第88話・心穏やかなお茶会を(3)
幾ばくか心が軽くなったとしても目の前に迫る問題が解決するはずもなく、私達は再び目の前の事に意識を戻すのだった。
「多分殿下から誘いが来る方が早いだろうしね」
「やっぱり来ますよね?」
正直社交辞令だったらなぁと思わなくも無いんですが。
王妃様を後ろ盾にした令嬢サマが騒動を起こしている以上、王子様は女性という存在に対してそれなりに警戒心を持っているのではないかと思うんだけどね?
あの短い時間の接点しかない私をそう簡単に近づけるだろうか?
……それだけあの言葉が衝撃的だった可能性もあるんだろうけど。
あんまり考えたくはないモノである。
「多分来るだろうね。理由こそ分からないけど」
「純粋に交流を持ちたい、ならば問題ないと言えば無いんですけどね」
それはそれで断りにくいし、今後を考えれば良いとは言えない、んだけど。
今回だけという区切りの中では最良の理由と言える。
「私を隠れ蓑にしたい。などと言う理由だった場合の方が面倒です」
令嬢サマ他肉食系令嬢達をかわすために、私という地位を欲してる場合は本当に面倒な事になる。
隠れ蓑として公爵令嬢という地位はそれにうってつけなのだ。
私自身は王子様に恋心? 的なモノは持っていないし、今後も抱くか? と言われても「無理なんじゃないかなぁ」と答える。
別に嫌いなタイプだとかそういった訳では無いけど、王子様、それも第二王子様との結婚とはイコールで王妃様という事であり、国政に関わるという事とイコールで結ばれる。
幾ら女性の頂点の存在と言われても……いや、むしろそう言われているからこそ冗談じゃなく重い責務と義務を背負う事になる。
王妃というものは羨望を向けられるとしても過酷であり、やすやすとこなせる地位ではないのだ。
相手をどれだけ愛していたとしても共に乗り越えるには苦労するであろう道と言う事が分かっていて、相手に惚れるか? と言う話である。
いやまぁ恋に落ちるというのは突然、そういった思考の埒外で起こる事ではあるんだけどさ。
だから外見、性格その他が嫌いな場合を除けば可能性はゼロではないとは思う。
性格なんて生理的嫌悪でも抱かない限り、恋に落ちる可能性はゼロじゃない。
物語だから上手くいくともいえるけど、現実的にそういった正反対、反発していた相手と恋愛関係になるという話は聞こえてきたのだ。
全てが夢物語という訳でもないのだろう。
だからまぁ無いとは言えないとは思うんだけどねぇ。
多分私には無理だ。
そういった付属品に意識がいって相手を対象外にしてしまう。
『前』の時家柄……この場合この世界程明確な家格がある訳じゃないから、どっちかと言えば政治一族とか古くから続く金持ちの家とかそういった類になるけど、そんな上流階級の人間がいなかったわけじゃない。
性格は付き合いがあった訳じゃないから知らないけど、少なくとも良いのも悪いのもいたはずだ。
まぁ総じて餓鬼っぽいと言ってしまえばそうだったんだろうけど。
ともかくそう言った人間に対して私は恋心を抱く事は無かった。
憧れすらなかった。
彼等に付属する、取り巻く環境は確実に私の思考を冷やし、恋愛という熱に浮かされる事を拒んだ。
最後の方は彼等の方から好感度を下げまくって来たから、完全に恋愛対象から外れたんだけど、そこに至るまで、そういった本性を知るまでも『わたし』は決して彼等に恋心を抱かなかったのだ。
つまり私の性格は燃えるような恋をするには不適合なのである。
破滅しかない恋に憧れもしないし、したいとも思わない。
むしろそんな恋を私がしたら『親友達』は爆笑した後、物理的に水をぶっかけて頭を冷やさせそうである。
それで冷めそうな私も、そういった恋愛に向いていないという事なのかもしれないけど。
