050 座して待つ

「桜井さーん。こっちですよーこっちー」


 2階の席から小声で手を振るアイリスを見つけ、俺はオペラグラスを手に席へと向かった。


 落ち着いた雰囲気を出すためか、やや薄暗い電球色で照らされているオペラハウスには多くの人々が集まっていた。

 彼らは騒ぎ立てるほどではないが思い思いに談笑しており、オペラの開演を今か今かと待ち望んでいる。


「豪華絢爛というか、オペラ会場と言えばのイメージまんまというか。人生でこんな所に来るなんて思いもよらなかったな」


 そんな事を呟きつつせっせと階段を登って二人に合流。

 オペラグラスを手渡すと俺は両脇を檜垣とアイリスに固められる形で席に座る。


 檜垣からそっと添えられた手は俺の手首をがっしりと固定し、情緒もへったくれもない力加減で微動だにしなくなる。

 お前まさか公演終わるまでこの状態で居るつもりなの? 冗談でしょ?


「この際、お前の話を聞くのは後にする。だがお前が余計なことをしないようにしっかりと見張らせてもらうぞ」

「大丈夫だって。さっき天内に半分脅しみたいなこと言われて、何かが起きない限りは動かないって約束してきたからな」

「天内って……さっきの方ですか? 脅すなんて物騒なことを言う方には見えませんでしたけど」

「余計な騒動起こしたら敵に回るから大人しくしてろだって」

「そんな台詞を言わせるなんて、今度はどんな理由で相手を怒らせたんだ?」

「俺が毎回誰かを怒らせているかのような誤解を招く発言は止めろ!」


 お前の一件含めて、俺が進んで誰かを怒らせたことなど全く無いだろうが!

 それに今回の天内の件に関しては、ちょっと世界に対する考えが合わなかっただけであって、最終的にお互いに納得行く話もできて友好的に……脅してくるって友好的か? まぁ敵対してないから友好的に終わってると見て良いだろう!


 それもこれも俺が磨き上げた対人能力によって、腹を割って隠し立てすることもなく、しっかりコミュニケーションを取ることが出来た結果じゃい!

 もはや人間性においては檜垣を超えたと言っても過言では無いと、胸を張って言えるね俺は!


 そんな俺の必死の抗議も「お前の中ではそうなんだな」と流されてしまい、味方を求めるようにアイリスへと向けた視線も、苦笑と共に「まぁまぁ」と流されてしまう。

 それを見た俺が諦めて椅子に深く腰掛けると、それを察した檜垣が僅かに込めていた力を弱めた。

 だからといって動かせるようになったわけではなく、感覚としては『握り潰す』が『押さえつける』に変わった程度だ。本当に人を何だと思ってるんだこの女。


「(まぁ良いや。ルイシーナが動き出すまでやること無いし、ターゲットの位置だけ確認しておくか)」


 そう考えた俺は自分用のオペラグラスを手に取り会場を見回す。


 歌姫ルイシーナ・マテオスには三人の部下が居る。

 彼らは全員が魔人化しており、一人ひとりが叩けば埃が出る経歴の持ち主だ。


 その中でもルイシーナの付き人として見える所に姿を表さない『ヴァロフ』を除けば、今のところ居場所を確認できるターゲットは二人。 

 その二人が原作通りの場所に居るかどうかで後の動きが変わってくるので、彼らが何処で何をしているのかは把握しておかねばならないだろう。


「えっと……クソトカゲは出入り口か。スーツぱっつんぱっつん過ぎてウケる」


 出入り口でスーツを身に纏い、手を後ろに組みながら警備員の真似事をしている筋骨隆々の完璧な逆三角形ボディの男。

 丸刈りのスキンヘッドに、糸のように細い目と共に貼り付けたかのような笑みを浮かべている奴がルイシーナの部下の1人だ。


 奴の名はヴァンデッド・ロースト、通称を『クソトカゲ』。

 ボスポジションのくせにHP全回復のスキルを使ってくるタンク系アタッカーだ。


 ヴァンデッドは一言で言えばプロレスにおける『悪役ヒール』のような奴であり、自分の強さを鼻にかけて相手を見下し、追い込まれると周囲の観客を人質に取ったりもする見事なまでの小物だ。

