第45話輝く導
今日は研究では無く勉強の方だったのかお兄様は本宅のご自身の部屋にいた。
離れにいなかったという事は私がフェルシュルグと対峙していた時周囲には本当に人がいなかったって事だ。
相手に何かをする意志がなくて本当に良かったと思う。
彼のゼルネンスキルが明確に何かは分からないけど、私に危害を加える事も可能であり、実際加えられた事もあると言う事を考えれば、一対一で対峙するにはあまりに危険な相手だと思う。
そんな相手と冷静さを欠いた状態で対峙するなんて自殺行為だ。
ただまぁ今後は相手も私に対して相当の動揺を隠して対峙しなきゃいけないと思うけど。
……どっちが先に冷静に事に及ぶ事が出来るかって言うのが勝利条件の一つになりそうだなぁ。
そこらへんはまぁともかく、私はお兄様とリアにフェルシュルグと対峙した事を説明した。
離れに行く途中出くわしフェルシュルグの方から呼び止めて来た事(途端リアが固まり、その後何処かに行こうとしたのを必死に止める羽目に)
フェルシュルグはやはり魔法かスキルを使用しているという事(お兄様はゼルネンスキルの厄介さに「判明しても嬉しくない事実だね」などと言って苦笑していた)
スキルにより「キースダーリエ」は洗脳される所だったと言う事(流石に二人とも驚いていた。そして『声』の御蔭で今は何ともない事を聞いてほっとしていた)
フェルシュルグのゼルネンスキルは多分『地球』の知識に裏付けされている事(同時にフェルシュルグが『地球』の知識を持つ存在だという事も説明した。有り得ない事態に絶句する二人を見て私も「だよねぇ」とついさっきの自分を見ている気分になった)
フェルシュルグのゼルネンスキルは光精霊が必須だという事(一つ前の事が衝撃的過ぎてお兄様はちょっと呆然としていた。けど話は聞いてくれているはず。頷いてくれてたし)
最後に私はフェルシュルグはタンゲツェッテに対して忠誠を誓ってはおらず、私を嫌うのは私が【闇の愛しい子】だからという説明で締めくくった。
お兄様は最後の方に向かってされた説明の整理がついていないらしくて難しい顔で唸っている。
リアは……うん、完全無表情でちょっと怖い。
私のために怒ってくれるのは分かってるから、ちょっと我慢しようね、リア?
何と言うか私は先程まで自分が暴走しそうな気がしていたけど、今はリアが暴走しないか冷や冷やしてる。
自分のあれやこれやなんて吹っ飛ばしてリアを宥める事に必死です。
リアは暴走しても私達に迷惑をかけないけど、自分の身は簡単に賭けてしまうから。
私はあんな相手のためにリアを失いたくないです。
それを素直に伝えたら取りあえず止まってくれた。
こんな事で止まった事に少しだけ驚いた。
だって本音を素直に伝えただけなんだから。
「……色々言いたい事はあるんだけど。取りあえず、あの付き人に何かされた訳じゃないんだね、ダーリエ?」
「うん。冷静さを欠いていた事は認めるけど動揺具合はあっちの方が上だったし、スキルを使われたのもあの一回だけだしね」
しかもあれ、私にスキルが掛かるかどうかの実験的な意味合いが強かったように見えた。
多分洗脳が出来るかどうか一応確かめてみたんだろう。
もしかしたらタンゲツェッテに掛かりが弱いとでも言われたのかもしれない。
其処まで彼が思考を巡らせていればの話だけど。
「その一回だけでも不敬になるんだけどね。まぁ其処は置いておこうか。――フェルシュルグと言う男はダーリエと『同じ』なんだね?」
「うん。フェルシュルグは多分私とほぼ同じ……『地球』の記憶を持ってこの世界に魂が流れて来た『転生者』だと思うよ」
異世界から身体ごと流れて来た人間と魂だけがこの世界に来た人間がいる事は文献から分かっている。
文献に記されているのが「異世界」であり「地球」では無いのは他の世界から流れて来た存在がいるからなのか、『地球』の名を出さなかった存在が多いからなのか分からない。
けど文献の記述は常に「異世界」だった。
