第116話・嵐模様の謁見(2)




 謁見の間に不釣り合いな苛立ちのままの荒い足音が近づいてくる。

 私と陛下の話し合いに断りを入れる事無く入り込もうとしている闖入者。

 元凶だと私が予想している御老人は私の横に立つと、力のままに私の頭を床に叩きつけ擦り付けるという暴挙に出たのだ。

 あまりの出来事に私も対応できず、モノがぶつかり合う物凄い音と悲鳴だけが彼方此方から上がるのだけしか認識出来なかった。

 頭を床に叩きつけるなんて罪人扱いされている事に怒り狂えば良いのか、痛みで涙が出そうな事を嘆けばよいのか。

 どっちにしろ乱入していた御老人に正義がある訳じゃないという事だけは事実だった。

 だと云うのに、痛みをこらえて聞こえてくる声が全く悪びれず、むしろ自分の正義を疑わないモノだった事の方がイラっとした事だけは多分、これから忘れる事は出来ないだろう。

 それくらい苛立ったし痛かったのだから。


「陛下。我が関係者の不始末此処にお詫び申し上げます。こうはならぬよう気を配ってはいたのですが、それ以上の周囲の甘やかしにより図に乗ったようです」

「図に乗った、ねぇ」


 陛下の声音は冷たい。

 けれど御老人はその矛先は私だと思っているらしい。

 今、この時までの会話を忘れてしまったんだろうか?

 私のココ――謁見の間――での言動は責任に問わないと、他でもない陛下が公言したという事を。


「今回の襲撃事件を考えれば後悔の念に駆られるのは皆同じ事に御座います。ですが、此度の事、全てを詳らかにする事は何よりこの娘のためになりませぬ。そんな事も分からず聡明などとは、本当に驕っているとしか言えませぬ」


 つまり、今回の襲撃の黒幕はお父様であり、追求して真実を明らかにする事はラーズシュタイン家の没落を招く、と。

 あと、ついでにそんな事も分からない小娘が聡明などと言われるなんて、言った人間はよっぽど見る目が無いんだ、って所?

 

「(コイツ、どう考えても「敵」だ)」


 コイツはお父様が自分達の子供の命も切り捨てる事が出来る冷酷な人間であり、殿下達、ひいてはディルアマートを害する存在だと遠まわしに言い切ったのだ。

 しかもちゃっかり自分は諫言したから別だという安全な地位を確保した上、でだ。

 目の前が怒りで真っ赤に染まりそうだと思った。

 今すぐ精霊に頼んでこの老人を叩きのめしてしまいたい。

 コイツは私の大切なモノを穢そうとしている。

 叩きつけられた痛みなんてふっとんでしまった。

 内を渦巻く怒りに身を任せたいと心が叫ぶ。


「(押さえつけている腕を切り落としてしまおうか)」


 そのためならあの時と同じだけの痛みを負っても構わない。

 頭を押さえつけられているのだ、解放されるためには腕を切り落とす事しかないでしょう?

 前の時と違って邪魔は入らないのだから最大限切れ味を上げれば腕の一本や二本切り捨てる事は出来ると思うの。

 切れ味が悪くて痛みを感じるのならそれはそれで構わいのだけれど、ね。


「(あぁ、でも。それじゃあ折角選んでくれたドレスが汚れてしまう)」


 血で汚れたドレスはもう着れないだろう。

 こんな男のために服を汚すなんて服が勿体なさすぎる。

 