「(恋に恋する乙女を見て鼻で笑うようなタイプだしなぁ、私)」
人はそれを人でなしと言う。
自覚はあるけど『親友達』も同類だったモンだから、それでいいんだと思ってしまっている。
まぁ政略結婚には向いているかもしれないからいいんだけどね。
愛情よりも親愛を。
親愛よりも信頼を。
政略結婚だとその方が上手くいく気がするのは、私の偏見なのかもしれない。
……お父様とお母様の仲睦まじい姿には暖かいモノを感じるけどね。
ただ憧れたりとか羨ましいとかそういったモノとはちょっと違う気がする。
『前』の時は感じた事が無いから、この感情に名前を付ける事はちょっと出来ないんだけど、ね。
私の恋愛観はともかくとして、王子様が私を隠れ蓑に出来るかもしれない、という理由で私と交流を深めようとしているのなら、面倒な事になるとしか思えない。
別にそういった策を練る事事態に問題は無いし、騙された的な事も思わないし、利用されたとも思わない。
私だってそれが有効な手ならば考えるだろうし。
ただ今回に関しては言えば有効的な手とは言えない、と思うのだ。
「殿下にとって私が適し過ぎて周囲が暴走しそうだから嫌なんですが」
「歳的に問題無くて、しかも公爵家の人間としての礼儀作法を身に着けている。僕達にとって最高の妹は他から見れば最高の候補者って事になるんだよね、どうしても」
「同じように公爵家の次期当主としてたゆまぬ努力を惜しまない、才能あふれるお兄様も側近候補として目をつけられていると思いますけどね」
「……どっちもどっちだな」
オレからすればどっちも化け物じみてやがるよ、と悪態つく黒いの。
けどさぁ、アンタだって同類だからね?
自覚あるのかないのか知らないけど。
ゼルネンスキルって選ばれた存在しか習得出来ないスキルだって知っていた?
それこそ英雄とか言われる人が習得していたスキルなんだからさ。
黒いのもそういった意味では充分化け物じみているからね?
一人だけ自分は違います顔してもダメだから。
一緒に規格外人生を歩みましょう?
平穏な今後を望む気持ちはものすごーく分かるけどね。
そんな色々な含みを持たせた笑みに黒いのは当然気づくし、私の含みの内容も大体把握しているのだろう。
ものすっごい嫌そうな顔になった。
こういう時通じるって本当にいいよね、楽で。
「けっ。――そういやオージサマは『ゲームキャラ』なんだろ? どんなキャラだったんだ?」
「どんな?」
それは外見的な意味で? それとも性格的な意味で?
「外見はこの前見たのがそんまま大きくなるだけなんだろ? 性格の話だよ」
「やっぱり性格かぁ……えーと」
そもそも私『ゲーム』のキャラを攻略対象として見てなかったからなぁ。
採取に出かける際、必要なスキルとかステータスで見繕っていたし。
ただまぁ友好度を上げればステータスがアップしたからある程度上げてはいたけど。
あ、ちなみに『例のゲーム』においては『友好度』と『恋愛度』は別物である。
『友好度』の行きつく先は「ノーマルend」とか「友情end」って奴にしかならなかったけど『恋愛度』は上げ方を気を付けないと厄介事を引き寄せる事になっていた……はずだ。
えぇと、うん。
確か二股とかになると問題が起こるんだったかな?
普通の『乙女ゲー』って「逆ハーレムend」とか言ってあって? それだと攻略キャラ全員に愛されて幸せに暮らしました的なエンドになるはずなんだけど。
現実では無理な気がするエンドだけど、二週目とか、ボーナスステージとかであるらしい。
ただ『虹色の翼』にハーレムendがあったかどうかは……どうなんだろう?
ミニゲーム的な要素が豊富だったとはいえ『ゲーム』としては普通だったらしいから、多分あったんだと思うんだけど。
ん? 二股要素とか斬新なのかな?
じゃあ無かったんだろうか?
