022 愚者の学びは牛歩に劣る

「あんな事を言っておきながら、やるべき事はそれなりにこなしているのが地味に癇に障りますね」


 


「ですが労働には報酬を。そしてこれだけの悪人を捕まえられたということは目出度い事です! 今日はここまでにして祝杯を上げましょう!」


 つまりこの世界には「メインキャラ」が居て、彼らに関わるイベントが有り、彼らに依って紡がれる物語がある。

 その全ては主人公プレイヤーによる観測があってこそ成立し、逆に言えば主人公が居ない場所に物語は発生しない。イベントが起こるわけがない。

 世界を変えるのは「メインキャラ」であり、世界を進めるのはイベントと物語なのだから、それが起きない限りはそれこそ時が止まったかのようにその地点における状況が変わること無く続いていく。

 それがゲームの根本原理なのだから、この世界もきっとそうなのだろう。


「そう言えばお二人はポイントを貯めて蘇生を目指していると聞きました。私はその、個人的には命が軽んじられないかと思って死者の復活は賛成できないのですが……それでもお二人の持つ熱く激しい『熱意』が世から失われるというのは悲しく思います。行き過ぎた『熱意』は毒ですが、それが無ければ世界はつまらないものになってしまいます」


 俺、「桜井 亨モブキャラ」は主人公ではない。主人公は「天内 あまない隼人はやと」という少年であり、彼の居ない場所で物語が進む事はない。

 ましてや主人公に対する好感度や交流回数をトリガーに発生する『冥府』のイベントが進行するわけがない。

 俺は心の底からそう考えていたし、だからこそレベリングに嬉々として励んでいた。それだけに専念出来るというのは非常に心地よかった。


「昔、一度だけ叔父であるアヌビス様に連れられて地上に出た事があります。あの時に見た生きる人々の『熱意』、それが作り出す世界の暖かさを今でも私は覚えています。その暖かさを支えるにはきっとお二人のような苛烈な『熱意』も必要でしょう。なので、陰ながらですが応援していますよ?」


 酒場の外に設置されたテーブルを囲み。

 酒を手にしてほろ酔い気味の彼女は、恥ずかしげもなくそう言った。

 檜垣はそれを聞いて「そんな立派なものではない」と申し訳なさそうに苦笑してたし、俺は「そう言えばそんなエピソードもあったな」と前世の記憶を思い出していた。


 


 今思えば何の根拠もなく信じ込んでいたからこそ、俺はただそれが終わるまで動くことができなかったのだろう。


「――ッ!? アイリスさん、避けて!!」


 突如として俺たちの間に降り立った何者かがアイリスさんの腹部を黄金色の槍で貫いた瞬間も。

 それに反応し剣を抜いた檜垣が、その何者かの反撃を受けて酒場の奥へと吹き飛ばされた時も。


「ガフッ!? 檜垣さ……っ!? 桜……逃げ……ッ!!」


 アイリスさんが自身の身に起きた事に混乱しつつも、それでもなお俺達の事を心配していたその時も。


「――はぁ?」


 そしてその何者かが槍の刺さったアイリスさんを担ぎ上げ、たった一度の跳躍で『塔』へと連れ去った時も。


 俺はただ、それを呆然と眺めていただけだった。


 目の間で起きた出来事は前世で何度も見た光景であり、何が起きているのかも襲撃犯が誰なのかもすぐに理解できた。

 だが何故それが起きていたのかがまるで理解できなかった。

 呆然の後にやってきたのは困惑で、どんどん小さくなっていくアイリスさんの姿を見上げて小首を傾げるばかり。

 騒動に気がついた周りの人々がにわかに騒ぎ出し思い思いに動く中で、俺はこの後どうしたものかと考える。


 理由はわからないが原作における『冥府』のメインイベントが始まった。

 この先ほどなくして襲撃者が逃げ込んだ『塔』は封鎖され、蘇生のためのポイント稼ぎができなくなる。

 否が応でも巻き込まれる事態の中で何をすれば良いのだろうか。


 『塔』という狩場が襲撃者のせいで利用できなくなる。

 このステージにおけるレベリングの効率を数段落とされる。


 そう考えると自然と怒りが湧き上がり、空を飛んで逃げていく襲撃者への憎悪が高まっていく。


「――桜井ッ!!」


 そんな俺の頭を冷やしたのは吹き飛ばされた酒場から出てきた檜垣の声だった。

 肩に幾つもの木片が突き刺さり、血を流しながらも俺を見据えるその視線の圧力が俺の中で沸き立つ熱を抑え込んでいく。


「何をしている! 追うぞ!!」

「いや、もう追いつかないだろ」

「じゃあお前はこんな所で一体何をしているんだ!!」


 胸ぐらを掴まれ俺は近場の壁に叩きつけられた。

 悔しさと怒り、そして焦燥を混ぜ込んだかのような苦悶の顔を真正面から捉え――そこでやっと自分が事に気がついた。


「(こういう所をアイリスさんに叱られたばっかだってのに……)」


 だけれどそう簡単には今までの自分を変えられるとは思えない。

 だから俺は檜垣の責める視線から目を逸らさず、力強く圧迫感を上げてくる胸ぐらを振りほどくこともしないままに頭の中でこれからの事について青写真を描く。

 そして一度長めに息を吐き、静かに檜垣に宣言した。


「決まってんだろ」


 睨みつけてくる檜垣を前に、俺は空を見つめてポツリと呟く。


「アイリスさんを助ける上で、を考えてるんだよ」

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