第117話・嵐模様の謁見(3)
王妃から意識を逸らし今後の騒動の火種を見逃した事に気づかずにいた私は色々な思惑を隠さないまま陛下を見上げた。
口に出してしまえば確定事項になるし、今後の流れもほぼ決まるだろう。
それが分かっていて迂闊に口に出せない程度には私も貴族の厄介さを知っている。
せめてお父様に被害がいかないかどうかだけでも知りたいと思うのだ。
どうしようかなぁと思い陛下とお父様を眺めていると、陛下はそれはそれはとても良い笑顔になり、小さく頷いたのだ。
「(おや?)」
言ってしまえと受け取ってしまっても良いのだろうか?
この老人、お父様の派閥に出入りしていて公爵家なんですが?
僅かに首をかしげ、訝し気に見ると更に陛下の顔が輝く。
何というか『悪友』に悪戯のゴーサインを出されている気分になるんですが……。
「(陛下にとってお父様は相当の事がない限り切って捨てる事は無い友であり挿げ替え事の出来ない側近、なんだよね?)」
ならば、そんなお父様が窮地に陥る事を勧めるような方ではない、と思う。
態々友人を崖の上から落とす千尋の谷方式を取るような人でもない、と思いたい。
なら、言ってしまっても良い……と思ってもいいだろうか?
「(陛下が私の思惑を察してはいない、という事はなさそうだし)」
私のこれからやる事がお父様に不利な状況になる事無く、私にも多大な不利益が降りかからないというならば……。
私は陛下とお父様を見上げると一瞬だけニィと笑った。
意図を察してもらった事と此方も意図を察する事が出来たという意味で笑ったのだが、そりゃもう物騒な、そしてあくどい笑みを浮かべていたはずだ。
だというのに、同種の笑みを浮かべる陛下と止めないお父様。
――あぁ『悪友達』との日々が脳裏に浮かぶ。
悪だくみを共に考え、実行しては共に笑いあう。
そんな日々をこの世界で送る事はほぼ絶望的だけど。
それでもあの時の感情が鮮やかに蘇っていき自然と意識が高揚する。
明確な敵に口撃を加える事を許されたのだから、私は幸福だ。
それに最初から私は望んでいたのだ――今回の事件を詳らかにし黒幕を完全に炙り出す事を、そうする事で私達の完全なる安全を確保する事を。
だって今回の一連の騒動には私だけではなく、お兄様にも身の危険はあるのだから。
「(自分達の身の安全のためならば、目の前の老人を犠牲する事を私は躊躇わない)」
さぁ破滅への道を開きましょうか?
大丈夫ですよ、公爵サマ?
貴方が何もしていなければ何の事は無い細やかな願いなのですから。……まぁあの慌てようを考えればどうなるかは火を見るよりも明らかですけどね。
言葉を失ったように何も言わなくなった老人を他所に私は次の一手を指すのだった。
「お答えを頂けないのは誠に残念ですわ。――陛下、場を騒がせてしまい申し訳ございません」
膝をつき頭を下げる。
これもある意味形式だ。
私に非は無いけど、先に謝って先手を打ったとも言うけど。
茶番という事無かれ。
堅苦しい程形式を守る事で老人の非常識さを強調しているのだ。
私の異質さも浮き彫りになるけれど致し方ない。
それよりも目の前の外敵を排除する方が優先だ。
「気にしなくて良い。キースダーリエ嬢には何の非もないしな」
「有難き御言葉に御座います。――先程の願いの件にございますが……」
「何か決まったようだな?」
「ワタクシ一人の力でなかったとは今でも思っておりますが、それでも厚顔にも願いを口に出す事が許されるのであるならば一つだけお願いしたい事が御座います」
「何でも良いと言ったからな。言ってみろ」
陛下の大らかな態度の中に揶揄いにも似た雰囲気を感じるし、真逆の侮れない雰囲気を感じる。