 原作ではオペラ会場で眷属化しなかった警備員等を始末して、既に手遅れな状況になるまで外部に騒動が起きていることを知らせないようにする任務を担っていた。


 やたらと高いHPに攻撃力はそこそこだが油断できない大技を持っている相手であり、冥府のバビ・ニブルヘイムと違い純粋に地力が強いタイプのボスキャラ。

 加えて蜥蜴種の魔物『リバイバルリザード』に適合した魔人として『脱皮』することでHPを全回復するというふざけたユニークスキルを持っている。

 しかもコイツ、先程も言った通りイベントの進行状況次第では眷属化している観客達を人質に取り、味方の行動を阻害してくるスキルまで使い始めるので面倒くさいことこの上ない。


 そのため攻略方法に気が付かねば非常に苦しい戦いを強いられる事になる。

 またキャラの性格に合わせてか、HPが高いキャラを優先に攻撃してパーティ全体を『いたぶる』行動方針や攻撃時の他者を見下し馬鹿にする煽り台詞、その上でダメージを積んでも『脱皮』で全回復してくる悪辣さも相まって、付いたあだ名が『クソトカゲ』なのである。


「まぁ弱点が明確だからそれに気がつけば雑魚なんだがな。さて次は……」


 あ、1階席に天内見っけ。隣でそわそわしてるのは赤野 玲花か。

 赤野が楽しそうに話しかけているのに対して、天内はどうにも話だけ合わせているようだ。

 きっとオペラに興味無いんだろうな、それでもしっかり付き合って話を合わせてる辺りこれが処世術というものなのだろうか?


 そしてそのやや後方に髪型を変えて伊達メガネを付けたエセル・タイナーの姿。

 頭にウィンプル付けたままだからモロバレだぞその変装。


 ちなみにその席の代金どっから捻出したの? 俺? 俺の金か?

 待て待て、この世界じゃ貢いだこと無いぞ落ち着け俺。いやでも俺の金で無いと本当に言えるのか? 俺も転生したし、貢いた金も転生していないと本当に言えるのか?

 いや、んなわけ無いだろ俺。何だよ金の転生って。いくらなんでも思考がバグりすぎだ。ここは一旦落ち着こう、びーくーる……びーくーるだ俺……。


「いや『冥府』の金貨持ってかれたままだしやっぱ俺の金だろ!?」

「ひゃぁ!? 急になんですか!?」

「うるさいぞ黙ってろ桜井」

「あ、いや、ごめん」


 畜生、彼女の姿を見るとどうにも冷静になれない。

 ビジュアルだけはどストライクの守銭奴エルフめ、隙あらば札束風呂に叩き込んでやるから覚悟しておけ……!


