第119話・欠陥だらけの案内人が案内する先に待つのは?




 コツコツと二人分の足音がだけが響く廊下に私は溜息を隠せなかった。

 一応聞こえないようにしているけど、聞こえていても問題ないんじゃないかな? と思わなくもない。

 無言で目的地に行くのはいいと思うけど、背を向けているのに隠せない蔑みってメイドとしてどうなんだろうね?

 仮令王族付きだとしても……むしろ王族付きだからこそ時に感情を押し殺して対応しないといけないと思うんだけどどうかな?

 半人前だろうと私は公爵家の娘であり、メイドさんは私に礼をとらねばならない家格の人間なのだから。

 側仕えの無作法は主の瑕となると言うのに、これで王族付きだと名乗っているのだから笑ってしまうよねぇ?

 私が王族付きは騙りだと思ってしまうのも仕方ないと思いませんか?


「<どこに連れて行かれる事やら>」

「<さぁな。どーせ罠だろうし人気のない庭とかじゃねぇの? ……そういや、オマエ武器は持ってんのか?>」

「<ん? あー一応ドレスの下にナイフは仕込んでるけど>」


 謁見の間に武器の持ち込みはいいのかな? とは思ったよ?

 思ったんだけど、今回の謁見は最初から何かしらの騒動ありきだったらしくて武器の携行を許されちゃったんだよね。

 うん、流石にびっくりしたよ。

 尚普通、謁見の間に武器の携行は許されていません。

 例外は護衛の方や騎士の方々ぐらいです。

 当たり前だよね!

 陛下に謁見する存在が許可無く武器を携行して拝見するとか有り得ないよね。

 武器の携行を許される程の騒動前提の謁見って何? とは思ったけどね。

 という事で一応ナイフを護身用に身に着けてます。

 後はまぁ痛いの我慢すれば空間には武器も入ってるけどね。

 ……出来れば二度と経験したくないかなぁ、あの痛みは。

 何処か罰ゲームレベル? って感じだったし。

 子供が泣く処か気絶するレベルでの電流を流された気がする。

 実際暗殺者が怯む程度には強い衝撃でしたし?

 あれもう一度喰らうのは勘弁して欲しいです。


「<二度も城で襲撃されるのはやだなぁ>」

「<そうなりゃ城は鬼門って事で近づくのやめちまえばどうだ?>」

「<とても心惹かれる提案だけど無理なのも分かってるから何とも言えないんだけど>」


 そも、もう一度襲撃を受ける前提で話すのやめて、黒いの。

 今の状況だと洒落にならないし。


 殺しきれないため息をついた時、ふと気づいた。

 

 此処、何処なんでしょうか?


 城の中の構造なんてみな似たようなモノだし見覚えがあるようで見覚えの無い場所なんて事よくある話ではあるんだけど。

 比較的使用頻度の高いであろう応接室から、それなりの距離を歩くとなると、城に勤めている人達の仕事場か、有り得ないけど王族の方のプライベート区域って事になる訳で。

 人気が少なくなっていく事に嫌な予感もするし、出来ればそろそろネタばらしをして欲しいんですが。


 目の前を淀み無く歩くメイドさんに意識を向けてもあっちは相変わらず私を蔑んでいて振り返る様子も無ければ私に対して親切する様子も無いし、メイドとしての職務を最低限まで削るとこうなるのだろうと言った見本の姿で前を歩いている。


