第39話先は見えずとも平らな道は無し




「――貴族が屋敷に張っている結界は基本的に二つのパターンで構築されている事が多い」


 場所を移して今私達は離れにいる。

 外で話す事ないと思うから特に問題は無い。

 席に着いた私を確認してシュティン先生が話し始めた。


「簡単に言うと魔法のみで構成される結界と魔道具を起動させて構成される結界だ」


 シュティン先生が空間から取り出したのは小さなキューブのような物体だった。

 多分これが結界を発動させる魔道具なんだと思う。

 物珍しげに見ていると小さな咳払いが聞こえて来たので慌てて佇まいを直す。

 ……後でもうちょっとちゃんと見せてもらおう。


「単一の、魔法攻撃だけ防ぐ魔道具はもう作った事があるな?」

「お兄様に贈ったモノがそれにあたるかと。あれは【守護】を付加錬成したモノでしたから」

「初級の【守護】では精々短期間攻撃を防ぐ効果しかない。が、助けを呼ぶにしろ反撃するにしろ、その一瞬で事は足りる。……お前が創ったモノも基本効果は貴族が使う結界と同じだ。規模や威力が違うがな」

「では、この魔道具は一定期間結界を持続して張る事が出来るモノという事ですか?」

「この魔道具は【結界陣】と言われるモノで効果は魔力を注ぐ事で半永続的に結界を維持する事だ。創造錬金術にて創り出した物に後付けで付加錬成を施したモノになる」


 投げ渡されたそれを慌てて受け取る。

 自分の物とは言え乱暴ですよ、シュティン先生。


 私は心の中で言いつつ【結界陣】を観察する。

 【精霊眼】で視なくても分かる。

 複雑に絡み合い、凝縮されたような濃密な魔力が注ぎ込まれている。

 これ一個でどれだけの魔力が注がれているか。

 考えるだけで少しだけ眩暈を感じた。


「(属性は【無】かな? 特定の強さを感じない。……ううん。もしかしてコレが【虹属性】だったりするのかな?)」


 全ての属性が均等の濃度で交じり合った【虹属性】

 属性水としては【無属性】とは違って、全ての【属性】の力を引き出す。

 初級レベルの錬金術では決して作り出せない属性水である。

 【精霊眼】で視ない限り【無属性】か【虹属性】かは分からないけど、どちらにしろかなり強い魔力を帯びている事だけは分かった。


「これには「物理攻撃・魔法攻撃を防ぐ」「邪気を纏うモノを弾く」「登録された特定の魔力以外の魔法による偽りを許さない」という効果が付加錬成されている」

「『チート』ですよね、それ!」

「ちーと?」

「あ、いえ。何でもありませんわ。――随分性能がよろしいんですわね」


 危ない、思わず『地球』での言葉が出ちゃた。


 うんまぁ『チート』に関しては今更なんだけどさ。

 私の中ではお父様もお母様も、多分お兄様も『チート』だと思っています。

 私は、ほら? ある意味でズルしているしね? だから除外。

 先生方も大概だと思ってるけど……あれ? 実はこれが普通なのかな?

 あー、こういう時他を知らないってのは結構困るなぁ。

 私が知っているのは家族や先生方とあの派閥の下の下の人達だけだから。

 どっちが基準なのか実の所よくわからない。


 その内外に出かけたいって強請ろう。

 別に採取したいからじゃなくて、町に出て観察したい。

 自分の意識の乖離をどうにかしたい……パーティーに頻繁でないといけなくなるまでに、最悪、学園に入る前までには。


「この屋敷を守っている魔道具も同じだが?」

「お父様流石ですわ!」

「……其処は流石に分かるか」


 当たり前です。

 お父様が自分の家を守るために力を振るわない訳がないし。

 むしろお母様が魔法で結界を張らない事の方が意外だった。

 どっちがやるのとかでもめたりしてそう。


「正確に言えば、この屋敷は魔道具と魔法の何方も使っているがな」

「まさかの二重ですの!?」


 揉めてませんでした。

 仲良く今強固な結界を作っていました。


「(あれ? もしかして我が家って守り的には最強なんですか? 『セコム』真っ青な警備なんですか?)」


 高位の錬金術師と魔術師のお二人によって築かれた結界。

 うん、言葉面だけで最強っぽいんですが。


「物理攻撃と魔法攻撃に関してはラーヤが全力で結界を張り、他の付加錬成の部分をオーヴェが請け負っている。ラーヤの結界を破るには上級魔法を絶え間なく。しかも長時間撃ち込まなければならないだろうし、オーヴェの結界は魔道具を壊さなければならない」