本当に陛下の治世下では戦争は起こらずにすみそうだと心の片隅で思った。
少なくとも私は進んで敵に回したくはない。
此度はその心配なく、余程の事が無い限り味方だろうけれど。
「此度の襲撃事件の全てを調べ尽くす、と。仮令どのような過程を経てどのような結果となろうとも、です」
私の声が静かな謁見の間に響く。
観客と化していた貴族たちの騒めく声が聞こえる。
けれどもはや私には関係ない。
一歩踏み込んでしまった私にとって必要なのは陛下の答えだけなのだから。
「全てを詳らかにしろ、ではなくてか?」
「はい。全てを公表するのではなく、全てを調べて頂きたいのです」
「それは、調べた結果の処罰には関わらない、という事か?」
陛下の言葉には少々の困惑が見えた。
それも仕方ないかもしれない。
私が復讐のために調べる事を望んでいるのならば、全ての公表を望み、黒幕共々厳重に処する事を望んだだろう。
けど、別に私は復讐は望んでいないのだ。
「陛下が把握なさった事実を元に処罰をなさるのならば何の問題も御座いません。ですから何時もの様に公平な処罰を望むばかりです」
今まで陛下の治世に置いて誰かを贔屓したりなど悪評は聞こえてきていない。
むしろ家格を多少しか考慮しない上場合によっては平民相手だろうと貴族が罰せられる事もあるのだと言う。
これは相当稀だし、そこらへんは貴族社会だから仕方ないけど、稀とは言えあるだけで驚く事なのだ。
この国は完全なる法治国家ではない。
けれど絶対王政の国としては平民でも暮らしやすい「良き国」なのだ。
だから私は仮令黒幕が公爵家の人間でも……王族でもそれなりの罰に処してくれると信じている。
それもあって私が復讐する必要性を感じていないんだよね。
けど、そうだなぁ、処罰に噛む気はないけど……――
「――……子供だからと言って真実を知らされないのではなく、真実を知る事をワタクシは望みます。勿論ワタクシが知ってよいと周囲の方々が判断した範囲で、ですが」
国家機密まで踏み込んで知りたいという訳じゃない。
今回の一連の出来事に国家機密が混じり込むかどうかはまた別の話だけど、そういった極々一部の人間しか知り得ない情報まで欲しいとは流石に思っていない。
ただ私は優しい嘘よりも痛い真実が欲しいのだ。
私達は子供だけど、何も知らない赤子ではないのだから。
ちょっとばかし私は色々詐欺な気もするけどね。
誰かに定められた都合の良い物事の善悪も誰かによって都合のよい上辺も子供には関係が無い。
大人が思う程純粋な生き物ではないけれど、自身達が思う程スレてもいないのが子供というモノなのだと思う。
だからこそ全てを知りたいと思う事は流石に望み過ぎだ。
けど、子供だからと言って全てを隠して柔らかくて優しい嘘の揺り籠で微睡む事は出来ない。
私は勿論の事、お兄様だって……二人の殿下だって。
だから私は望むのだ。――痛くとも真実を頂戴、と。
「それは……」
私の言葉に最初に反応したのは隣に居る老人でもなく、陛下でもなく王妃様だった。
王妃様は私を見下ろしている。
人形みたいな眸ではなくなったし、今は燃え滾る憎悪は感じない。
けど、暗澹とした重苦しい殺意にも似た何かが感じられた。
「行きついた真実が貴女以外の事をも傷つけるモノだとしても、ですか?」
多分私以外とは自分の息子である殿下の事なのだろう。
一応辛うじてもう一人の殿下の事も含まれているかもしれないけど。
まぁ仮に他の子供の事を言っているとしても、私にとっては考慮する余地も無い相手という事になるんだけどね。
そういう意味では私の中で殿下達が辛うじて引っかかっているだけで主にお兄様の事を思い浮かべてしまうけど。
ここら辺は乖離していてもまぁ答えは変わらないからいいかな?
