164 前哨戦
「歴史に名を残したいって……想像以上に底の浅いやつで迷惑極まりねぇな」
それが七篠と天内のやり取りを聞いた上で出てきた感想である。
俺は今、建物の屋根を剣でくり抜きその下にある屋根裏に身を潜めて2人の様子を観察していた。
その中で彼らはやたらと大きな声でやり取りをしてくれたので耳を澄ます必要もなくその内容、七篠の目的を聞くことができたのだが……その感想が今しがた呟いたそれである。
なんというか、そんな浅さでこれだけ大きな騒動を引き起こしてる辺りは『七篠 克己』というよりも転生した中身の無駄なスペックの高さを感じなくもないが、それができるならもっと別に方法があっただろうと言いたくなる。
つか、歴史に名を残したいなら王都に突っ込んで王族やら国の首脳陣やらを意味なく2~3人殺してしまえばそれだけで達成できるだろうに。
それなら『
うーん。面倒、迷惑、極まってるな……。
「ガキの相手なんざ真面目にやりたくはないんだけどなぁ」
とは言えガキはガキでも無視できない強さを持ってる相手だ。底の知れた相手であっても命のやり取りをする以上は手を抜く訳にはいかない。
例え奴を負かす方法を思いついたとしても前提として直接的な戦いに勝利する必要がある。
なので俺は『雷帝拳』という原作には存在しなかったオリジナル技の使い手かつ同じ転生者である天内に七篠の手札を暴くための威力偵察を頼んだのだ。
しかしその結果が想定以下の七篠の底の浅さとカスっぷりに冷静さを欠いた天内の姿である。
気持ちはわかるがあくまでこの戦いは「準備」の一環であることを忘れないでもらいたいところ。本気でやるのは良いが今後のことを考えて全力は控えてもらいたい。
なにせ全力となると七篠の『世界介入』を打ち消すことを想定して作り出された天内の『主人公補正』を晒すことになる。それは対七篠に対する切り札的なものであり、こんな前哨戦で出すべきカードではないのだ。
どうせ使うなら乾坤一擲で必殺になりうるタイミングがベスト。
故にもしも天内がこの場でそれを使うような兆候を見せたならば介入してでも絶対に阻止せねばならなくなる。
そして介入したらしたで七篠側に「なにかしらの切り札がある」と警戒させる原因にもなってしまうので『主人公補正』の使用は基本的にデメリットにしかならないだろう。
慢心に満ちてるやつは殺す時までそうあって欲しい。
満身は油断を生み、油断は隙を作るのだから。
そしてそれらはあればあるほどありがたい。
だからこそ、この戦いに介入しなければならない事態を起こさないでくれと願わずにはいられない。
「(頼むぞ天内。人にフォローされるのは得意だがフォローするのは苦手なんだよ。戦いの中で冷静さを取り戻して良い感じにやつの手札を暴いてくれ……)」
そんなことを思いつつ俺は眼下の2人の戦いを観察し続ける。
七篠と天内が同時に踏み出した中で、先手を取ったのはスペック的には劣っているであろう天内だ。
「――ッ!」
「うおっ!?」
行ったことと言えば至極単純。接近の途中で一瞬、本当に一瞬だけその場で力を溜めるように踏みとどまっただけ。
接敵するタイミング、その予測を狂わせるためのフェイントだ。
それだけで七篠が振り抜いた両手剣が空を切る。次の瞬間には天内が七篠の懐に入り込んだ。
纏う雷霆が激しさを増す。天内が『雷帝拳』の出力を上げた証明だ。
目と鼻の先に敵がいる超至近距離、そこは徒手空拳が一番生きる場所だ。
両手剣の使い手である七篠が動き出すよりも早く、そして多くの攻撃が天内から放たれる。
顔面までの最短距離を貫く縦拳、唸りを上げるチェーンパンチの連打。
距離を開けようと七篠が一歩下がれば残された足を踏み抜いて阻止、視界の外から襲いかかる剣の振り上げを見ることもせずに躱してしゃがんだ姿勢から放たれるアッパーカット。