えーけど確か悪友が『取り合いになるシーンもあったんだけど、その時のイケメンのやり取りがコントにしかみえなくてさ!』とか言っていた気が。
……今更だけど悪友、言っている事酷いな。
流石口説き言葉に爆笑するだけはある。
とまぁ私は基本友好度しか上げなかったんだけど、より正確に言うなら友好度しか上げられなかったんだけど、そういったしょっぱい理由はともかくとしてキャラの性格となると……。
「自らが王位を継ぐ事に対して疑いが全く無い、自信満々の俺様? だった気がするけど」
「兄殿下はいなかったとかかい?」
「えぇと……いえ、確か居た。話の中に出て来ただけだったけど確かに居たと思う」
第二王子が珍しくしょげるシーンがあって、その話の中で第一王子の話も出て来た、気がする。
多分、あれ恋愛ルートと友情ルートの分かれ道の一つだったんじゃないかなぁ。
選択肢によっては第二王子のルートに入る感じで。
ただ第二王子の場合入学式から関わりがあったから、もっと前に恋愛ルートに入っていてもおかしくはないけど。
大体あの手のメイン攻略キャラってチョロイし。
仮にも時期国王の王太子がちょろくていいのか? と思わなくも無いけどね。
「現時点では兄殿下が継ぐ可能性もあるはずなんだけど」
「普通に考えれば、学園に入るまでに継承権を返上したとか、そういった理由だと思うんですけど、正直『ゲーム』の性格なら慢心している可能性も否定できないんですよね」
王妃様の性格が私の想像通りの場合、第二王子にされた教育は相当偏るはずだ。
次期国王として持ち上げるばかりの人間が揃っていても可笑しくはない。
そうなってしまえば慢心し、傲慢になっても可笑しくはない。
充分にあり得るとは思うのだ。
思うんだけど、この前あった王子様がああなるとはちょっと信じられない所ではあるんだよね。
王妃様に対して思う所がある感じも多少したし。
それが家族に向ける呆れたモノだったとしても、そんな人間が選んだ教育係を唯々諾々と受け入れるような性格なんだろうか?
けどこれは私だけの心象だから取り敢えずは口には出さないけど。
そういった事を排除して『ゲーム』の第二王子ならば?
「周囲に持ち上げられて自分中心だと盲目になっている、なら第一王子が居たとしても歯牙にもかけていないかなぁ、と」
「それは……そうなってしまうのは避けたい所だけど」
「お兄様の場合仕えるべき方ですもんね」
よっぽどの事が無い限り時期国王は第二王子でお兄様は地位的には国政に関わる立場になるだろう。
『ゲーム』の俺様だった第二王子に仕えるのは骨が折れそうだ。
……けど『お兄様』も笑顔一つ無い氷の仮面を被ったようなキャラだった気がするんだけど。
俺様な国王と鉄面皮な側近?
なにそれ怖い。
潤滑油な人がいないと凄い殺伐としてそう。
「ダーリエから見て殿下はどうだった?」
それは多分『ゲーム』のような性格になる要素があったのか? って意味ですよね?
確かにそうなるのなら関係性を考えないといけないもんね。
お兄様の懸念は正直仕方ない。
とは言え、一度、それもごく短い時間の接点しかないからなぁ。
ただ私の心象的には『ゲーム』のようになるようにはちょっと見えなかったんだよねぇ。
「はっきり言って『ゲーム』の性格になる片鱗も見えなかったけど」
王族の子として、尚且つ年齢相応のモノはあった気がする。
けれど、それって誰しもあると思うんだよね。
今の年の頃なら大抵はやんちゃで済むし。
それを逸脱するレベルの問題はあの時感じられなかった。
ただ……あの時王子様は全く素じゃなかったって所がなぁ。
最後の最後の時は素だったかもしれないけど、その後会話した訳じゃないし。
「素の性格は全く分からないから」
「周囲の環境も関係してくるだろうし、今の所どうなるかは分からないって事かぁ」
「そうなるね。『ゲーム』のような性格になるかもしれないし、ならないかもしれない」
それを今の私達が知る事は出来ない。
だから人の性格その他で予測を立てて対策を取る事は出来ない。
ってか下手すれば周囲の人が一人違うだけで全く違う道になる可能性があるから、予測は立てるだけ無駄だ。
いや、無駄は言い過ぎかな?