「それは……【結界陣】は多分そう簡単に見つからない場所にあるのでしょうね」

「だろうな。オーヴェがそれを抜かるとは思えん」


 お父様とお母さまの伝説の勢いが止まりません。

 一体本当に何者なんでしょうか、私の両親は。

 ……それは分かりませんが。

 分かる事が一つ。

 それは……――


「――……我が家の結界は堅牢なようで安心いたしましたわ!」

「あー。此処でそう言えるキース嬢ちゃんはやっぱりあの二人の子供だな、うん」


 ちょっと疲れた様子の声音のトーネ先生に私は内心苦笑する。

 けど、トーネ先生?

 諦めて素直に驚き喜んだ方が精神的に良いとは思いませんか?

 まぁスゴイなぁとは思っているのは事実ですけどね。


「本来なら結界は何方かだ。……いや【結界陣】による結界が殆どだな。魔法による結界は魔石に定期的に魔力を注ぐ必要があるために、一時的にはともかく永続的にはあまり好まれない。通常は【結界陣】を使用し付加錬成を魔道具が耐えられる程度に施し発動させている」

「付加錬金術のキャパシティの問題ですわね」


 【付加錬金術】では【付加錬成】を行い様々なモノに効果を付加する事が出来る。

 だが地になるモノにはそれぞれ付加錬成出来る容量が存在している。

 魔石に注げる魔力が決まっているようなモンだと思ってもらえばよい。

 キャパを超える付加錬成をしようとすれば上書きになるか、全ての整合性が取れず廃棄物化するか。

 どちらにしろ失敗となる。


 『ゲーム』では全ての創造物だけじゃなくて自然に発生するモノのステータスを見ても上限値が記入されていた。

 確か付加の錬成の上限値を上げる材料とかもあった……気がする。

 ……うん、あった。


 流石ファンタジーの世界というか自然界に発生しるあらゆるモノの中で地球では有り得ない効果を発揮するモノとかが存在していた。

 睡眠薬みたいな効果の草、とかね?

 その中にそう言った上限値を取っ払う効果を持つ植物だが鉱物が存在していた。

 ただ入手は相当難しかった気がする。

 私はそこらへんは上限を越える付加錬成をする気が無くて、あまり気にしていなかったからちょっとうろ覚えなんだけどね。


 実際、ステータスを見れば上限は分かるし越えればゲームと同じような結果になるだろうと思う。

 

 今回に関しては言えば、本来なら「何者にも侵入されないように物理攻撃と魔法攻撃を防ぐ結界の強度を上げる」ための効果と「邪気纏うモノを弾く」ための付加と「登録された特定の魔力以外の魔力で構築された隠蔽等の魔法を認めない」ための効果を付加錬成しなければいけない。

 普通の魔道具にこれらすべてを最大値まで上げて付加錬成する事は不可能だ。

 もしかしたら例の材料を使えば可能かもしれないけど、基本的には無理。

 だからどれかは最大値の付加錬成を施す事が出来ない。

 

 此処で何を削るかは家によると思う。

 最上級の攻撃魔法なんて撃ち込まれる事は無いと考えて結界の強度を下げるか。

 邪気纏うモノを弾く性能を下げるか。

 いっその事隠蔽等の魔法を見破る必要は無いと判断するかもしれない。

 ただ幾らそう考えても、全てを最大値で付加錬成出来るならば、そうしたいに決まっている。


 それらの悩ましい問題をお父様とお母様は力業ともいえる方法で解決したって事になる。

 常に魔力を注ぐ、ある意味で燃費の悪い魔法による結界を高位の魔術師であるお母様が担当し、お父様が造り出した「邪気纏うモノを弾く」性質と「隠蔽等を許さない」性質を最高まで上げて、残り出来るだけ「物理・魔法攻撃を防ぐ」に振り分けて付加錬成した【結界陣】という名称の魔道具を作動させる。

 そうする事で全てにおいて最大値まで上げられた結界を生み出している。

 

 力技もいい処だよね?