まるで独楽のように周りながら次々と叩き込まれる肘による攻撃は一撃一撃が渾身の力が込められており、その執拗さに天内の怒りが見えてくる。
「こッ! のッ! ハァッ! ダァッ!!」
「がっ、ごっ、ばっ、かぁっ」
中でも特に注目すべきは腰から下の動きである。
主に手を使って攻撃を仕掛けている天内だが、時には腰を相手の腰にぶつけ、足さばきを使って七篠の動きを巧みに邪魔をしている。
足元に邪魔が入れば踏ん張りを入れることができない。
踏ん張りが効かない状態では攻撃に力を乗せられず威力も速度も下がることは当然として、天内の打撃に宿る破壊力を受け流したり筋肉を硬めて耐えたりなどが難しくなる。
たたらを踏んででも発生させた力は今度は腰同士のぶつかり合いによって伝導が阻害され、上半身に行く頃には殆ど失われているだろう。
そこまでされてもなお転ぶことがない辺り、七篠は片足だけでも地についていれば身体を支えられる凄まじい体幹と身体能力を持っているに違いない。
しかしその状態で反撃として振るわれる剣は「斬撃」というよりも「棒振り」と言っても良い程に弱体化している。
腕の力だけを使って振り回すそれは動きが読みやすく、躱しやすい。戦いは天内が完全に主導権を握っていた。
「ハァッ!!」
大きな隙を見せた七篠を前に、天内が『雷帝拳』の力でその両拳の先に帯電する焔の刃を作り出す。
ユリアの砲弾さえも焼き切るほどの高エネルギーが宿った刀身が七篠へと襲いかかり直撃――するはずだった。
「おっと、それは痛そうだな」
「なっ!?」
突然、七篠の動きが急加速した。
天内の攻撃が奴に届くまでの刹那の時間に崩れていた体勢が整い、両手剣を握り直し存在していたはずの隙が一瞬で七篠の殺傷圏へと変貌する。
まるで後出しジャンケンのように振るわれた斬撃は攻撃途中の天内へと襲いかかる。
「クッ!?」
「うおっ、と。へぇ今のを避けれるのか。やるじゃん」
咄嗟に自ら体勢を崩したことで天内は横に転がるように斬撃を回避した。
しかし完全には避けきれなかったのか、左肩の先が斬り裂かれ血を流している。動きには支障が無さそうだが、負傷には違いない。
「(俺の時にも見せた動作の急加速。身体能力が向上しているというより、体の動かし方が急に上手くなったみたいな印象だな)」
対する七篠はあれだけ殴られ続けたというのにピンピンしている。
多少の打撲痕はあるものの、腫れ上がっても骨が砕けている様子もない。
なんなら顔面を肘で何度も殴り抜かれているというのに鼻血さえも出していないのだから天内の攻撃は殆ど通っていないのが見受けられる。
「お前」
「お察しの通り打撃は大したダメージになってねぇんだわ。やっぱお前、単純にステータスが足りてねぇよ」
「ッ」
「んじゃボーナスタイムはここまでってことで――次は俺のターンだよなァッ!!」
斬撃を回避したことで七篠と天内の間に距離が生まれた。
開いた距離は両手剣を十二分に振るうことが可能であり、逆に徒手空拳の到達を許さない。
七篠の両手剣が次々と振るわれる。それは傍から見ても宿で俺と戦った時のものよりも”鋭い”。
卓越した剣技から放たれる斬撃は流れ星のように瞬いたかと思えば既に振り終えているし、高い身体能力を活かした切り返しは鋭角だろうと直角だろうと望むがままの方向に斬撃を繋げていくことを可能としている。
「(遠目で見ても見逃す時がある。戦闘距離なら尚更速く感じるはずだが……やるじゃん天内)」
まともに受ければ命を失う嵐のような剣戟に晒された天内はその中を必死に掻い潜っていた。
それは紙一重の見切りをしているような鮮やかなものではなく、広い空間だからこそできる大きく動いて避けるやや無様で泥臭いものだ。
しかしそれでも天内は七篠の攻めに対処できている。
俺がエルフ領にいる間に自分を鍛え直したと言っていたアイツの言葉に嘘偽りは無かったようだ。
だが、いくら天内が強くなったとはいえそもそも『七篠 克己』は
