020 理論上間違いはない

 反省室に丁重に投げ入れられた俺はアイリスさんと対面し、待合スペースでの発言の真意を問われていた。

 落胆したというか、何だか別の生き物を見るかのような見下し気味の視線を向けられてるが、これはしっかりとした考えの上での発言なので、そういう目は止めて頂きたい。


「では、その考えとやらを聞きましょう」


 説明を求められたので俺は背筋を伸ばし胸を張って説明を始める。

 俺に何一つ恥じ入ることはないのだから、堂々と言ってやろうじゃないか。


 まずね? 対人能力って何かと考えた時、要はコミュニケーション能力だと思ったんですよ。

 職場、家庭や友人関係、恋愛に於いても人間関係全てが人々が築きし大いなる叡智『コミュニケーション』で成り立ってるわけじゃないですか?

 そう考えると対人能力ってそのままコミュニケーション能力に言い換えられると思うんです。


「確かにそうかもしれませんね。続けて下さい」


 じゃあコミュニケーション能力って何さ? と言われれば「人に好感を与えることが出来る」「人を動かすことが出来る」「話をまとめてわかりやすく伝えることが出来る」ってのは当然として、相手に共感して気持ちを察する……他にも上げればキリがないけど要約すると3つに纏められると思うんですよ。


 ズバリ、『聴く力』『伝える力』『心理を汲み取り動かす力』。

 これがコミュニケーション能力、対人能力の要点になるわけです。


「その考察は正しいかと思います。それで、それを磨くために貴方は何をするのですか?」


 ナンパです。


「理由を聞きましょう」


 ナンパは当然として自分が好意を持っていることを『伝える力』が必要です。

 そして同伴させる為に言葉を弄する『心理を汲み取り動かす力』も高くなければなりません。

 さらに相手の心理を動かすための言葉を選ぶためにも、相手の反応や言葉を『聴く力』が重要。

 これってもう完全にコミュニケーション能力の中核全てを求められる行いじゃないですか?

 であればナンパに成功すればするほど経験値が貯まり、対人能力が上がっていくに違いないでしょう!?


「……まぁ百歩譲ってそうだとしましょう。それで? ナンパに成功した場合、相手の方とはどうするつもりですか?」


 ……?

 いや、成功したら経験値入るしもう特に用はないですけど。


「そういうとこですおバカ!!!!」

「痛っでっ!?」


 ポコポコポコンっ! と何度も叩かれ、俺は頭を抱えて床を転がりまわる。

 何でだ!? 俺の理論は完璧だっただろ!? これ以上の対人能力レベリングとかあるのかよ!?


「言葉にするのもバカバカしいほどに呆れましたよ!! 短絡的かと思ったらしっかり考えた上で、何でそんな情けないほどに明後日の方向に着地するんですか!? 檜垣さんはそれを聞いて何も言わなかったんですか!?」

「話してみたら苦い顔で『とりあえずアイリスさんにアドバイスを貰ってきたらどうだ?』と言われました」

「匙投げられてる上に言外に世話を任せようとしてるじゃないですかー!」


 あー! もー! と頭を抱えてぐるぐる動かすアイリスさんはきっとエネルギーが有り余っているのだろう。


 まぁ、冥府って基本的にクソ平和だし。原作でのモブキャラとの会話内容見る感じ『塔』に挑む冒険者たちの諍いを止めたり、誰々の家のペットが居なくなったとかその程度のトラブルしか無いみたいだしな。そりゃ、活力も有り余るだろう。

 これが主人公が来た途端に太古の邪神が復活した上に、そいつに『塔』が乗っ取られる羽目になるってんだから大変だよな。

 まぁ彼が来るのはもっと先の話だし、ここでの一ヶ月が現世における一日くらいには時空間歪んでるし考えなくてもいいだろう。


 ともあれ、頭の痛みも引いてきた頃。

 アイリスさんは「ちょっと待っててください!」と言って反省室にしっかり外から鍵をかけて退室していった。俺は大人しくその鍵を使って解錠スキルの経験値を稼いだ。

 鍵の解錠に成功してから小一時間、暇だったので素振りをしながら待っていると、アイリスさんが何やら勝ち誇ったような笑みを浮かべて戻ってきた。

 その後ろには何故か檜垣も付いてきており、人の顔を見るなりため息を吐いた。


「本当にやるんですかアイリスさん……?」

「当然です。彼が目の届かない場所に居たら何をするかわかりませんし、要らぬ騒動を防ぐためにも私がしっかりと監督しますとも」

「何の話か見えないんですけど」

「良いですか桜井さん。対人能力を高めるために、コミュニケーション能力を重視する関わり合いに目を向けた。その着眼点は間違っていません。しかし、手段というか配慮というか言葉にも出来ない身勝手さに溢れています! それはダメです! ダメダメです!」


 そう言ってアイリスさんは手にした長棒をビシッと俺に向けると反論は許さないと言わんばかりの不敵な顔で宣言する。


「なので貴方には……いえ貴方達には一週間の間、私と同じ『警護役』として『冥府』に住まう皆様の平穏のために尽力して頂きます!!」

「え、嫌です」

「諦めろ。もうアヌビス様から許可を取ってきたみたいだぞ……おい、心底嫌そうな顔するのはやめろ」


 俺は小一時間で根回しを済ませたアイリスさんの行動力に面倒くさいという気持ちを全開にしつつ、無言で彼女を見つめた。

 しかし彼女はそれを意に介さず、ニコニコとした笑みで「まずこれが警護役を示すバッチで~」と説明を始めてしまっている。

 暫く見つめ続けても何の効果も得られなかったので、俺は観念して受け取ったバッチを胸元に装着した。



 胸に輝く金のバッチ。

 それは原作において『冥府警護御所』で発生するミニゲーム、『警護活動録』が始まった事を示していた。

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