方向性を狭めすぎて予測すると無駄になるけど、様々な可能性の一つとして考えて、色々な策を練る際の参考程度にはなるかも。
「現時点では未知数過ぎるし、そうなる可能性の未来の一つとして考えればいいんじゃないかな?」
「無数にある未来の可能性の一つとして、だね」
「うん。時間の流れとか、人が絡まないで起こる出来事とか、そういったモノは対策を練っていいと思う。けれど人が絡むならそういう可能性もある、程度にしておかないと思わぬ落とし穴にはまる可能性があるから」
元々『ゲーム』の舞台は学園だ。
其処に至るまでは過去話としての描写しか存在しなかった。
だから知る方法は無いけど、それって当たり前の事だし。
普通なら『ゲーム』の事だって過ぎたる知識だ。
だからそれに振り回されるなんて馬鹿みたいだ。
そういった可能性もあるのだ、程度の参考にしておけば良い。
だから今回も王子様はそう成長する可能性もあるのだ程度に考えておけばよいのだ。
「性格云々はともかくとしても、騒動の中心に居る事には変わりないんだけどね」
「性格以外の所で騒動の真ん中に居る事が決定しているって状況も相当だけどな」
「けど仕方ないよ。だって王子様なんだもん」
地位が馬鹿高くて次期国王だから味方も敵も多くて、色々な意味で狙われる。
容姿が良いって言うのも問題だよねぇ。
……他人事ですが何か?
「積極的に関わりたくなないんだけどなぁ」
「結局其処に戻るんだね、ダーリエ」
苦笑するお兄様に私も苦笑を返すしかない。
確かにどうしても結論は其処に戻ってしまう。
積極的に関わり合いになりたい相手じゃないのだ。
『ゲーム』云々を抜かしても王族と関わる事はリスクが高い。
お父様が宰相であるから余計に私達は交流を深めても全く関わらなくても騒動の種となる。
どちらがマシかという状況におかれる可能性すら否定できないのだ。
静観か拒絶か。
それを見極める必要が今後出てくる。
私が公爵家の人間で相手が王族だからこそ、だ。
今回の招待を受けるか受けないかはその第一歩となるのだ。
簡単に決められる事じゃないし自分の好悪一つで決めて良い事でもない。
「色々な情報を精査して、殿下の性格ももうちょっと調べて、その上で行くか行かないかを決めたい所なんだけど」
「問題はそんな暇があるか、だね」
「そーなんだよね。殿下の本気度によると思うし、王妃様や国王様の意志一つで変わる事だろうし」
このまま潰れるならそれはそれで問題ないんだけど、ないだろうなぁ、きっと。
王妃様の反対はあるかもしれないけど王様が強固に反対するとは思えない。
まぁお父様が私の事をどれだけ話しているかにもよるかもしれないけど。
けれど、少なくとも私は宰相であるお父様に連なる者であるという認識があれば反対するよりも会ってみろと言いかねない。
きっと王子様は今の所側近とか、味方を作る事を進めているだろうしねぇ。
積極的に色々な人と交流する機会を潰すとは思えない。
ならばきっと私は最低でももう一度城にいかないといけないだろう。
色々な事を覚悟しておかなければいけない。……断れない事を前提に。
どの問題も簡単には解決してくれなくて嫌になる。
けど問題ってのはそういうモノなのかもしれないね。
なら少しでも自分達に利があるように、少しでも平穏な生活が出来るように。
そのために考えるしかない。
「(これで万事問題無く、全部杞憂だったらなぁ)」
なんて思ってしまったのは私だけの秘密である。
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