実は違う世界が開けていると感じられました。眼福です。

是非、是非、御一読下さい!

★★★ Excellent!!!

レイヤー。
それは人とはちょっと世界の見え方が違うひとたち。
不幸な災害が原因で、後天的にそうなってしまったひとたちだ。
しかし自然は流転する。
その呪いは徐々に薄れていった。

本作はふたりの少年の出会いからはじまるハートウォーミングでちょっぴりシリアスな学園青春ストーリーだ。

彼らは陶芸を通じて絆を深め、お互いを高め合う。
その姿に共感する読者も多いのでは?

自分も本作を読んで教えられる部分が多く。
陶芸というモチーフのなかに、人生における大切なことや困難なこと、また分かち合う喜びを見た。

他人にとって奇異な出来事というのは、果たして本当に不幸なことだったのだろうか。その体験は自分にしか出来なかった、分からなかったというのは本当に悪いことだったのだろうか。

ひとは失ってから初めてその本質を求めようとする。
いまはもう失くなってしまった何かを、道標もないままに探す。

そんなふたりの勇敢な物語をいま読もう。
われわれが成長の途中、どこかで置いてきた何かともう一度出会うために。