第29話 憲兵隊による尋問



私が連行された憲兵隊は「鬼より恐い憲兵隊」と云われる通りであった。


隊員は厳しい面構え、左腕に白地に赤色の「憲兵」の文字入りの腕章と手入れの行き届いた長靴を履き、拳銃を携行、威風堂々皆官僚型の顔をしており、このような雰囲気の中に送りこまれた私は、唯々恐怖感を抱き苦しみました。


憲兵隊員の取調べは想像以上に厳しく、終日あの手この手と専門的な言葉と怒号、それに鉄拳で体力の続く限り容疑者を取り調べました。


翌日はまた一からの調書作成、前調書との比較不一致な点の強固な追求は基より、家族の調査と思想、学生生活の様子等、又恋人の有無を郷里の地元警察から取り寄せ、徹底した取り調べであった。


私は母からの手紙を破棄したばっかりに証拠とならず、週番兵から先日書簡を受け取ったと主張しても取り上げられず、逆に憲兵隊員の感情を逆撫でする状況だった。


「貴様!この国家存亡の非常時、何を考えている!医者の子息だから、経済的に恵まれ日々甘やかされての生活だったのだろう!ここをどこだと思っている!日本帝国陸軍を、学生生活の積もりで甘く見ているのと違うか?」

厳しい言葉と同時に鉄拳が飛んできた。


これ以後、非国民扱いの状態におかれ、父母に迷惑を掛ける始末となり事件発生から2週間が過ぎても厳しい取調べは続き、憲兵隊に取っては、退屈凌ぎの仕事が来たと思い取られるような行動もしばしば目にしたが容疑者は為すすべもなく、私は精神的不安から判断力が低下してきた。


それに睡眠不足で体力は極端に衰え、「今何を聞かれたのか?どう答えたのか?」自己判断が出来ない状態が続いており毎日耳元で、威圧的な大きな声と、厳しい暴力の恐怖が続いた。


「この苦しい取り調べが何時まで続くのか?」また「心身共に疲れ、体力の維持が出来るのか?」と痛みと疲れと不安な日々の連続だった。


後日、私は不合法な取り調べで作成された犯罪調書を読み聞かされ、不本意ながらこの苦しみからの開放を望み、関係書類に署名と捺印を終えた。


さらに身に覚えの無い金額の返済を申し渡されたが印鑑を押した以上は従わざるを得なかった。


平時又は戦況有利な時なれば、懲役又は前科者扱いで退役扱いにされたと思う。


しかし今は戦況不利、一兵たりとも貴重な時。

静養もそこそこに原隊復帰を命ぜられ、訓練課程に入っていった。


おりしも日本の戦況は益々不利、都市攻撃を行う米軍機の動きに動揺する中、年末を迎え12月15日、私は不審番勤務に就いた時のことである。


偶然にも窃盗現場を目撃、その犯人の慣れた巧妙な手口と行動に我が目を疑ったのである。


深夜勤務の6直で午前2時~3時の当番だった。

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