この謎の真相を私が探る事は出来ないけど予測は出来なくもない。
多分身体ごと流れて来た人達も最初の頃しか自分の世界を名で呼ばなかったんだと思う。
少なくとも地球で生きた人間ならば、あからさまに剣を持ち魔法を使う色彩豊かな人を見て何度もこの世界が「地球」かどうか聞く事はしないだろう。
私だったら絶対にしない。
幾度も繰り返して言えば周囲の人の記憶には残るけど、不審も呼ぶ。
様々な娯楽に溢れていた世界を生きているなら一度は触れているはずだ。――『ファンタジーの世界』に。
そして物語の中でそういった世界の人間がとるであろう異端に対する言動の最悪のパターンも知っているはずだ。
だから最初の頃以降は自ら異端の種を振りまく事は無いと予想出来る。
結果として自分の生まれ育った『世界の名』なんて口にしなくなる。
身体ごと流れて来た場合はそんな感じだろうし、魂だけの流れモノは更に口に出さないはず。
だって周囲に拒絶されて、あげく殺される事もあり得るんだから。
『異世界の知識』は諸刃の剣であると自覚しないといけない。
自分の身を助けるけど害するモノでもあるとしっかり自覚して言動に気を付けないといけない。
結果として自分の生きた世界の名前なんてそうそうに出さなくなるんだと思う。
「(私は相当運が良かった。その幸運を忘れちゃいけない)」
自分の持つ知識が諸刃の刃である自覚も、だ。
それを忘れた時、私は過ちを犯してしまうかもしれない。
それはイコールで私の大事な人達が悲しむって事だから。
私は絶対にこの二つを忘れずに自らに刻み続けると決めている。
私と同じく諸刃の刃を身の内に抱いているフェルシュルグ。
フェルシュルグがどういう経緯で『転生』してどういう生き方をしていたかなんて分からない、けどまぁどうでも良い事と言えばどうでも良い事なんだけどね。
「敵対している以上、だから何だ? って感じだし。フェルシュルグが更に厄介な存在であるという事が分かったって事なんだけどね」
「……ダーリエ。もしかしてお前はフェルシュルグが嫌いなのかい?」
お兄様の鋭い指摘に私は一瞬言葉に詰まってしまった。
これじゃあ「そうだ」って言ってるようなもんじゃないか。
お兄様が苦笑しているしバレたかな……まぁいっか。
それにしてもどうして分かったんだろうか?
出来るだけ私情を挟まず説明したつもりだったんだけど。
「多分、此処に僕達以外の人が居たら分からなかったと思う。けど表情とか言葉の端々に嫌悪感っぽいものがにじみ出ていたから、かな?」
「それは……仕方ないかなぁ。お兄様とリアしかいない空間で気を抜くなっていうのは難しいし」
「ある意味ダーリエは分かりやすいよな」
「かも」
此処はお兄様の部屋で此処にはお兄様とリアしかいない。
そんな状況で気を抜くなって方が無理だし。
気を付けるべきは気を抜けない相手と対峙している時だもんね。
一応そう自分を納得させる。
じゃないと少しだけ凹みそう。
苦笑している私やお兄様とは違いリアだけは私がフェルシュルグを嫌っている事が少しだけ納得出来ないみたいだった。
「お嬢様は理解者を欲していると思っておりましたが」
この面子の時や私と二人だけの時リアは許可を取らずに言葉を発する。
他ならない私とお兄様がそれを許しているから。
リアは場面で対応を切り替える事が出来るから私達も何の心配もなく許可する事が出来る。
流石のリアもお父様とお母様の前ではしないんだけどね……二人とも気にしないし許可すると思うけど。
リアの言葉を私は否定できなかった。
だって間違っていなっていなかったから。
「……否定はしないよ」
出来ない、の方が近いかな。
私の中にある孤独感と飢餓感はこの世界において真の意味で同類がいない事に起因する。
リアもお兄様も私を受け入れてくれた。
多分お父様やお母様も私を受け入れてくれる。
というよりもお父様に関しては私の事をどこまで分かっているのかって感じだし。