「(じゃあ精霊で吹っ飛ばしてしまいましょうか)」


 あの暗殺者と違い精霊なんて視えないのだろう。

 今だって私の周囲を飛んでいる精霊達が僅かな意志を発しているというのに。

 私の怒りに共感して今にも動き出しそうだというのに。

 私が「GO」と心の中で宣言してしまえば精霊の攻撃は老人を狙うだろう。

 ただ吹っ飛ばされるだけか、怪我を負うかは精霊達の怒り具合によるだろうけど。

 私の怒りに同調している以上、生半可な怒りじゃない事を考えればどうなるかは予想出来るし、その結果こそを私は望んでしまう。


 もはや止まるなど考えられない私がタイミングを計っている事に気づいたのか、それとも別の理由か。

 陛下が再び老人に向かって話しかけた。

 あまりのタイミングに気が削がれた私はただ陛下の言葉を聞いている事しか出来ない。

 内に燻る怒りは未だなお燃料を求めて留まり続けているけど。


「ギアクアレイ=ディック=バルーメブルーン公爵。お前は分かってやっているのか?」


 私の頭を押さえつける腕がピクリと震えた。

 大方大分年下の陛下に「お前」と言われた怒りかなんかだろうけど。

 この老人普段から相当横柄な態度らしい。

 年下だとしても陛下はこの国の頂点であり、一公爵家の当主が上に立てるはずもない相手なのだ。

 王族が降嫁して生まれる侯爵家じゃあるまいし陛下に偉そうな事を言える立場にあるはずもない。

 お父様の気安い口調は陛下に許されているに過ぎない。

 

「(このご老人が許されているとは思えないしねぇ)」


 案の定ご老人に向けられる言葉に含まれた冷たさは直にぶつけられた訳じゃない私でも恐怖心が過る程のモノだった。


 それにしてもこのご老人はラーズシュタインと同じ「公爵家」の人間なのか。

 この老人はお父様と何かしらの関係があるのか、私も見かけた事があるのだ。

 名前も知らなかった事やらお父様があえて遠ざけていたという事からも分かるように横柄な態度が小物感を醸し出している存在で本来なら歯牙にもかけない相手である。

 「キースダーリエ」も別段自分から近づく必要も無く本来なら顔を辛うじて覚えている程度の繋がりしかないはずだった。

 老人があの親戚連中と共に「キースダーリエ」を蔑み、お母様の事を「よそ者」と悪態をつきお父様の事を「見る目の無い貴族失格」と言わなければ私の記憶に残る事も無かったというのに。

 同格の家が何故お父様を見下す事が出来るのか。

 親戚連中は老人の何に阿り擦り寄っているのか。

 私には知り得ない事だけど、分かる事が一つ。

 この老人は「キースダーリエ」にとっても「私」にとっても敵でしかないという事だ。

 まさかこうやって直接的にやらかす程愚かだとは思いもしなかったけど。

 押さえつけられた頭が痛い気がする。

 子供を床に叩きつける事の危険性に全く気づいてないけど、この老人は。


「この娘の不始末は重々承知しております。随分親に甘やかされたようですから、このような愚かな事を――「そうか、分かってやっていると言う事だな?」――? 陛下?」

「ならば、許しを得た訳でもなく言葉を遮り話に乱入し、あまつさえ正式にこの場に呼んだ子供を床に叩きつける暴挙を俺の目の前でした、という事の意味も当然知っているんだろうな?」

「……は?」


 そこ、呆ける所じゃないから。

 自分のやった事に青ざめる所だから。

 見えないけど絶対分かってないでしょう!

 

 実際謁見の間で陛下の御前でまだ一人前ではない、庇護すべき年の子供を、しかも犯罪者ではなく、褒賞を与えるためにこの場を設けて召喚した相手を、なにより国の頂点である陛下との会話に無理矢理入り込んで話を中断させたという事の意味を。

 陛下の言葉で悟らないといけなかったのだ、この老人は。


「(大体、子供の頭を床に叩きつけるなんて、相手を殺しても可笑しくは無い行為だと気付かないって事がまず救えないんだけど)」


 それなりの距離によって加速された衝撃は目の前に火花が散ったかと思う程の痛みだった。

 あの襲撃事件でも床に叩きつけられたけど、体中を一斉にぶつけた瞬間と比べると今回の方が命の危機だから。

 眩暈とかはしないから問題ないと思うけど。

 頭をぶつけた事で死んだ人とかもいるって事を知らないのか、この老人は!


 陛下の溜息が私の所まで聞こえてくるんですが。


「何故経験もあるはずの相手に対して噛み砕いて説明しなけばいけないのか悩む所だが――まずキースダーリエ嬢を離せ。貴様の行動は子供の命を奪いかねない程危険なモノだ」


 陛下の言葉になーぜーか、更に力を籠める老人。

 それってあれでしょ? 

 自分の言う事を聞きもしない若造に「貴様」なんて言われたからご立腹! って奴なんでしょう?

 貴族たるものが感情を隠す事もしないなんて、それでも公爵家の人間なんですかねぇ?