「<ナイフをもってりゃ取り敢えず抵抗は出来んだろ?>」

「<迷い無く相手に刃を向ける事が出来るかどうかは別の問題、なんだけどね?>」


 私の無意識下のストッパーは健在であり、何かあった場合再び隙を作る可能性は高い。

 前回はギリギリを切り抜けられたが、今度も切り抜けられるかは分からないのだ。

 結局初動から躊躇い無く動けたのはブチキレてからだったしね。

 其処まで制御されなくて良かったと思うべきかそれだけの事が無ければ制御を離れる事が出来ない自分の頑固さを嘆くべきか悩む所である。


 少なくとも瀬戸際まで『残滓』を振り払う事は出来ないのだとあの一連の襲撃事件によって思い知らされた。

 このままではどうにもならないのだという諦めも感じている。

 結局私は私の抱える『残滓』も今抱いている焦燥も全てを抱えて前を向く時がきているのだと受け入れるべきなのだろう。


 色々受け入れてそろそろ腹を括るべきかもしれない。

   

 様々な人と話した事により浮かび上がった構想と自分の頑固さを混ぜて導き出した答え。

 今、私は一つの武器の構想が思い浮かんでいた。


「(それで先生方が納得するかは分からないけど、現時点の私が出せる最善の答えではある)」


 まぁ最高の答えとは言えないだろうけど。

 色々悩みつつそれなりの構想を思い浮かべていたんだけど黒いののとんでも発言で吹き飛んでしまう。

 今考えても仕方ないけど一時棚上げされてしまう程度にはぶっ飛んだ発言でした。


「<そん時はもう一度ブチ切れればいいんじゃね?>」

「<自分で自由自在にキレルって、それ切れてるって言わないから!>」


 其処まで器用じゃないから。

 心の中でだけど、思い切り突っ込むと黒いのが影の中で笑ったのが伝わってくる。

 どうやら黒いのなりの冗談だったらしい。

 此れからの展開にドキドキだっていうのに暢気なモノである。

 いやまぁ此処まで付き合って話している私も充分暢気なのかもしれないけど。


 舞台への道先案内役である前を歩くメイドさんの金髪に光が反射して輝いているのを目を細めて見ているとふとリアの言葉を思い出す。


「<そういえば王妃様付きで一番親しい人? って言うか信頼しているメイドさんって金髪にオレンジの眸なんだって。珍しいと言えば珍しいんじゃないかな?>」

「<へー。金髪って、目の前のメイドみてーな?>」

「<私も本人に会った事は無いから知らないけど、多分前歩いてるメイドさんみたいに金髪にオレンジの眸なんじゃない……かな?>」


 んん?

 そう言えば前歩いているメイドさんって金髪にオレンジ色の眸だよね?

 流石ファンタジーとか思ったくらいだし。

 んんん?

 年齢の割には感情隠してないなぁとか思ったけど、もしかして感情を隠せないくらい私に対しての嫌悪感が強いとかそういう話でした?

 あ、ちなみに年齢は20代なかば? くらいだと思います。

 けどそうなると感情制御の甘さは年齢相応って事になるのかな?

 元々貴族である事を考えれば制御の甘さを指摘される年齢な気がするんだけど、さ。

 じゃあこの人ってメイドさんって言うよりも侍女さんだったって事かな?


「<今更だけど城の人間にメイドさんは無いか>」

「<ほんとーに今更だな。確かに見た目メイドって感じだけどな>」

「<何となく見た瞬間に「メイドさん!」って思っちゃったんだよね>」


 理由は不明である。

 ともかく、メイドさん改め侍女さんは自称王族の側仕えで金髪にオレンジの眸をお持ちです。

 

「<えー。もしかするとって事?>」

「<王族付きって言ってもたかが知れてるって事なんじゃねーの?>」

「<びみょう>」


 え? って事は私王族、それも王妃様の所に案内させられそうになっている訳?

 それは流石に勘弁してほしいんですが。

 幾ら何でも推定黒幕に会うには準備が必要なんですけど。

 

 もしかしたら? と言う気持ちと勘弁して下さいという気持ちが鬩ぎ合ったせいで微妙な顔で前を歩く侍女さんを見ていると後ろに気配を感じた。

 この状況で人? と思って警戒しつつ振り向くと濡れ羽色の艶やかな御髪が目に入って思わず固まってしまう私。

 足を止めた事で侍女さんも私が付いてこない事に気づいたのか大層うんざりした表情で振り返って、私と同じく固まってしまった。

 こんな心境じゃなければ思い切り笑い飛ばしたかった。

 そんな余裕なくて出来なかったけど。

 濡れ羽色の髪に濃紺の眸を持つ人――兄殿下が微笑を浮かべたまま、突然のご登場である。

 そりゃ驚くと思いませんか?

