030 詰み
もはやどれくらい戦い続けたのか、時間の感覚はとうに無くなっていた。
『塔』の中に時間を計るものは当然存在せず、この世界に腕時計等という高尚な物はない。
時刻を知る手段も確認する暇も無いまま戦い続け、今ではどうにも意識がぼんやりしている。
「おのれ! おのれおのれ!! 何なのだ!? なんなのだ貴様は!?」
「ばーぶー」
「があああああああああああ!!!!」
あまりの疲れに返す言葉も幼稚なものになってしまう。
それでも挑発として機能するあたり、バビの沸点はあまりにも低い。
戦い続けてわかったことだが、やはりこの男をソロ攻略するのは無理だ。
兎にも角にも火力が足りず、傷を付けてもバビの
しっかりとしたダメージを与えられるのは『偽称・剣聖一閃』くらいなのだが、あれを放つには僅かな『溜め』が必要なので連続で叩き込むことが出来ない。
そして畳み掛けられないのであれば、次に打ち込むまでの間にそのダメージを回復されてしまう。
斬っても斬っても、死にやしない。
戦いの楽しみといえばスキルレベルを上げることぐらい。
お蔭で三種の状態異常耐性が身に着き、それぞれスキルレベルは最大に。
『恐慌耐性』に関しては気合で乗り越えてたせいか、その先のスキル『恐れに猛る者』へと進化してしまっている。
恐慌状態時に攻撃力上昇とかこんな前のめりスキル手に入れるつもり無かったんですけどねぇ!
「死ねぇィ!!」
「やだ!!」
バビの戦斧を回避してその顔面を蹴り飛ばす。
のけぞりモーションで無様に戦斧を振り回すバビを尻目に距離を取って呼吸を整える。
戦いの中で身についた『気功(小)』の力で僅かだが体力を回復させる。
戦闘前に持ち込んだ回復アイテムは既に尽きているのだから、こういう細かなところでの回復が重要だ。
「……もういい」
「うん?」
「もういい! もういい! もういい! あぁ、戯れに付き合ってやったがお前の相手はいい加減飽き飽きだ! 何時まで戦う!? 何処まで戦う!? 貴様の遊びに付き合うのはもうウンザリだ!!」
バビが叫び、その背後に阿修羅が現れる。
しかし、その阿修羅は六本腕に一本の戦斧しか手にしておらず、その姿はゲーム時代に見た覚えのないものだ。
「(マジ、か……っ)」
どうやらこの世界特有のゲーム時代に無かった新モーションのご様子。
「お前そんなの今更出してくるな!」と声を大にして叫びたいところだが、叫ぶ余力も無いので渋々盾を構える。
「光栄に思え人間。これぞ神たる私の真の力! 俺の神威にひれ伏すが良い!」
眼前を見据え、あらゆる動作を見逃さないように注視する。
少しでも集中力を高めるために心を落ち着け息を吐き――盾を構えた左腕が切り飛ばされた。
「――ッ!?」
痛みを感じる間もなく、切り飛ばされた後に襲いかかった衝撃が身を襲う。
床を転がりながらも視線を上げれば、そこには自身の身体を支えるように4つの腕を床に突き立て、残りの腕で握った戦斧の刃がその背に迫るほどに大きく振り抜いている阿修羅の姿が見えた。
「ふむ、未だ力は戻らずか。少々自分の力に振り回され狙いが逸れたようだな」
「くっ……そ……!」
「私は夜を超える度に力を増していく。私の策が成就しアイリスの魔眼の力で復活を遂げてから7つの夜を超えた……全盛にはまだ遠いが貴様を殺すのには十分すぎるほどだ」
残った片手で身を起こし、壁を背にして座り込む。疲労と傷とでもはや立ち上がる余力も無い。
不幸中の幸いと言えば今の身体は肉体ではなく魂が形状変化しているだけなので、左腕を切り飛ばされようともショック死や出血死することは無いという点か。
つまるところ最後の最後まで意識さえ保ってれば戦う事はできるが、言い換えれば左腕に相当する魂を切り飛ばされたという事であり、結局のところ普通に腕を切り飛ばされるよりも問題がありそうな気がしてくる。
「(駄目だな、ぼんやりして頭がまとまらねぇ……)」
7つの夜を超えたってことは今は8日目か?
その間、ずっと戦い続けたかと思うと我ながら呆れるほどに頑張ったのではないかと思う。
「蘇ったばかりの身体を馴染ませる相手としてはそこそこ有用であった。私の邪魔をしたことは万死に値するが、その一点においては一つの功労として認めてやろう」
「随分と、上からずうずうしいな」
「言い残すことはあるか?」
「言い残すこと、ねぇ……」
これはもう詰んだな。
そう感じた俺は最後の一言を何にするかを考え込み、深いこと考えるだけ無駄だと悟ったので思った事を素直に口にすることにした。
俺は悔いの残らないように、そして視線の先に見える何処までも愚かな屑野郎を心底見下した嘲笑を浮かべつつ言い放つ。
「バァァァァァァァカ!!!」
「不快だ死ね」
世界が色を失い、視界がスローになっていく。
阿修羅の振り下ろす戦斧が空気を切り裂き衝撃を撒き散らし、室内を破壊しながらゆっくりと迫りくる。
そんな世界の中で思い出されるのは今まで獲得してきたスキルの数々、走馬灯ならぬ走馬スキル一覧が俺の視界に目一杯広がっていく。
それはまるでプラネタリウムのように、スキル一つ一つが輝く星として空間に配置されている。
一つのスキルから伸びていく派生スキル群の連なりは点と点を結んで描かれる星座のように芸術的で、俺はそれに見て死に至る数瞬とは思えないほど長いあいだ見惚れてしまった。
俺の
俺はその事実を確信し、ゆっくりと瞼を閉じた。
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