第八十七回 何てことするの?


 ――と、可奈かなは言うけど、


 僕は、病室のベッドの上で上半身を起こしている千佳ちかのほっぺたを叩いていた。


 効果音を奏でるほど、思いっ切り。

 ……そう、思いっ切り。



「駄目なんだよ、そんなことしちゃ駄目なんだよ……」


 来るもの拒まずなのだけど、……溢れる涙をどうすることもできなかった。


梨花りか……」

 と、僕の名前を呟きながら可奈は見る。僕と千佳の二人の様子、その傍で。


 千佳は、僕に叩かれた頬を、ほっぺたを押さえる。



「僕は千佳に会えたこと本当に嬉しかったんだよ。お友達になれたこと、もっともっと嬉しかったんだよ。これからね、もっともっと千佳と色んなことしたいんだよ、……なのに何で? どうして死のうとしたの? そんなことしちゃ、もう会えないじゃないか!」


 ……ぎゅと抱きしめた、千佳のこと。

 号泣の域、もっともっと言いたいことはあるけど、言葉にならなかった。



 ――視野を広げるなら、


 僕らが来る前からずっと、千佳のベッドの傍らにはキム・ウメダさんがいた。

 意識が戻る前からずっと、千佳のことを見守ってくれたのだ。その一部始終。


 第一発見者は可奈だった。千佳のお家を訪ねた。……今日、初めてだそうだ。

 僕も知らなかった千佳のお家、最寄りの駅の近くだそうだ。古式なアパート、部屋はワンルーム。母子家庭なのだけど、お母さんの帰りはずっとずっと遅く……あまり会話もない。キムさんは、お隣さん。半年前に越して来たそうだ。――そう、可奈から聞くことになる。それはこの日の黄昏の時刻、もう少し後のことだった……。



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