第133話・そうして俺等は一生続く快楽に酔いしれるのだ(2)




 俺等獣人はそれぞれ祖先と言われる獣の特性を引き継いじゃいるが、んな事の一切関係無く、一つだけ共通して持っている【性質】が存在する。

 それは唯一無二の【主】を求めるというもんだ。

 俺等獣人はそれを【従属意識】と呼んでいる。

 祖先の獣の個別の性質は一切関係無い。

 元々の獣が群れを形成しない獣だろうとなんだろうと俺等獣人は根底で魂から【主】を求める。

 主に求める資質はそれぞれだが、どんだけ偉くともどんだけ強くとも【主】と選んだ奴に俺等は逆らえない。

 【主】に死ねと言われれば恨む処か歓喜のままに自死する程度には本能に刷り込まれた【性質】だった。

 この性質を疎んでいる奴は多いが、それでも【主】にあっちまえば疎んでいた事すら忘れる程の多幸感に包まれるだの、体に雷が走るだの言われている。

 人の世でも伝わっている「獣人にとっての王族に値する奴が貧困街の餓鬼を【主】にした話」やら「獣人の集落に来た旅人を【主】として村の長に据えた話」なんてのは全部事実だ。

 ま、獣人の間に伝わっている正確な話はもっとエグイんだけどなぁ。

 例えば最初に話した貧困街の餓鬼を例にすっと、その一目見て気づいた獣人はそのまんま自分の住処に連れていった……つまりまんま誘拐だって話だし、反対した家臣を何の躊躇いも無く丸のみにしたって話だ。――ちなみに相手の獣人は蛇の獣人だったらしいぜ?

 後者に関しても旅人は本来ならそれなりの地位がある存在だったらしく、御貴族サマと全面戦争、結果として両者痛み分けでその集落全体を主様が召し抱える形でなんとか体裁を繕ったとかなんとか?

 其処に至るまでのあれやこれやをを全部話せば俺でもひくぐれぇエグイ話になるだろうなぁ。


 世の中に出ている話だけでもこれだぜ?

 もっとエグイ話がゴロゴロ転がってやがる。

 神は一体何を思って獣人にそんな【性質】を授けたんだか色々疑っちまうって話だよなぁ。

 タチわりぃ事にこのオハナシは獣人の中では武勇伝に値するもんだから、そこら辺の獣人ひっつかまえて問いかければ殆どの奴が嬉々として話すって所だ。

 正直俺はまだ引く時もあんだけマシな方なんだぜ?

 ちなみに問いかけてに答えない一部はこういった獣人の【性質】を疎んでいる奴等だ。

 獣人の総数からいやぁ一握りって所なんじゃねぇかな?

 そんくれぇ俺等獣人にとってその【性質】は持っていて当たり前であり、忌避するモンじゃねぇ事だった。


 どうやら人は俺等獣人の【性質】を一部が持つモンだと考えているらしいが、獣人は皆心の底で【主】に会える事を望んでいる。

 忌避してる奴等だって一皮むけばんな感じだ。

 いやむしろ忌避してんのは自分が確実に【主】を前に【性質】に屈服すると分かってるからかもな?

 俺? あー俺は、まぁ忌避はしてねぇが嘘くせぇとは思ってたな。

 相棒は知らねぇけど忌避はしてなかったんじゃね?

 双子だろうと俺等は別の存在だからな。

 んな詳しい所まではしらねぇって話だ。

 お互いに膝突き合わせて話す話でもねぇしな。


 俺等が【主】に求めんのは「強さ」だった。

 獣人によって【主】に求めるモンは違うんだが、俺等はある意味分かりやすいモンだと思われてる。

 実際どぉこぉがぁ? って話なんだけどなぁ?

 よぉく考えてみろよ。

 何を持って「強い」となんだ?

 腕力か? 俺等獣人に勝てる奴なんてそうそういねぇんじゃね?

 知力か? まぁ確かに俺等はあんま賢くはねぇけど、戦えば多分勝てるぞ?

 じゃあ総合戦闘力か? ま、それはある意味一番近いかもな。


 そぉいった事全部を踏まえて改めて言うぜ? ……俺等は【主】に「強さ」を求める、ってな。

 何処が分かりやすいって事になると思う?

