133 前門の馬鹿


 『大聖堂が魔物に占拠される』


 その急報はエルフ領を駆け巡り、隣接する領にも広まっていた。

 しかしその対処のために行動する者達は現状エルフ領内に駐在する騎士団のみであり、周辺地域の騎士団は様子見を強いられていた。


 それはヨゼフが使役する人形たちの手によって誤報や増援を求める声に無視できない反対意見を発したりと、エルフ領内における情報錯乱や混乱を助長していたこともあれば、領外においてそれを耳にした七篠が周囲の視線をそちらに向けさせるために彼の一派に残されたコネクションの全てを捨てる勢いで増援の派遣を妨害していたこともある。


 ヨゼフも七篠もそれは示し合わせたものではなく自分のために行った行動なのだが、現代社会と比べて通信手段に乏しいこの世界においてそれらの妨害は非情に効果的であり、事件発生から一週間もの時が過ぎているというのにこの占拠事件に対する行動は各所で空転し続けている有様であった。


「…………」


 そして今、朝永 彩子は白昼堂々と姿を現し大聖堂を見上げている。

 彼女の肩には小さな文鳥が留っており、しきりにその頬に頭を擦り付けている。無論、今なお妨害工作に励んでいるヨゼフの人形だ。


 傍から見れば文鳥に好かれる可愛らしい少女の姿ではあるがその正体を知っている彩子からしてみれば暖かな気持ちなど湧きようもなく、かと言っていつもの骸骨姿で艶めかしい手付きで愛でてくるよりかはマシなもので、その内心はやや嫌悪程度に収まっていた。


「……。」


 そんなことよりも、彩子は何故自分がこんな場所に立っているのかと思い返す。

 本来の予定とはあまりにも違う想定外の状況、その原因は自分たちの失敗にもあれば”あの男”にもあるだろう。


 桜井 亨。

 剣聖の一番弟子にして大聖堂を魔物に占拠させた狂人にして、取引相手。


 彩子はその桜井が現れるのをこの場で待っている。

 そして彼が姿を見せるまでの間、その取引内容を確かめるように交渉当日のやり取りを思い出すことにした。





 大図書館での襲撃事件から4日後、彩子は悩みに悩んだ末にやはり『大罪聖杖パニッシャー』のことを諦めきれず桜井の言葉に従って『対竜総力戦ドラゴン・レイド』の戦死者を慰めるために建立された英雄慰霊碑へと向かった。


 聖女を襲撃した犯人である彩子とヨゼフは意外にもすんなりと慰霊碑のある広場へと向かうことが出来た

 それは指定された時間が深夜帯であることに加えて、魔物による大聖堂の占拠という大事件を前に騎士達が民間人の避難や対応策の検討などに意識を割かれていたからであった。


 そして約束通りの深夜2時。

 慰霊碑の前で光源代わりの焚き火と共に素振りをしながら待っていたのが件の桜井 亨であった。


「9756……9757……9758……9759……」


 焚き火の熱さもあるのか、大粒の汗をいくつも額に浮かべながら桜井は何かの数字を呟きつつ素振りを続けていた。

 その真剣な顔つきは何処にでもいる真面目な少年のそれであり、悪く言えばこれと言った特徴もない無個性で印象の残らないタイプの顔だ。。

 しかしその顔は彩子達の存在に気が付いた途端にギラついた瞳と三日月のように口角を釣り上げた笑みに早変わりして、彩子はまるで人格が切り替わったかのような錯覚を覚えた。