だから理解してくれている人が多くいる私の今の立場が大分恵まれている事は分かっている。
けど、心の奥底には何時も飢餓感が巣食っている。
仕方ないと諦める心と埋める可能性はゼロではないという渇望が混在した重苦しいモノ。
私はこの世界でただ独りなのだという絶対的事実から齎される絶望感に似た飢餓感。
埋めるために必要なのは唯一「同類」を得る事。
砂漠から一粒の砂金を見つけるぐらいの確率しか無い奇跡。
私はずっと飢餓感を胸に抱いている。
それを埋める事の出来る理解者を欲していた心を否定出来る訳がなかった。
「ただちょっと意味合いが違うかな? 私にとってリアやお兄様は紛れもない理解者だから。だから私がこれ以上を望むのは欲張りなんだよね」
恵まれている環境に居ながら、それでも求めてしまう……それは欲張りと言える。
私のこれは過分な願いなのだ。
それでも私は望む事を完全に途絶えさせる事は出来ない。
一度、気づいてしまった飢餓感や絶望感は決して埋める事も癒える事も無い。
「私はリアやお兄様を愛しています。此処に生まれた事に心から安堵しているし、キースダーリエである事を誇りにすら思っています。だから私は心の奥底に複雑な感情を抱えていても普通に笑って怒って……生きている事が出来てるの」
時折苛む飢餓感を飼いならして絶望感をねじ伏せて、束の間の自由を謳歌する事が出来ている。
短い自由である事を知っていても今はただ好きな事をして、大切な人達と笑いあいたい。
そう思えたからこそ私は同類を欲しながらも、絶望に呑まれなかった。
「フェルシュルグが私にとって、多分最初で最後に出逢う『同類』だと思う。それも確かな事実だと分かってる」
諸刃の刃を携えて飢餓感と絶望感を胸に抱きこの世界に存在している唯一の同類。
私は砂漠から一粒の砂金を見つける事に成功したらしい。
フェルシュルグから見ても私はそういった存在だと言う事はあの時の対峙で分かった。
けど何の因果か私とフェルシュルグは敵対する立場だった。
私達は互いに自ら選択し此処にいる。
私は家族や親友を害する、私自身の命すら奪おうとしているフェルシュルグという男を許す事は出来ない。
彼は憎悪し嫌悪する【闇の愛し子】である、貴族という恵まれた環境にいる私という存在を許容出来ない。
私達が分かりあう事はない。
それで良いし、それが良い。
敵対していると分かった時、私はそう割り切った。
だから私の中に眠る飢餓感や絶望感は彼を求める事無く、大人しい。
それはきっと私が彼を完全に割り切れているという事の証左なんだと思う。
例え一生この重苦しいモノを抱えて生きる事になろうとも私は後悔しないと言い切れる。
「例え砂漠の中から見つける事が出来た一粒の砂金だったとしても、それが家族や親友を害するというなら必要ない。それだけの事」
言い切る私の中に未練とかが無い事を感じ取ったのかお兄様は苦笑しているしリアは膝を追って私に対して跪く。
……リア、跪かなくて良いから。
とりあえず立って下さい。
そんな大仰な事じゃないから。
立たせたリアは一点の曇りも見られなかった。
さっき私が理解者を求めていると、言った時の顔は哀しげだったから憂いが晴れて良かった。
私は家族やリアの事になるとこんな簡単に慌てるし、憂いがあれば払いたと思うし、笑っていて欲しいと思う。
心からの理解者なんて私には必要ない。
リアやお兄様のように私を受けれてくれる人が居れば良いのだ。
私は心の中に眠る飢餓感や絶望感という名のケモノに微笑みかける。
何時か完全に飼いならしてあげる、と。
だって私の中から生まれたモノなのだから私の意志で変える事だって可能なはずよね?
何時までも暴れようとしていては困る。
今後何かがあった時に揺らぐような躾じゃダメ。
完璧に飼いならしてあげる。
その時だってきっと私は私の理解者達と心からの笑みを浮かべているだろうから。
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