 

 が、実は俺等自身もあんまりこの「強さ」として何を求めてんのか分かって無かった。

 なんせ獣人の「本能」だからなぁ。

 ただ漠然と「強さ」を俺等は【主】に求めてんだという事は分かってたが、それだけだった。

 んなモンだから俺等を捕まえた組織のお飾りトップ野郎は俺等を従える事が出来ると本気で思ってやがった。

 俺等と戦った事もねぇのになぁ。

 組織力は別に「強さ」にゃあ該当しねぇし。

 該当すんなら俺等はコクオーサマを【主】にしなきゃなんねぇし、コロコロ変わったらどうすんだよ。

 ってな訳で俺等は別に組織力は強さにカウントしねぇ。

 ってかあんなお飾り野郎なんぞ誰が【主】するんだって話だぜ?

 獣人の事を殆ど知らなかったんだろうな。

 俺等獣人が【主】を求める本能は無二の相手を求める強烈な欲求だ。

 獣の本能が剥き出しになったモンだから人様の忠誠心なんぞ比べモンならねぇ。

 【主】を得た獣人はぜってぇ【主】を裏切らねぇ。

 裏切るなんて事考えもしねぇ。

 思いつきもしねぇから裏切るなんて事話題に上がる事もしねぇんだよなぁ。

  

 ま、勘違いお飾り野郎はそれ相応のしっぺ返しを食らったからな。

 あん時の顔は今でも忘れらんねぇよ――面白すぎてな。


 ってな感じで俺等も自分達が【主】に求める「強さ」が明確に「これ」だと言う事は出来なかった。

 ……そう、過去形だ。

 今の俺等は【主】に求めた「強さ」が何かを知ってる。

 なんせその「強さ」を持った【主】に出逢ったんだからな。


 依頼がきな臭いは今更だ。

 今までの依頼で真っ当なモンがどんだけあったと思ってんだ?

 ギルドで受けていたクエストならともかく裏社会での仕事なんぞ後ろめたい事しかねぇに決まってるよなぁ。

 大体俺等がいたのは暗殺を主としていた所だった訳だし、俺等が叩きこまれたのも暗殺技術だ。

 そりゃ組織を抜けた俺等が何で食ってくかなんてわかり切った話だってこった。

 更にいやぁ相棒も俺もギリギリのスリルを求める性質だってんだから、暗殺で食ってく事は必然って奴だった。

 ってな訳で今回の依頼も別に他の依頼と変わらんと思っていた。

 勿論依頼主を辿って黒幕扱いのオキゾクサマは掴み、俺等を捨て駒になんぞ考えられないように仲介者を名乗る男を調べ上げてひっつかまえて、脅してやったりもした。

 ギリギリのスリルは求めてるが捨て駒にされるのは我慢ならねぇからなぁ。

 これは依頼を受ければ例外なくやってた事だ。

 ま、黒幕がこの国のオーヒサマってのは流石に驚いたんだけどな。

 だってよぉ、ターゲットの中に自分の血のつながった子供がいるんだぜ?

 俺等は血の繋がりなんぞ何とも思わんが、普通の奴ってのは気にするもんじゃん。

 そりゃ確実に殺す中にオージサマは入って無かったけどよぉ。

 あ、正確に言えば自分の子供であるオージサマは、か。

 もう一人のオージサマは確実に殺す標的として念を押していた。

 そっちはまぁ継承権争いって奴なんだろうし、ありきたりっていやぁありきたりだからな、どーでもいい。

 驚いたのは自分の子供を巻き込む事を「やむなし」だとしても受け入れた事だ。

 一応依頼の通り殺す気はなかったが、んなモン乱戦になっちまえば確証はねぇし。

 それを黒幕であるオーヒサマ達も分かってるだろうに。

 「下手すりゃ死ぬゼ?」なんて事も言ったんだぜ? まぁ後で言いがかりをつけられるとめんどいから言ったんだけどな。

 だってのにアイツ等は依頼を撤回しなかった。

 実行しようともしなくとも俺等は弱点になんだろうから、やった方がマシと判断したのか? とも思ったんだがなぁ、どうやらこれでオージサマが死んでも受け入れるって話だったらしい。

 笑っちまうよなぁ。

 自分の血のつながったオージサマをあっさり見捨てやがった!