「よう! 元気してる~? いやぁ、本当に来てくれるかドキドキしたわー!」


 嫌に上機嫌なその姿に気味の悪さを感じ無かったと言えば嘘になる。

 だが目の前の人物が『大罪聖杖』を入手するためのキーマンであるのならば……そう思い彩子は気を引き締めて交渉に臨んだ。


 とは言え、結論から言えば交渉はほぼ桜井が主導権を握り続けることとなる。

 なにせ桜井には原作知識という圧倒的な情報アドバンテージがあったからだ。


「んじゃ、改めて確認するがお前らの……正確にはそっちの朝永 彩子の狙いは『大罪聖杖』の入手にあるってことでいいんだよな?」


 彼は大図書館で襲撃を受けた時点で「何故、聖女コーデリアが朝永親子に狙われたのか?」という疑問から彩子たちの狙いにほぼ辿り着いていた。


 原作ゲーム内において聖女と朝永親子の間に因縁などは何もない。キャラクター設定に襲撃の理由がないならば、その理由は相手の状況にある。

 となれば聖女を狙うのはその死亡によって『黒曜の剣』か朝永親子のどちらかにメリットが生まれるからだろう……と桜井は考えたのだ。


 そしてその2つの理由を前に彼は「『黒曜の剣』のためではない」と判断していた。

 なにせ娘を溺愛しており『黒曜の剣』そのものには興味が薄いヨゼフ・アサナガがその姿を現して活動しているのだ。

 桜井が知るキャラ設定としてヨゼフが表舞台に上がるとすれば『余程追い込まれている』か『愛娘に願われたから』のどちらかしかありえないと断言できたからだ。


 そこからヨゼフが姿を表した理由はそのキャラ設定から『愛娘の彩子に協力を願われたから』と仮定して。

 彩子が酷く嫌悪しているはずのヨゼフに協力を願い出たのは『彼女にとってを確実に成功させるため』であると考えて。


 その譲れない何かとは、彼女が『黒曜の剣』に協力している理由かつ彼女の悲願でもある『ヨゼフ・アサナガからの解放』に直接関わるものであると推定して。

 それを成功させるために『聖女コーデリアの殺害』が必要不可欠であるのだとすれば、その死によって発生する は何か?


 原作知識にキャラ設定からの人読み、そして襲撃によって気がついた『裏設定やフレーバー文さえも現実的に機能している』という事実を掛け合わせる。

 そうして導き出した結論こそがアイテムの設定文フレーバーに『清き青は聖女の血に汚れ、罪の色へと染まる』という一文が存在する『大罪聖杖パニッシャー』の存在であった。


「(『清き青は聖女の血に汚れ、罪の色へと染まる。聖女の死と共に生まれたこの聖杖はその血に宿る業を継承し姿を変えた。それはつまり救世主の業に他ならず、現世に彷徨う罪深き魂に死の救済を与える力を持つ。だが――』……なるほど、狙いは性能じゃなくてフレーバーの中にある「罪深き魂に死の救済を与える力」か」


 『大罪聖杖』、それはエセルを伴ったエルフ領で行われる個別シナリオにおいてという条件を成立させることで発生する『聖女コーデリア死亡イベント』によって入手できる武器である。

 その正体はコーデリアが普段持ち歩いている身の丈ほどもある空色の十字架であり、イベント内で死亡したコーデリアの血に塗れ、全身が紫色へと変色したものである。


 『大罪聖杖』は「『亡霊』種の魔物に対しての物理攻撃に+150%の補正を加える」という高い補正能力を持っているため一見有用な武器に見えるのだが、そもそもの武器攻撃力が初期装備並であるため装備したところで補正を踏まえても攻撃力が逆に低下するという難点がある。

 そしてその性能の悪さ、入手方法が鬱イベント、そもそも”パニッシャー”というルビがダサいという三重苦を背負ったそれは、ユニークアイテム特有の制限で『透過』や『微再生』等の後から特殊な効果を付与する特性付与コーティングも施せないために魔改造も不可能……という桜井の知識の中において紛れもなく”数少ない本物のゴミ武器”に相当する、悪い意味で印象深い武器である。


 しかし、この設定説明の中で言及されている「死の救済を与える力」なるものが実際に存在している可能性があるのであれば。


 それは桜井やアイリスが覚えている『魂撃こんげき』のような対象の魂に作用する能力であるとして、もともと『大罪聖杖』が持っている亡霊種の魔物に対する特効能力も加味すれば、『パラサイトゴースト』なる亡霊種の魔物を取り込んだ魔人であり数百年前から魂を人形に継承させることで生き延び続けてるヨゼフ・アサナガを始末できる一品に見えてもおかしくはない。