私は体を僅かに王妃様に向けて王妃を見据える。
「直接にお言葉を掛ける無礼をお許しください」
「キースダーリエ嬢、一々許可を取らずとも誰に話しかけようとも咎めはせぬ。――分からぬ輩がいるようだからな、改めて許可しよう。キースダーリエ嬢、オマエが何を言っても何をやっても罪には問わない、と」
過剰と取れる程に言動の一々に許可を得ていた事に気づかれていたらしい。
いやまぁ此処まで徹底したのは半分以上老人に対する当てつけなんですけどね。
「有難うございます――王妃様。此度の襲撃事件の当事者であるのはワタクシを除き、お兄様と殿下方ですが、少なくともお兄様もワタクシと同じく痛みを伴うとしても真実を望んでおりますわ」
チラっと殿下達の方を見ると、二人とも何処か耐える表情をしていたが、それ以上に全てを受けとめる覚悟を秘めた表情をしていた。
だって言っていたモンね、二人共『優しい嘘ではなく痛みを伴うとしても真実を望む』と。
言い方は違うし、直接言った訳じゃないけど、王族の男子として将来政に関わる身として守られるばかりの揺り籠よりも自身の目で見て歩く道を選んだ。
自身達が何であるかを自覚しているからこそ、殿下達は目を背ける事を好しとしない。
仮令先に待つのが誰かにとって悲しき結末だとしても知る事を選んだのだ。
だからこそ私は彼等を勘定に入れていなかった。
真実を知りたいという一点に置いては私達の意見は同じだったのだから。
「そして殿下達も又優しい嘘の揺り籠での微睡みではなく、痛みを伴う真実と向き合い歩む覚悟をしております。仮令、誰かにとって悲しい真実だとしても知りたいと思うのです。――護られるばかりの子供だとしてもこの国に生きる者としての矜持は胸に抱いているのです」
四人の代表なんて偉そうな事は言えないけど、少なくとも私達はそれぞれ真実を欲したのだ。
だから私はこの言葉を紡ぐ事に戸惑いは感じない。
まぁ私はこの国に、というか家族に対して恥じない自分でありたいという意識の方が強い訳だけど。
愛国心に関しては殿下達には勝てないし勝てなくても良いと思っている。
そう言う意味では二人とも愛される国王となる素質は充分なんじゃないかなぁ? と私は他人事のように思ったりもする。
目を逸らす事は無い。
私は私の言葉に恥じる事は何一つしていないのだから。
「そう。――――」
王妃様の最後の言葉は小さくて聞こえなかった。
けれど、眸に更に暗き何かが降り積もったのが少しだけ気になった。
それをどうにか突き止めようとする前に邪魔が入ったんだけどね。
「小賢しい事を!」
このまま黙っていれば良いのに、な老人が再び話に割り込んでくる。
いや、だからね。
私は兎も角、相手王妃様だから。
話している所に割り込むのに一言断りが必要だから。
一応さ、今の言葉の後、会話が一時中断したとしても、その後に礼儀を欠いた事を謝罪しないといけないから。
一向に謝罪の言葉も無い貴方は完全にアウトだと思います。
そして再び私の頭を鷲頭掴もうとするのやめて頂けません?
更に避けたら舌打ちとか。
もしかしてお酒でも召していらっしゃいます?
もはや正気の沙汰とは言えない言動ばかりのご老人に周囲が向ける視線も冷たい。
一部の絶望感満載の表情をしている貴族サマ方はまぁ老人とそれなりに近しい関係なんだろうね。
下手すれば連座制すら適応されかねない程の暴挙だもんね。
辛うじて王族への不敬罪は其処まで問わなくとも良いって程度だもんなぁ。
「自分の言動が何を齎すか分かりもしない愚かな小娘が賢そうな事を言って周囲を惑わすつもりか」
「(それ、ブーメランって言いません? そして結局私ってどっちなんです? 愚かなんですか? 賢いんですか?)」
盛大なブーメランに呆れれば良いのか、相変わらず矛盾だらけな言動にそろそろ飲酒か痴呆を疑えば良いのか。
どれもこれも最終的には「呆れ」に繋がりそうなんですけど。
「自分の首を絞めている事に気づきもしない程度で何をほざいておるか!」
「それを証明するために調べて頂きたいのですわ。ラーズシュタインは全く無関係であるのだと、証明するためにも国に調べて頂く事が最良であると思ったまでですわ」
というよりも、気づいていないのだろうか? この老人は。
此処まで強固に調査を反対する姿は不審を呼ぶという事に。
調べられて困るのは誰だ?