 そしてそろそろ押し付けられ擦られた額が痛いんですけど。

 これで床が血みどろだったら謁見の間を血で汚した事も罪になるのでは?

 私は被害者であると主張させてもらいますけどね?

 え? さっき私が率先して流血沙汰にしようとした?

 その場合被害者である事を全面に押し出して勝訴を勝ち取りますけど?

 陛下の罪に問わない発言も有難く聞き入れて差し出しますけど?


 私の賑やかな内心はともかく、一向に腕を離す事もしない老人に陛下の声音が更に冷たくなる。

 ブリザードくらいは起こっているのでは? と言いたくなるレベルの冷たさだった。


「俺の言う事など聞く必要はないとでも?」

「そ、そのような事は決して」

「ならばもう一度言わねばならないのか? 舐められたものだが仕方あるまい――――その手を離せ」


 燦然たる王者の威圧感に襲われる。

 この声に命じられてしまえば聞かずにはいられないだろう。

 仮令心の内に背信の感情が宿っていたとしても。


 そう私が感じた途端押さえつけられていた重みが消えた。

 私はまだ乗っている手を跳ねのけて顔を上げると額に触れる。

 どうやら辛うじて血は出ていないようだけど、赤くはなっているんだろうなぁ。

 ヴェールが外れていないのは不幸中の幸いかも。


「大丈夫か、キースダーリエ?」

「……はい。眩暈等は感じませんので問題はないかと」

「後で城医に見せよう。止める事が出来ずにすまんな」

「いえ。このような事をしでかすなど誰も予測できない事でしたので」


 所謂形式という奴だけど、陛下の謝罪を受け入れる。

 実際陛下が止められたとは思えないし。

 口を挟んでくる事は予測していただろうけど、まさか床に叩きつけるなんて行動に出るとは思わなかった。

 私まだ子供の上女子なんだけどね。

 老人の割には力が有り余っているようで……力加減も知らない愚か者なのかもしれないけど。


「まさかこの場を設けるように進言した方に浅慮だと言われるとは思いませんでしたわ。てっきり私ならば問題ないと思っての事だったのかと思っておりましたのに」


 まぁ元凶を許すなんて一言も言ってないけどね!

 それなりに良い笑顔で微笑み言った一言に陛下も思惑に気づいてくれたのか追い風になってくれた。


「俺も思ったさ。未だ一人前どころか半人前とも言えない年頃の子供を公式の場に引っ張り出すんだ。それは嘸かし自慢の娘だと思っているとばかり。まさか自慢の娘を床に叩きつけるわ、自身もルールを無視するわ、やりたい放題やるとは思いもしなかった」


 玉座のひじ掛けに肩肘をつき其処に頬を載せながら話す陛下は一見フランクな態度で気安い雰囲気と言える。

 目が一切笑っていない事に気づかなければ、だけどね。

 威厳というモノは醸し出されていないけど、代わりに喰えない雰囲気ではある。

 私ならこんな相手を見下したり積極的に敵に回したいとは思わないんだけどねぇ。

 気づかない老人はどんだけ耄碌しているんですか?


 未だに自分のやらかした事のマズさに気づいていない老人は何やら口ごもりつつも言い訳じみた事を呟いている。

 というか私に対する罵りと陛下に対する恨み事を吐いていると言った方がいいかな?

 今後の対応いかんでは自分の地位が結構ギリギリになるのだという事に気づいていない所を見るととってもじゃないけど公爵家当主とは思えない。

 貴族として謀略と策略の中で生き抜いてきたんじゃないの? この老人?

 

 私は生温い眼で老人を見ていると思う。

 よくよく見ると周囲が老人に向ける視線も厳しいモノだ。

 それだけ私を床に叩きつける行為はマズイという事なんだけどね。


「バルーメブルーン。言いたい事があるなら聞いても良いが……その前に自分のしでかした事を自覚してもらわねばな」


 盛大にため息をつき面倒だという風情を崩さない陛下に老人が向ける視線は鋭い。

 そんな目で見る資格も無いと思うけど。


「まず目に付く暴挙としては俺とキースダーリエ嬢の話に何も言わずに割り込んだ事か。キースダーリエ嬢の話していた相手が俺ではないか場所が此処でなければ問題の無い行為かもしれんが、謁見の間で俺を相手にした場合断りを入れるのが形式だと思うが? 割り込んだとて膝をつき一言断りを入れる。――だよなぁオーヴェシュタイン?」


 陛下が横にいる鬼の形相のお父様に声を掛ける。

 ……えぇと、陛下御強いですね。

 私ならそっとしとく案件だと思うのですが。

 そしてお父様も顔に出し過ぎです。

 貴族らしくニッコリ笑っておきましょう?