 この国のオーヒサマは相当壊れてやがると思ったね。

 依頼料が良かったしスリルも味わえそうだと思ったから受けた依頼だったが、これで失敗しても満足だと思ったもんだ。

 王妃のあれも一種の「強さ」か? と一瞬思ったが、それも少しちげぇんだよなぁと思った。

 相棒も同意見だったから、まぁ間違えでは無いだろう。


 んな感じで依頼を受けた俺等は破落戸盗賊と大して変わらねぇ奴等と一緒に襲撃事件を起こす事になった。

 俺等が得意なのは暗殺であって襲撃じゃねぇんだが、仕方ねぇか。

 相手もまぁ餓鬼ばっかりだしどーとでもなんだろう。

 と、そんな関係だからなぁ。

 仲間意識なんぞお互い湧くはずもなく、俺等が暗殺対象の絵姿を渡されたのは襲撃の前日だった。

 標的の共有ぐらいしろよな、三下ぁ。

 壁ぐらいしにかなれねぇくせによぉ。

 前日に人数を減らす訳にもいかず命拾いした奴等からもらった絵姿を見た時、僅かに俺等は違和感を感じたんだ。

 オージサマや公爵家のゴシソクサマに対しては「整ったツラしてんナァ」としか思わなかった。

 だが、唯一の公爵家のレイジョーサマにだけは何故か妙なモノを感じさせられた。

 なんてーかむず痒い? そわそわする? ぞわぞわする? なんていえばいいか分からんが、無視しちゃいけねぇもんを感じたのだ。

 

 その感覚は直接会えばもっと強くなった。

 俺と真正面から対峙したオージサマも“強かった”

 多分アイツを【主】にしても面白い事にはなりそーだと思った。

 が、アイツは自分の選択肢の中に「死ぬ事」入ってるせいか、妙に諦めが良い所があるようだった。

 それじゃあ俺等の【主】には相応しくはねぇ。

 肉体的な強さだけで俺等の本能は満足しなかった。


 ――あーそういや【主】に関してだが、別に本能に従った無二の【主】以外の奴を【主】にする事は可能だ。

 一回きりの【契約】なもんだから滅多にする奴はいねぇけどな。

 その【契約】の後本当の【主】に出逢っちまったらどうするんだ? って話だ。

 そうなったら誰にとっても悲劇なんだろうよ。

 【契約主】の命令に喜びを感じながら【無二の主】に対して何も出来ない苦悩と葛藤。

 俺なら狂っちまうだろうな。

 狂った挙句【無二の主】を殺して自分も死ぬんじゃね?

 【契約主】は傷つけらねぇからそぉなるだろうよ。

 そうなったら誰も彼も不幸だろうよ……俺以外な。

 俺は渇望した【無二の主】と一緒に死ねるモンだからそれはそれで満足して死んでそぉだ。

 あ、相棒も同じだと思うぜ?


 とまぁ【契約】に関してはともかく、俺等は強欲ってこった。

 肉体的な強さだけじゃなく精神的な強さも欲しかった。

 傲慢な程自分を貫き見失う事のない「強さ」

 それが俺等の欲した【強さ】だった。


 だから分かった。

 俺等が誰を求めていたのかを。

 その相手は俺等の一部をぶった切る事すらしでかした上、オージサマに対しても自我を押し付ける傲慢な女だった。

 自分の守りたいモンのために相手の命を奪う事すら戸惑わなかった女。

 まだちっこいのに、自分を貫き通した怖えぇ女。

 アイツが俺等の【主】だと確信したのはアイツが「傲慢なまでに生き抜くと」吠えた時だった。

 今まで感じてた色んなモンが収まる所に収まった、と感じた。


 生き抜くために相手の命を奪う覚悟をし実際奪い続けた強さ

 魔法を思考を駆使し戦い抜いた強さ

 生き抜くと傲慢に言い切り、そして実際生き抜いた強さ


 その全てが俺等を惹きつける。

 あぁ俺等はコイツを待っていたんだ、と理解した。

 あの絵姿を見た時から俺等の本能は【主】を見つけていた。


 殺さなくて良かったと思う心とこの程度切り抜けないような奴は【主】じゃねぇと思う心がある。

 が、実際俺等の【主】は生き抜いた。

 最後にぶっ倒れたが、息はしていたようだから問題ないと思った。

 まぁ倒れた瞬間は俺等の方が息が止まるかと思ったんだがな。


 俺等が人の心配かよ、と笑ったのは俺等が牢屋にぶち込まれた後だった。


「サァ、どーしたもんだかナァ」


 俺等はどうしてもあの【主】が欲しい。

 俺等にとって無二の【主】が。


「なぁ兄弟ィ?」

「……何用カ?」

「どんな方法だとしても俺等はアイツの所に行くよナ?」

「当たり前ダ」

「だよナァ。ってな訳デ、死なねぇように頑張るとしますかネ」


 俺等は獣人にとって当たり前の感情のままに笑うと【主】の所へ行く方法を考え牢屋の時を過ごす事になる。



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