私ならこう思うよ? ――黒幕、真犯人こそ調べられて困るのだ、と。
「ワタクシはラーズシュタインは関わっていないと信じております。ですからその点においては調査を徹底する事に何の戸惑いも御座いませんわ」
――貴方と違って、ね。
私の含みは色々ぶっ飛んでいる老人にも通じたらしい。
途端、飼い犬に手を噛まれたような、格下にやり込められたような、そんな表情を浮かべ顔を怒りで赤くさせ恫喝してくる老人。
別に怖くも無いし怯む理由も無いから私にしてみれば「血圧が上がり過ぎて血管キレそうですけどー。大丈夫ですかねー」としか思わない。
口出したら今度こそ血管が切れそうだけど。
ん? その前に『血圧が上がる』って言っても通じないかな?
どうでも良い事を考えているのが分かったのか、いきり立っていた老人は何か思い当たったのか一瞬勝利の喜びを浮かべ私に向かって怒鳴った。
「調査が続行されれば貴様は貴族では居られまい! それでも続行を望むと云うのか!」
「…………」
一瞬意味が分からず首をかしげてしまうけど、直ぐに老人の視線がヴェールに向かっている事に気づき内心溜息をついた。
ヴェールというか髪を見ているんだろうけどさ。
現時点で私は髪が短い。
あの襲撃の時、髪と引き換えに自由になったんだから仕方ない。
そりゃ髪を自分の手で切るのは「貴族をやめて教会に入ります」つまり「貴族から籍を抜き修道女になります」って意志表示になる訳だけど。
貴族女性が自らの意志を貫く行動の一つなんだよね。
知ってるけど、状況ってモンがあると思うんだけど?
あそこで髪を切らずに抜け出す事は出来たかもしれない。
出来ない事も無い、のではないかと今なら思える。
けどその策を考えている暇を獣人の暗殺者がくれるとは思わないし、下手すれば私やお兄様の命は無かったし、殿下達だってどうなったかは分からない。
あの時私を拘束していた獣人の腕を斬る事は出来た。
ただ単に距離という意味では届いたと思う。
けれどあの無理な体勢から相手の腕を緩ませる程の傷を負わせる事が出来たかどうかなんて分からない。
ギリギリの状態だった上に相手は精霊を感知する術を持っていたのだ。
精霊を使役する事すら読まれてしまえば幼い子供で、しかも女である私に取れる手は少なかった。
純粋な腕力で相手の腕、ないし何処かを斬りつけ脱出する事は困難だったのだ。
私は髪よりも命を取ったに過ぎない。
貴族らしくない考え方なのは重々承知だけどさぁ。
どうしても私は「貴族の誇りは命よりも重い」という考えには馴染めない。
そしてやっぱり自分で墓穴掘ってる事に気づかないのかねぇ、この老人。
私は髪を自分で切ったから「貴族籍を抜けて修道女になる」と意思表示したと言っているのだろうけど、それだって本来は当事者以外が知る方法は無いのだ。
特に今回の事件に一切関与していない人間が知り得る情報ではない。
けど老人は知っている。
その事実が指し示すモノが何なのか、気づいていない。
あまりにも貴族として失格な姿に、陛下とお父様が何故この老害を排除しなかったのか、逆に気になってきてしまう程だった。
当主がぼんくらなだけど先代とかは優秀で忠誠心高い人だったんかねぇ。
それとも狡猾で決して尻尾を見せない策略家か。
どっちにしろこの老人が当主になった時点で隙しかないと思うけど。
「(そりゃトカゲの尻尾にもなるわ)」
何とも言えない私の哀れみの視線に気づいたのか老人がヒートアップする。
この手のタイプは自分が憐れまれたり、自分に対する負の感情には敏感だし過剰反応する傾向にある。
老人も例外ではないらしい。
「自分が貴族籍を降りるために道連れでも欲したか! 自分で髪を切る事で意志を示した後に失うモノの大きさに気づいたのだろうなぁ。だが、小娘一人の我が儘で他を陥れようとするとは。お前は何処までも悍ましい生き物のようだな!」
遂に人間ですらなくなったわけですが、別に私は老人に化け物扱いされようとも、周囲にどんな目で見られるようとも何の問題もありませんけどねぇ。
そう私自身が何と称されようとも私は特に思う所は無い。
「お前の様な化け物が産まれたのもあの女が尊き血ではない外様の血を引くせいだろう。宰相殿も見る目の無い事だ。大方息子の方も大した事の無いのだろうな! 化け物の小娘に負ける程度の才覚しかないようだからな!!」
けどそれは私自身の事に対してだけなのである。
はい、アウト―。
私は何も言われても心の欠片も痛まないし怒りも沸いてこない。
けど、家族に対して此処まで言われて私が黙っているとでも?