 少なくとも私は完全に思考停止するぐらい驚きました。


 殿下は驚いて固まった私に対しては苦笑していたけど、直ぐに微笑みに戻ると感情の読めない目で侍女さんを見据えた。

 

「キースダーリエ嬢を連れて何故ココに?」


 何故と問われるような場所なんですね、此処。

 と、城の廊下とは言え一応礼儀は必要でしたね。

 私は緩やかに微笑むと軽く頭を下げる。

 公爵家の私と王族の殿下ではこの対応が正解だろう。

 流石に廊下で跪く事までは求めないはずだ。

 これがお互いに歩いていてすれ違う程度なら軽い会釈程度で良いんだろうけど。

 と、私でこれだから侍女さんは私以上に深く頭を垂れる必要があると思うんだけど。

 チラっと横目に見たけど、全く頭を下げていないんですが衝撃が大きすぎでは無いですかね?

 

「(いや、それよりも性質悪いかも)」


 殿下を見る目に蔑みが滲み出ている侍女の表情に私は目を細める。

 一介の侍女が私という他者のいる場所で悟られる程あからさまに感情を露出させるなんて、主様の教育を疑われても仕方ないと思いません?

 王族付きだと思いたくはないのこういう所なんだけどね。

 一応令嬢様憧れだと思うんだよね、侍女って。

 私は全く心惹かれないけど、侍女になれば高位貴族との縁も結べるし、もしかしたら王族とも懇意になれるかもしれない。

 その分なるために色々厳しい基準をクリアしないといけないだろうけど、そうだとしてもなりたいと憧れるモノ、らしいですよ?

 そんな憧れの侍女の実態がこれじゃあねぇ。

 各方面に謝った方がいいと思います。

 

「<有り得ないと思うけど、筆頭側仕えじゃないよね、この人?>」

「<年齢的にありえねーんじゃね?>」

「<ならいいけど>」


 こんなのが筆頭だったら主の質が疑われると思います。

 とは言え自分に都合よく動いてくれる使い勝手の良い駒ではあるかもしれないけど。


「ラーズシュタイン令嬢に案内を賜りました」


 うわぁ、さらっと人に責任を擦り付けた、この人。

 私は微笑みを深めると口元に手を当て小首をかしげる。

 遺憾の意を示しています、という事で目は笑っていませんけどね。

 そっちがその気なら、此方も遠慮なんてしませんからね?


「あらあら。では貴方様は随分ノンビリさんですのね? ワタクシ家に帰るために城の入口に向かって欲しいと思っておりましたのに。それともそれほどにこの城を自慢に感じてるのかしら?」


 扇子でもあれば完璧だったかなぁ?


「だって、城の隅々まで案内するような寄り道をなさらないと目的の地へはいけないのでしょう? ご自身の職場を誇りに思う事は良い事ですけれど時と場合を考えないといけないと思いますわよ?」


 今、私嫌味な貴族令嬢らしいと思う。

 人に色々擦り付けようとしたんだからこれくらいは可愛いモノでしょう?

 あ、殿下が小さく吹き出した。

 そんなに面白い事を言いましたかね、私?