 謁見の間でブリザードはダメだと思いますよ?


「拝謁を望みましたからね。許されてもいない相手が割り込む事自体が許されないかと。そうしなければいけない程の事を「私の娘」がしでかしたのならば話は違うかもしれませんが?」


 お父様、今強調しましたよね? 私の娘って。

 口調はまぁまぁ穏やかなんだけど視線その他諸々が冷たいです。

 これは流石に気づいているのか老人の恨み言が途絶えた。

 気迫負けしただけかなとも思うけど。


「と、俺も思う訳だ。それでどうなんだ、バルーメブルーン公爵?」

「そ、それは……この娘が言い出した事に動揺し何としても止めねばならぬと思ったのだ。その方がこの娘のためにもなろう、と」

「だ、そうだが?」

「ワタクシのため、ですか」


 言い訳としてもちょっとお粗末すぎませんかね?


「ワタクシの言った事がどうとられるかはともかく、周囲が見えなくなるほど激高していた訳でもなく、盲目にもなっていなかった、と思っておりますが」

「俺からみても多少の動揺はしていたが充分言葉で制止出来る範囲に見えたし、そもそも隣に立ち跪き頭を垂れれば止まっただろうな。断りも無く口を挟む必要も床に叩きつける必要も無かっただろう」

「そ、そうかもしれませんが、どうやら気が動転しておったようです」


 それで誤魔化される程陛下は甘い御方ではないと思うんだけどなぁ。

 事実、陛下の眼が完全に獲物を狩る獣の目になってますよ?

 手心を加える気一切なさそうです。


「気が動転していたねぇ。その割には自分の安全を確保した上でラーズシュタインを貶める発言をスラスラと喋ってたようだがな」

「そのような小細工はしていない!」

「ほぉ?」

「そ、それに、此度の事はラーズシュタイン家が首謀者であると誰もが思っている事だ! 自分の娘と何かしらの打ち合わせをし、あの場を切り抜けたのだという事は明確ではないか! そうでなければこんな愚かな小娘があの場で生き残れる訳がない!!」


 騒めきすら静まった謁見の間で老人の荒い息遣いだけが虚しく響いている。

 愚かだ、幾度目になるか分からないため息をつきたくなる。


 現時点で襲撃事件に関して何処までの調べが進んでいるかは知らない。

 けれど今の時点で「ラーズシュタイン公爵家が糸を引いていた」なんて事実は出てきていないのだ。

 白に近いグレーだと思うのも私の勝手ではあるけど、決して公式の場で公言し弾劾して良い事柄でも無い。

 しかも同格の公爵家である所からの弾劾はそれだけで意味を持つ。

 少なくとも陛下が「黒」と言わなければ私達が首謀者にされる事はないけど、疑惑の目で見られる事には違い無い。……本来なら。


 とはいえ、これだけ色々やらかした老人の言葉が何処まで信じられるかは別の話なんだけどねぇ。


 老人に向けられた「信じられない事を言いだした事への驚愕」や「自身の持つ影響力を知らぬ事への嘲り」が答えともいえる。

 決して慕われているとは言えない老人への周囲の温度に其処まで深刻にならなくても良い事なのだという事は分かる。

 この手のタイプはそれこそ黒幕に利用されて最後にはトカゲの尻尾切りをされて終わる小物にしかなれない。

 問題は今の発言の真意ではなく「公爵家が言った言葉」という事を上手く利用する輩が現れる事だろう。

 腐っても鯛。

 幾ら権力を持つに値しない者だろうと公爵家を名乗っている事には違い無いのだから。

 私は陛下に目配せし発言の許可を得るように頭を下げた。

 すると陛下は笑って「好きにして構わない」と言ってくれた。

 老人の発言も様子も無視だけど、それは仕方ない。

 正直聞く価値があるのか? と問うても良いレベルだし。

 