 情報源はきっと七篠辺りだろうと桜井は思いつつ、そんなものがあると知れば朝永 彩子は当然それを入手しようとするし、聖女を殺さねばならない以上は確実性を高めるためにヨゼフを頼る。それはヨゼフが表舞台に姿を見せる理由になると考えた。


 そしてヨゼフは協力するために一度彩子から体を離して実体を得なければならないし、彼女からすれば最終的に始末する相手が自分から離れてくれるので万々歳。

 後は『大罪聖杖』の入手後にヨゼフを始末して聖女暗殺の混乱にまぎれてさっさと逃げ出せば晴れて自由の身……彩子の考えはこんなところだろうと桜井は推理したのだ。


 そして導き出した結論を信じ、それを前提として禁書区画から脱出すると共に「杖を取引材料にするために自分以外に手出しができない状況を作り上げる」ことを考え魔物たちの解放を実行した。

 また二度目の襲撃で朝永親子が姿を見せたことに対して自分の考えを裏付けを取るために突如として「聖女を人質に取る」という凶行に走り、その反応を見て推理に確証を得たのである。


 考えが間違っていて企みが失敗したならばどうするか?

 桜井はその疑問に対してこう答えるだろう。


 「それはその時に考える」と。 


 一歩間違えればそのまま破滅しかねないほどに場当たり的ながら、誰しもの予想を上にも下にも超えていくトラブルメーカー。

 敵に回すとこれほど厄介な男もそう居ないだろう。彩子にとって肝心な場面で桜井に遭遇したことは不運と言う他に無かった。


 ともあれ彩子の狙いはヨゼフに隠している部分を含めて看破され、求めるものは全て相手の手のひらの上にある。

 桜井にも「ヨゼフが過去に使っていただろう学園ダンジョンの作業用通路の情報」という狙いがあるとは言え、彼女からしてみればそんな狙いがあるなどわかるはずもなく、両者の話し合いは殆ど桜井の思い通りに進んでいった。


「あぁ、彩子。慣れない交渉事に四苦八苦する姿も……良い」

「生で見るとめちゃくちゃ気持ち悪いんで心のなかで愛でてくれませんかね?」

「それはそれとして、だ。彼が交渉を選んだということが私達だけが持っている”材料”があるということだ。そしてそれは恐らく何らかの情報だろう。彼の所属を考えれば思い当たるものもあるが……ここはあえて、そうあえてそれを明かさない。想像を膨らませ自ら考えることこそが君の成長に繋がり、その過程で生まれる一挙一動全てが愛するにたるものだと確信しているからだ。さぁ頑張れ彩子、彼は私と同じ優先順位がハッキリし過ぎているタイプの人間だ。下手な発言は大火傷に繋がってしまう恐れがあるからしっかりと考えるんだよ?」

「俺をお前みたいな狂人扱いするんじゃねぇよ」


 なお彩子のことをフォローすべき存在であるヨゼフは交渉の場において事実上の敵であった。

 なにせ彼にとっては彩子の目的に助力こそするもののその成否にまで興味が無い……いや、成功に喜ぶ姿も失敗に悔やむ姿も心から愛でることが出来るが故にどう転ぼうとも問題ないという考えあったからだ。


 もちろん成功するに越したことはないが、自分に助力を乞い願ったものが失敗に終わった後に見せる表情の方が貴重かもしれない。

 そしてもしもその貴重な表情を堪能しながら彼女を抱きしめ慰めることができたなら……そんな想像をするとヨゼフは彩子の味方になりきることができなかったのである。



 前門のレベル馬鹿、後門の自称父親。



 その二者に挟まれた彩子は元よりろくに言葉も話せぬ始末でいちいちヨゼフを通じてしか会話ができない。

 情報的不利以前に、彼女にはまともな交渉などできるはずもなかったのである。

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