 楽し気な殿下はともかく侍女さんは私に反論されるとは思ってもいなかったのか、一瞬ポカンとしたけど、直ぐに怒りを隠さない鋭い視線で私を睨みつけて来た。

 ですから、私公爵家の令嬢ですって。

 半人前だろうと家に認められた子供ですから。

 感情のままに睨みつける事が許される相手ではないんですよ、私。

 

 私は頬に手を添えると隠さずため息をつく。


「嘆かわしい事ですわね。「城」が一等大事な方に言っても無駄かもしれませんけれどね?」

 ――だって貴女様にとっては王族に礼を取るよりも城を案内する方が大事なのでしょうから。


 仮令私が公爵家の半人前令嬢であり礼をとるに足りない人間であると認識しようとも此処には殿下がいらっしゃる。

 殿下が王族であり圧倒的上位である事には違いないのだから結局殿下に礼をとらなかったこの人は侍女失格の烙印をおされてもおかしくはないのだ。

 殿下ならば場合によっては積極的に失格の烙印を押すだろう。

 彼女、明日の我が身を心配した方がいいかもね?

 

 そして嫌味は含みすらも気づくのか侍女の視線の鋭さが増す。

 完全に自分の首を絞めている訳ですけどね。

 けどまぁ構ってあげる必要はなんですよね、私。

 私は睨みつけてくる侍女を無視して殿下に向き直ると再び軽く会釈する。


「殿下。自身の意志では御座いませんが、本来足を踏み入れる事が許されない場所に足を踏み入れた事を謝罪致します。申し訳ございません」

「気にしなくて良いよ。ここはまだ禁止区域というわけじゃないから。ただもう少し進んだ場所は王族の私的空間になるから許可なく入ることは許されないけどね」

「衛兵に止められていたでしょうが、騎士の方のお手を煩わせる事が無く安堵しております」

「キースダーリエ嬢には一切非は無いから心配しなくて良い」

「私は権力を盾に案内を強制されたので御座います! そのような小娘の事を真に受けるなんて何をお考えか!」


 私と殿下の形式上問題はないよー、的な会話は侍女さんにはマジの話に聞こえたらしい。

 話に突然割り込んで私を罵倒しつつ自分の正当性を主張しだした。

 いやさぁ、良いのかね?

 貴方、王族の命により私を案内しているんだよね?

 それが罠であり言葉だけだとしても表面上はそうのはずだ。

 だと言うのに、此処で私の我が儘だと言い張ると自分に下された命令と矛盾を引き起こす事になるんじゃないかと思うんだけど。

 自分を守る事だけに必死か。

 忠誠心の欠片も無い相手に向ける私達の視線は冷たい。

 特に殿下は自己保身に走る輩をあまり好んではいないのだろう。

 口元こそ笑みを梳いてはいるけど眼が笑っていない。

 

 終わったな、この侍女さん。

  

 貴族令嬢の憧れを裏切る輩が一人減るのだからむしろ良い事だろうしね。

 私を睨みつつ殿下に自己弁護の言葉を投げかけている侍女さんに私は冷めた目を送るばかりだ。

 罠なら罠でも良いんだけどさっさと終わらせて帰りたいのですが。

 謁見の間での出来事は結構精神的に疲れたので家に帰ってリアやお兄様に癒されたいです。

 もう罠って事で、作戦失敗ですから帰っていいですかね?


 と、そんな事を考えつつ侍女の一人喜劇を見ていると王族のプライベート区域からカツンという足音が聞こえて来た。

 どうやらこのお粗末な舞台は続行せざるを得ないらしい。

 いや、むしろこれからが舞台本番ですかね?



 さぁさぁご覧の皆さまご注目下さい!

 いよいよキャストは揃い踏みと相成りました。

 これからお見せするのは一人の女性にとっての悲劇。

 悲劇を悲劇のままに終わらせるのか、それとも喜劇と変じるのか、はたまた狂気に塗れた狂気劇と変ずる事となるのか。

 誰も結末を知り得ない劇の幕が今、ゆっくりと上がるようです。

 最高にお粗末で最高に笑える劇の開始のベルが鳴り響くのであります。



 ――なんて舞台進行役の道化を気取ってみつつ、私はこれから起こるであろう騒動を思い小さくため息をつくのだった。



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