「つまり貴方様はワタクシが物を知らぬ愚か者と思いながらも公式の場に引きずり出した、という事なのですね?」

「貴様が愚かだという事など一目瞭然ではないか! 闇の精霊などの加護が厚い風情の者が自身を強者と驕りよって。傲慢にもあれだけの襲撃者に対して自分が立ち回り守ったなどと妄言を吐く始末」


 ボロボロダメな事溢してるなぁ、この老人。

 激高して自分の言った事の重大さに気づいてないみたいなんですけど。

 体も完全に私に向き直って、まるで恫喝! って有様だし。


「(本当に公爵家の人間なの、このご老人は?)」


 呆れるほかない。

 気分を害する事はないけど脱力しそうだ。

 正直黒幕なのかなぁと疑念が揺らぐのですが。

 更なる黒幕でも存在するのかな?

 それとも偶然が重なり成功しただけ?


 思わず陛下とお父様の方をチラっと見ると二人ともそれはそれは良い笑顔で老人を見ていた。

 あ、お父様、密かに「やってしまえ」と言っていません?

 えぇと、この方やり込めてしまっても良いのでしょうか?

 視線で問うと更に顔を輝かせて頷いておりますね、陛下まで。

 あと、地味に殿下達も良い笑顔だ。

 あー兄殿下様「思う存分やっていいと思うよ」的な笑顔をなさらないでください。

 まぁやり込めるまではいかなくともちょっと突くくらいいいよね?

 だってこの老人、私の「敵」だし。

 GOサインが彼方此方から出た私は高笑いを上げたくなるのを我慢して老人に向き直る。

 陛下達に横顔をみせる形になるけど大丈夫だよね?

 もうそんな些細な事じゃ誰も咎めないだろうけど。


「ワタクシは今回の事を自らの功績などと言った事は一度もありませんが――どうして襲撃者の数を把握なさっておりますの?」

「っ!?」

「此度の事件はまだ調べが済んでいないはずです。なれば隠蔽されぬように詳細は伏せておいてあると予測できます」

「実際詳細は未だ明らかにしていないな」

「陛下有難うございます。――つまり調べている方々以外にあの時の襲撃者を知る人間は限られるはずです。勿論ワタクシは当事者であり被害者ですので、あの場にどれだけの襲撃者が居たのかと把握しております。ですが知らないはずの人間は「あれだけの襲撃者」などという事は決して言えないのではないかと?」 

「…………」


 これだけの追求で言葉に詰まるなんて、なんて呆気ない。

 愚かと見下した者に反撃されたのだから貴族のプライドを傷つけられたと思ってもおかしく無いのに。

 内情は兎も角ラーズシュタインと彼の家が同格である事は事実。

 当主と半人前だと云う障害はあれど、不敬には取られない。

 そも、この場に置いては私は『治外法権』な訳だけど。

 黙ってても手加減なんてしませんよ?


「何故、襲撃者が多数であると言い切る事が出来たのですか?」


 少しくらい反論してくれないかなぁ。

 呆気ないの通り越して、私が弱いモノいじめをしている感じになってません?


「あと此方は言い回しの問題なので、微妙なのですが……」


 私は陛下に背を向ける許可を頂くと完全にご老人と完全に向き合い見上げる。

 ご老人は身長の関係で私を見下ろしているけれど、その目には怒りよりも怯えの方が強く伺えた。

 見た目子供である私を恐れるなんて、それを隠す事も出来ないなんて貴族失格な方だ。

 これならあの元自称婚約者君の方がよっぽど感情を制御していたってのに。

 

「ワタクシ「自身が立ち回った」なんて一言でも言いましたでしょうか?」

「っ!?」


 それでもまぁ、突ける隙は付かないとね?

 私も陛下も一度だって「私が襲撃者相手に立ちまわった」なんて言ってませんが?

 陛下は息子達を助けてくれたから、褒美を取らせるとおっしゃった。

 私も別に自分から私が立ち回りを演じたなんて言っていない。

 殿下達には口止めをしている事だろうし、殿下達は「言うな」と言われれば言わない程度の教育はなされている。

 結局あの襲撃事件に関して言えば調べる事で何が飛び出してくるか分からないだろうから、調査も慎重に出来るだけ少ない人員でされているはずだ。

 情報が漏れる事は考えなくても良いと思う。

 あらら?