地雷踏み抜きすぎ。
むしろ地雷の上でタップダンス踊ってますよね。
そんなに滅びたいなら言って頂けませんとー。
生きて来た事を嘆く程追い詰めても良いでしょうかね?
はっきりってプチっと切れました。
敵認定どころか殲滅対象認定致します。
私の家族に泣いて謝るまで攻撃するのもやめないからお覚悟を。
意気揚々と私の地雷の踏み続ける老人に私はニッコリと、それこそ場違いな程ニッコリとほほ笑む。
私の対応に老人の口も止まる。
静かで良い事です。
むしろその口一生開くな。
「ワタクシが命-ジツリ-と髪-プライド-を天秤にかけて命を取ったのは事実ですわ。何故か詳しい内情を知られていますので否定したりは致しませんけれど?」
私の皮肉の言葉にようやく自分が話過ぎている事に気づいたらしい。
もう遅いけどね。
周囲の人たちも完全に疑ってますよ? 完全に自業自得、自爆行為ですけどね!
「与えられた場が違いますからワタクシの行為がどう受け取られるかは陛下達にお任せいたすつもりです。ですので国がワタクシが修道院へ入る事が順当であると命じられるのならば、ワタクシも従いましょう」
別に家族に頻繁に会えなくなる以外のデメリットは無いから修道院でも全然構いませんけど? ……家族やリアに会えないのはすっごく悲しいけど。
「仮令国が調べた事により何処かの家が没落し、誰かが悲しんだとしても、その結果ワタクシが貴族として在れなくなったとしても……――」
馬鹿正直に言わせてもらえば、仕方ないと私は思うんだよね。
切欠が何であれ風通しが良くなるなら私は良いと思う。
愛国心なんて私には現時点では欠片も宿ってはいないから国はどうでも良いけど、お父様が宰相である以上、少しでもお父様が動きやすい国であってほしい。
陛下も対面した際の感触は悪くなかったし、お父様が心から仕えているのなら悪しき政をする暗愚ではないのだろうという事も分かった。
なら私はむしろ徹底的にやり抜いて欲しい。
結果として私が修道院行きという、まぁ『悪役令嬢』のような末路になったとしても必要な犠牲という奴として飲み込む事が私には出来る。
それにその場合道連れにするならお父様や家族じゃないし。
「――……その事でこの国の膿が出されるのなら、むしろ貴族として正しい在り方なのではないでしょうか?」
――貴族としての矜持を持っていると自認しております公爵様ならワタクシの考えに賛同して頂けるでしょう?
お誂え向きに丁度良い人がいるし、ね?
笑顔で最後まで言い切った私に老人の顔が引きつる。
さっきまで私を化け物扱いしていたのに、今更な表情だなぁと思う。
化け物が唯々諾々と貴方の言う事を聞くとでも?
牙をむくに決まっているでしょうに。
獲物に対して慈悲をかける程私甘くありませんよ?