 それを苦にしていない両親、特にお母様が特別だと思うけど。

 

 あ、ちなみに【結界陣】を二つ錬成しておけばいいと思うでしょ?

 けどそれは無理。

 【結界陣】は単独でしか効果を発揮しない。

 二つを近くに置くと干渉して無効化になってしまう。

 ここら辺は研究されているけど、これと言った原因も解決法も見つけられていない。

 多分、これらを解明した人は後世に名前が残ると思う。

 それくらい難しい研究の一つらしい。


「(それにしても、お父様の腕をもってしても全ての最大値を引き出す【結界陣】は錬成できないのか。まぁ考えてみれば一つ一つの効果のどれもがキャパ食いそうだもんなぁ)」


 修練すれば少しでもキャパを少なく付加錬成出来るかもしれないけど、それだって焼け石に水としか言えない。

 便利な効果というのはそれ相応に枷があるものなのである。


「ラーズシュタインに関して言えばラーヤという高位の魔術師とオーヴェという高位の錬金術師がいる事で成立している。普通の家には無理だ」

「そうだと思いますわ」


 正直、これだけの事をする事が出来るのは我が家以外では他の公爵家か、それこそ王家くらいな気がする。

 きっと王城にも【結界陣】は設置されているだろうし、もしかしたら我が家と同じく魔術師が結界を張るって形をとっているかもしれないなぁ。

 ……そういえば学園みたいに王立の施設ってどうなんだろう?

 一応貴族が殆どだし、そこらへんのセキュリティにはうるさそうだけど。 

 

 学園に通う時になったら調べればいっか。

 

「堅牢である事は喜ばしいですが、お兄様が引き継ぐ際は大変ですわね」

「その場合魔法の部分を息子が、魔道具の管理をお前がやれば良いのではないか?」

「――それが出来るならばいいのですけれど」


 嫁に行った先が許すかどうかって話なんだよね、実際。

 嫁げば、実家よりも嫁いだ家の一員として振る舞う事が求められる。

 だと言うのに実家の魔道具のメンテナンスに行ってきます! って言えるだろうか。

 言えたとしても快く送り出してくれるのだろうか?

 

「(そう言った物言いが通るくらい私の錬金術師としての腕前があれば可能かもしれないけど。結局「要・努力」って事になっちゃうんだろうなぁ)」


 そもそもお父様達ラーズシュタイン家に悪い噂がたち、迷惑をかけないのであれば、錬金術師として独り立ちして生きていくんだけど。

 女性が職を持ち生きる事はこの世界では難しい。

 あからさまに罵られ排除される事は無いかもしれないけど、蔭口は当然出るだろうし、それらが最終的にはお兄様の足を引っ張る事に成るかもしれない。

 それが嫌なら錬金術をすっぱり諦めて嫁ぎ、他の貴族女性のように生きればよい。

 ……私がそんな生き方出来るとは思えないけど。


「(ならば錬金術師としての私の腕が惜しいと思われれば、もしかしたら……)」


 はっきり言ってかなり難しい道だと思うけど、ね。


「(……今はまだ「IF」を考えなくてもいいんじゃないかな?)」


 もう少しだけだとしても……自由にしたい事をやりたいと思う。

 

 今はただ錬金術を楽しいと学び、魔法を未知への好奇心によって修練を積む。

 私の中にある好奇心を満たすだけの自由な日々。

 何時か……きたる日が来るまで。


「――目標は高く、ですわね」

「嬢ちゃん?」


 不思議そうなトーネ先生と考えが読めないシュティン先生に私は苦笑に近い笑みを返す。

 今、悩んでも仕方ない事。

 けれど何時かぶつかる問題。

 悩ましい事には変わりないけど、どうしようもないから。

 

 今は目の前の問題に集中しよう。

 思考が分散してどうにかなるような安い厄介事じゃないんだから。


「――講義、続けて下さいますか?」





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