 じゃあ老人は何で知っているんだろうね?

 最終的に私が立ち回り引っ掻き回したために髪を切られて、けど多分私は守られお姫様役を割り当てられてもおかしく無かった。

 年と性別以外の面で私が守られているだけは不味いという事で前に出た訳だけど。

 私の特異性によって引き起こされたイレギュラーな事態である事には違い無い。

 普通はそんな状況は考えてもしない。

 貴族令嬢の常識とはかけ離れた言動を取っていた自覚が私にはある。

 同時にこの老人がそういった常識に凝り固まった存在である事もまた分かる事だった。

 

「ワタクシを愚かだと言い切り、力尽くで止めなければならないと思う程無知で感情的であると思っているはずなのに、そんな愚か者が殿下達を「ワタクシが立ち回り護った」のだと疑いもなさらない」


 矛盾とまでいかないけれど、一貫してはいないと思う。

 まるで……――


「愚かなワタクシがそういう振舞いをしたのだという事を「事実として知っている」ような仰り方に感じましたわ」

 ――それは一体どういう事を指し示すのでしょうね?


 自然と口角が上がる。

 私は今相当あくどい顔をしているに違いない。

 この年頃の令嬢が決してしない、してはいけない顔をしているはずだ。

 周囲が何を思おうと関係は無い。

 だってこの場に居て私が反応を恐れるのはお父様ただ独りなのだから。

 お父様なら受け入れてくれるだろう、という変な自信もあるんだけどね。


 完全に黙ってしまった老人に微笑みかける。

 それは救済ではなく弾劾。

 トドメを指す事も念頭に入れているけれど、言葉遊びのようなモノだからそこまでは無理だろう。

 なら……何が老人にとっての一番のダメージとなるか。

 そこに持っていくにはどうすればよいのだろうか?

 

「(家を潰す事が一番ダメージを受けそうではあるんだけど……この老人派閥の集まりの時参加してたんだよなぁ)」


 仮にこの老人の家を潰すだけの証拠が出て来た場合、お父様に影響は出ないだろうか?

 明らかにお父様を見下し老人に従う素振りを見せた幾人もの人達。

 彼等に何かしらの罰が下ったとしても私の心は欠片も痛まない。

 けれど派閥のトップはお父様だ。

 頂に立つ者として監督不行き届きの咎が降りかからないだろうか?


「(後、こんなんでも公爵家ってのがなぁ)」


 公爵家ってそう簡単に潰せるような家格じゃないよね。

 私の望みと老人の家を潰す事を天秤にかけると私の意見を黙殺する可能性はある。

 黙殺されるだけなら兎も角、私に何かしらの不利益が降りかかる可能性もゼロじゃない。

 私の不名誉はお父様も無関係ではいられない。

 私が未だ半人前であるが故に親としての責任を問われる可能性があるのだ。


「(色々考えると此処で徹底的な調査を頼む事は不透明な部分が多すぎて微妙な所な気がする)」


 さて、何処まで素直に言っても良いのだろうか?

 もはや老人なんぞどうでも良いという風に顔を背けて陛下に向き直ると、何処までも面白いと言った風に笑う陛下とそんな陛下に呆れた表情を隠さないお父様が見えた。

 後、無機質ではなくなった王妃はとても物騒な眼で私を見下ろしている。

 少しは隠そうよ! と思わず突っ込んでしまいそうな程度には物騒だ。

 無機質で人形染みていると思っていたけれど、今は燻る憎悪という火種が眸の奥に揺らめいている。

 相変わらずそこに女同士の戦い特有のドロっとしたモノは見えないから、恋愛関連の恨みは抱いていないのではないかと思うけど。

 むしろ憎悪は感じるのに火種が何か分からないから、混乱してしまう。

 

 まぁ今はこれ以上手は出してこないであろう王妃よりも実害が出ている老人の方が優先順位が高いのだけど。

 そう思い再び陛下に意識を戻した私は知らなかった。――興味を失うように視線を逸らした私の対応に王妃は唇を噛み、悔しさと怒りをもって私を睨んでいた事を。

 そんな視線を見ていた人間が居たからこそ後々の騒動の登場人物が一人多くキャスティングされるという事にも。

 この時の私は予測もしていなかったのである。



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