 気分を変えて再度オペラグラスで会場をキョロキョロ。

 二人目の部下はステージやや後方に設置された関係者席、そこに集まっている楽器隊の中で見つけることが出来た。

 刈り上げない程度に短めに切りそろえた赤髪の優男。

 手にしているトランペットのチューニングをしているのか、その指は忙しなく動き続けている。


 奴は盗賊ギルドの裏切り者、仲間殺しのヤン・ラン。

 不死種の魔物『嘆き続ける亡霊騎士スクリームナイト』に適合した魔人だ。


 強いかどうかではなく『希少な』力を求めるコレクターの基質がある男で、奴は盗賊ギルドにおいて希少なアイテムを持つ仲間たちを殺して奪い去った経歴がある。

 それをどの組織でも繰り返した結果、裏社会に居ることができなくなり、魔人化という希少な力を得る事と自分の身を隠すために『黒曜の剣』に所属して活動している。


 原作においては騒動を収めようとする主人公たちの前に最初に現れる実行犯の1人で、主人公やその仲間が持つ装備やアイテムを狙って襲いかかってくる。

 これにより事件の犯人がルイシーナ・マテオスであると判明するヒント役も担っている。


 戦闘においては口から放つ音波による範囲攻撃や高周波で振動させた剣による斬りつけ、数々のユニークアイテムによるバフ・デバフと中々に嫌らしい戦いをしてくる相手だ。

 また不死種の魔物共通の特性である物理攻撃耐性も合わさり、属性攻撃や魔法の使えないキャラクターには厳しい相手と言えるだろう。


「(まぁ不死種の魔人ってエセルの使う神聖スキルで割と一方的にボコれるから、エセルと天内に任せるならコイツだな。エセルも何か後ろの方にいるし)」


 ちなみにルイシーナが有する3人の部下の最後の1人は、彼女の付き人であるヴァロフという男だ。


 罪を犯した犯罪者奴隷の両親から生まれた為に家名が無く、また本人も金と女を得るためにはどんな事でもする犯罪者。

 他の二人に比べれば外面を取り繕う程度の社交性は持っているものの、ルイシーナの部下となったのは彼女を性的に襲って自分のものにするためであり、魔人化はその手段の一つとして捉えているような男だ。

 そのためヴァロフは付き人として常にルイシーナと行動しており、今もきっと舞台裏に居るだろうルイシーナの側に居ると推測できる。


 魔人になる上で適合した甲殻種の魔物『アブソーブビートル』の力で覚えた捕食スキルは、攻撃が命中した相手が直前に使用していたスキルを使えるようになるというコピー能力の系統だ。

 また甲殻種の特徴として自前の防御力が高めに設定されており、ヴァンデッドと違ってHPは低いものの正攻法で倒すのは時間がかかる相手だ。


 原作においては常にルイシーナの隣にいるので二人を同時に相手する必要がある。

 基本的には回復やバフスキルを使用した味方を優先的に『捕食』して、コピーしたスキルでルイシーナを強化してくる厄介者だ。

 また戦闘後にルイシーナが瀕死直前までいくと、イベントシーンの中で「待ってました」と言わんばかりにその背を突いて『捕食』する男であり、一時的に二種の魔物の力を手に入れた魔人となる。

 しかしヴァロフの器ではその強大な力を収める事ができず、最終的に爆散するという末路が待っている奴だ。


 ちなみにゲーム内で覚えられる魔法スキルの中に、相手に強力なダメージを与える代わりに味方全員も危険に晒す『自爆』スキルの存在が発覚した時、ヴァロフにこのスキルを『捕食』させることで敵も味方も自爆しまくるネタ動画が流行ったことがある。

 その後も『捕食』の特性を生かされ様々なネタスキルをコピーさせられる遊びが流行った、魔人の中でも屈指のいじられ役だ。


「こんなもんかね、後は事が起きるまでのんびり待つか」

「桜井さん、さっきから何をキョロキョロしてたんですか?」

「ん? 悪い奴らが居るか探してた。居たから絶対に事件を起こすからその時はちょっと協力してもらうかも」

「先に取り押さえたらダメなんですか?」

「天内との約束もあるけど、証拠も何も無いからなー現行犯以外どうしようもない」


 本当はクソトカゲだけでも先に焼いておこうかと思っていたのだが、檜垣や天内に絡まれ続けたせいでその時間が無くなってしまった。

 こうなったら二人には責任を持って俺の金稼ぎ……もとい事件解決にしっかり協力してもらうとしよう。

 対してアイリスは巻き込む形になるので、今度編み上げたぬいぐるみの一つでもプレゼントしよう。

 レベリングの結果、今では1/3スケールのツキノワグマぬいぐるみ位まで作れるようになったんだぜ? 凄いでしょ?


 俺は檜垣とアイリスにヴァンデッドとヤン、そしてルイシーナとその付き人に注意しろと伝えつつオペラの開演を待つことにした。

 アイリスはオペラグラスで露骨にヴァンデッドを警戒し始め、檜垣はため息をつきながらも俺を抑えていた手を離して肘置きから拳一つ分離れた場所に手を添えた。

 握り方からして『透過』を施した剣だろう。彼女も彼女なりに警戒し始めたのだ。


「さて、そろそろ開演か」


 照明の光が絞られ薄暗くなっていく室内で、俺はスポットライトに照らされたステージを期待の目で見つめながらポツリと呟いたのであった。

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