「……まぁ真にラーズシュタインが関わっていた場合やワタクシが修道院へ行く事になった場合の事ですから、今の時点では絵空事としか言いようがないと思いますけどね?」
IFが現実になった場合は容赦なく貴方も道連れにしますけどね。
私は最後に再びニッコリ笑うと絶句し青ざめた老人に見切りをつけて陛下に向き直る。
陛下は私を恐れてはいなかった。
むしろ面白いとすら感じているようだった。
明らかに目が輝いているもんねぇ。
――あぁ陛下を見ていると『悪友達』とやっていた悪戯というには悪質な、けれど私達にとっては「悪戯」でしかなかった出来事が脳裏をよぎる。
陛下は私にとって決して懐に入っている訳も無く、むしろ適切な距離を取らないといけない相手の筆頭だと言うのに。
口角が上がるのが止められない。
意識が高揚して歯止めがかかりずらくなっている。
恐れ多くも陛下に対して『悪友達』にしていたような対応をしたくなってしまう。
気づかれないように深く呼吸して何とか高揚感を押さえつける。
そうじゃないと今度は私がとんでもない事をしでかしてしまいそうだ。
「陛下。ワタクシの望みは変わりません。厚顔たる願いかと思いますが、聞き入れて下さいますでしょうか?」
「元々王族が被害に合っているからな。事件は徹底的に調べるつもりではいた。だが、そうだな」
何処までも獰猛な笑みを浮かべて、自分の視線の先に犯人がいるかのような視線で――実際視線は老人を見ていたようだけど――仰る陛下に宰相様も深くうなずいていた。
「キースダーリエ嬢の願いを聞き入れ、俺は更なる決意をした。此度の事件決して闇に葬られる事は無い。最後まで王たる俺が見届けると此処で宣言しよう!」
陛下は立ち上がり力強く宣言する。
私達は皆操られたように跪き頭を垂れる。
声だけで人を支配出来てしまいそうな覇気を纏う姿は、かの人がこの国の最高位である事を如実に表し、疑う者こそ愚かであると指し示すようだった。
「これで後には引けないな。もし修道院に入る事になっても後悔はないのか?」
座った陛下の投げかけられた言葉に私は微笑む。
何処か過激さが混じっているのは否定できないけど、仕方ないよね?
「御座いません。ワタクシの身一つ、どうして惜しむ事が出来ましょうか」
「今後女の栄華は望めないかもしれないぞ?」
「残念ながら女性の華やかな道に夢見る事が出来ぬほどに幼い時分故に惜しむ心は欠片も沸いてきませんわ。そしてこの先も惜しむ事は無いのでしょう」
「ほぉ? 何故だ?」
「惜しむ心の欠片でも胸に宿っていれば、それが芽吹く事も御座いましょう。ですが、欠片も存在していなくては芽吹きようがないでしょうから」
「成程」
何処か納得したように頷く陛下。
その時私は自分に突き刺さる強い視線が一つある事に気づいた。
しかも後ろからではなく、前からだった。
相手を大体予測しながらも、私は少しばかり驚いていた。
此処まで強い視線を何故「今」私に向けるのかと。
ずっと、ではなく、陛下の宣言の前後に視線が強くなった気がしたから余計だった。
再びチラっと視線の先を探ると、やっぱりと言うべきか、私を睨んでいたのは王妃様だった。
相変わらず何に怒っているのか、何が原因で私を恨んでいるのか分からない。
どうしても王妃様からの怒りも恨みも空虚な感じがしてしまうのだ。
最初の認識が無機質な人形という認識のためだろうか?
そこに人らしい温度を感じるようになったのに、どうしても空虚な感覚も付き纏う。
はっきり分かるのは王妃様が私を嫌っている事だけだった。
「(はっきり言って老人よりもよっぽどやり難い)」
多分王妃様も関与しているだろうに、その事には全く動揺の欠片も見えない所も不気味だった。
予測が外れている?
無いとは言い切れないけど、多分王妃様も共犯か情報提供者である事は間違いない。
余裕がある、というよりも結果はどうでも良いと言った感じを受ける。
噂と噛み合わない感じが気持ち悪かった。
「(噂を鵜呑みするのは危険、だけど)」
やった事は事実だからこそちぐはぐ感が拭えないのだ。
「(警戒は解いちゃダメだ)」
王妃様は何をしでかすか予測が出来ない。
その事が何よりも恐ろしい。
私は王妃に更なる警戒心を募らせ陛下へ意識を戻す。
「ラーズシュタイン嬢。願いは必ず聞き遂げよう。――息子達を助けてくれ本当に有難う」
私は最後に父親としての顔を見せた陛下に対して「勿体ない御言葉に御座います」と言うと深々と頭を下げるのだった。
こうして波乱ばかりの初謁見の間での公式な拝見は終わりを告げるのであった。
いやまぁこれが普通ではない事は分かっているんだけどね?
色々やらかしてごめんなさいお父様。
けど言わせてもらいたい。
謁見が荒れたのは殆ど私のせいじゃないですよね!?
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