単純な地力の差が天内をどんどんと追い詰めていく。
「こ、のッ!」
「ぐわっ……なんてなァ!」
「がひゅ!?」
天内は剣戟の中に見つけた僅かな隙を突いて反撃を叩き込んだ。
だがしかし七篠は先ほどと違って微動だにせずむしろ天内を殴り飛ばし、続く斬撃でその身体を切り裂く。咄嗟に後ろに飛んでいなければ致命傷となっただろう。
少なくはない血を流しながらも攻勢に転じようと足掻く天内。それを嘲笑って跳ね除ける七篠。
本腰を入れて攻撃を耐え始めた七篠に天内の目論見は尽く潰され、七篠が唯一明確に回避行動を取った『雷帝拳』より生じる帯電する焔の剣は人が変わったかのような体捌きの変化によって対処されてしまっている。
「ぜぁ、がっ!?」
「さっきまでの威勢はどうしたんだぁ? なぁ?」
「う、ぐぅぅ!」
「立ち上がれないのか? 両手で身体を支えるので精一杯? おいおい……主人公が情けねぇなぁ。つかさ、想像よりもだいぶ弱いんだけどお前本当にオペラハウスで魔人共倒したのか? あのモブ野郎、もしかして適当抜かしやがったのか?」
そういえば天内の情報売った時にちょろちょろ嘘と誇張混ぜてたな。
3割くらい? オペラハウス事件での活躍とかそれなりに盛ったような気がする。
今になって振り返れば戦いの序盤で七篠が攻撃を受け続けていたのはその力量をハッキリさせるためだったのかもしれない。
天内の一撃が十分に効くならば即座に反撃し、そうでないならどれくらい”弱い”のかを見定める。ここまでの戦いはそんな狙いがあったようにも思える流れだ。
ではその結果、天内が弱いと判明した時に七篠はどうするか?
俺は奴との戦いを思い出しながらこの後の展開を予想する。
そしてその予想を確かめるために、俺は苦痛の顔を浮かべる天内をまだ助けないと決める。
予想に反して七篠が天内をあっさりと殺しにかかるのであればかなりの損失になるのだが、見守り続ける中で七篠が起こした動きは俺の予想通りであった。
「ま、弱いなら弱いで好都合だ。俺を止めるカードが一枚無くなったと思えばその分暴れ続けられるからな。とは言え生かしておく理由も無いし……そうだ、どうせだから同じ転生者として冥土の土産をくれてやるよ。『世界介入』って知ってるか?」
「んふっ、とと」
余りにも予想通り過ぎて思わず溢れた笑い声。俺は慌てて口元を抑えた。
七篠は俺のときにも自分の情報をベラベラと喋っていた。
慢心と油断がそうさせるのだろう。だから天内が弱いと判断すればそういう面が出てくると予想していた。
そして自分が特別な存在だとアピールするのにうってつけのものと言えば、奴が特権と称した『世界介入』の御業だろう。
もしかしたらそれを見せてくれるのではないかと期待していたがここまで上手くいくとは……思わず吹き出すのもしょうがないことだ。
「(アイツが『世界介入』の説明した時に出してきたチートの例は無敵化、高速化、ワープに増殖だったか。2……いや、内3つはできると想定しておくべきか)」
そして今、七篠は冥土の土産としてその御業を無駄に発動しようとしている。
これは本当にありがたいことだ。ただの予想と目で見て確認した情報では後者のほうが戦いでは役に立つ。
七篠が有する『世界介入』が実際にどのような現象を起こすのか……それを見定め攻略するためにも悪いが天内にはもう暫く苦しんでもらおう。
「う、……ぐ……っ!」
「(その雪辱は後でしっかり晴らさせてやるから。後少しだけ頑張れよー天内)」
地に伏せながらも強く睨みつける天内に愉悦的な笑みを浮かべて更に調子づいていく七篠。この調子なら更に色々と情報を吐き出してくれるかもしれない。
当初の心配に反して、なんだかんだでしっかりと威力偵察ができている天内を俺は学園祭の時のように黙って応援し続けるのであった。
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