第38話切欠、あるいは綻び(2)




 嵐の去った後のように静まり返った庭で私は盛大にため息をついてしまう。

 本当に、私とは別方向に貴族らしくない男だ。

 あれで貴族至上主義だと言うのだから、何処までラーズシュタインを馬鹿にしているのだか。

 お父様に対してだけ礼をとれば良いとでも思っているのだろうか。

 そんな取り繕った態度にお父様が騙される訳もないのに愚かな事。

 ……足元を掬われた時には派閥である事を盾に救済を強要するだろうに。

 今までの事を水に流して、貴方の派閥なのだから助けてくれますよね? と恥とも思わず言うのだろう。

 

「(あぁ。どうして私はあの愚かな男に手を出す事が許されないんだろうか。家族を馬鹿にされ、親友を見下され……私の大切なモノを悉く汚す愚かな男)」


 そんな男とそっくりであり、お父様を錬金術師と蔑み、お母様に対して好色で下劣な視線を隠さない、お兄様を傀儡と目論む最低の当主であるあの男の父親。

 塵一つ燃やし尽くす事が出来ればどれだけ清々しいか。

 

「(いえ。私が得意なのは【火】よりも【水】や【風】)」


 ならば絶対零度まで凍らせ粉々に打ち砕いてしまおうか?

 格下と思っている相手から有無を言わさず凍らされたら、それはそれは良い表情をしてくれるよね?


 ……そう、この花のように一瞬で凍らせてしまえば良い。

 あの男達はこの花のように綺麗には残ってくれないだろうし綺麗に散ってはくれないだろうけど。

 それでも私の気は済む。

 悲鳴、いえ呻き声一つ出せないように凍らせてしまいましょうか。

 あぁ、けどそれでは謝罪が聞けないわ。

 死の間際なのだから一度くらい心からの謝罪を聞きたいわ。

 

 あのおとこたちはわたしのだいじなものをさげすんだのだから……。


「キースダーリエ!!」

「――しゅてぃんせんせい?」


 とても強い力の言葉に私は引っぱたかれたような衝撃を感じた。

 もしかしたら魔力破でも受けたのかもしれない。


 思考がブレる。

 今までの思考は一瞬霧散してしまう。

 けど、その御蔭か眸に目の前の光景が飛び込んできた。


「こ、こは――」


 ここはラーズシュタインの庭で、私は先生方に指導を受けていて……。

 思考が戻ってくると手が冷たいと思った。

 手元を見ると氷のオブジェのような花束が視界に飛び込んでくる。


「(冷たいよね。凍ってる物を持っているんだから)」


 けど自業自得か。

 これ、凍らせたのは私だしね。

 我ながら恐ろしい事をやらかしたもんだ。

 自分に呆れつつ私は凍った花を【精霊眼】で視た。

 魔力の流れを重点的に視ると私の魔力が隅々まで流れ込み青色に輝いている。

 このままだと魔力が完全に冷気に……氷に? 変換されて花は完全に枯れてしまうだろう。

 

「(一度手を離れた魔力は操作できるんだろうか?)」


 私は手に魔力を込めると【水】の魔力に変換してゆっくりと流し込み、花の中を流れている魔力に溶け込ましていく。

 その際糸を切らないようにイメージする。

 これで私の中と繋がりは切れない。

 完全に溶け込んだ事を確認した後、ゆっくりと花びらの先から魔力を抜いていく。

 ゆっくりと壊れないように、途切れないように。

 

「(もう少し)」


 最後に茎の部分から私の右手に【水】を宿した魔力を集めると魔力の籠ってない魔石を取り出す。

 それを左手に握り、そこに右手に留まらせていた魔力を【注入】する。

 魔石が鮮やかな【青色】に染まったのを見て今度は花束を見た。

 すると花束は貰った時のように匂い鮮やかなに咲き誇っていた。


「成功した」

「とんでもねぇ事するなキース嬢ちゃん」

「あっ。トーネ先生?」

「……今、俺等の存在忘れてたろ?」

「え? えぇと……申し訳ございません」


 完全に忘れてました。

 いやぁ、この何かに集中すると周囲が疎かになる癖、本気でどうにかしないとダメかも。

 色々気を抜きすぎな気がする。

 

「周囲の注意が疎かになる事も問題だが、それ以上に、そのある特定の状況で暴走しやすくなる方をどうにかしろ。その内誰も止められなくなるぞ。……まぁお前の場合幾ら暴走しようとも大事なモノには傷一つ付けなさそうだがな」

「幾ら暴走しようとも大事な人達を傷つけるなんてありえませんわ!」

「暴走するな、と言っているんだ」


 それは、これから要修行という事で。

 大事なモノを蔑ろにされたら全力で攻撃すべきっていうコマンドが私の中にある限り無理な気がするけど。


「キース嬢ちゃん、笑顔のまま花束を氷漬けにしたからなぁ」

「心の中で何を考えていた事か」


 心の中で?


「……どうやってあの親子に恐怖を植え付けつつ抹殺するか?」


 言った途端、パコンという間抜けな音と共に頭に衝撃が。

 すみません……――


「――……痛いですわ!」

「笑顔で何を考えている、馬鹿者」

「笑顔は貴族の嗜みですわ。幾ら交流を持ちたくはない相手でも笑顔で友好的な関係を築きつつ裏では相手の抹殺方法を百は考えませんとっ!? ――だから痛いですわ、シュティン先生」

「貴族は其処まで殺伐とはしていない。……一応な」

「其処は言い切ろうぜ、パル!」

「パルと呼ぶな」


 ……カオスですよシュティン先生。

 私は二度叩かれた頭を撫ぜると抗議の視線を先生に向ける。

 その倍の叱咤の視線を向けられて目を逸らすはめになったけど。


「にしても凍った花束をどうやって元に戻したんだ?」


 どうやって?

 あーえぇと【精霊眼】の事を省いて話すとなると……魔力を操作して抜き出した?

 おぉう、簡潔過ぎる気がするんだけど、それしか説明しようがないです。

 仕方ないのでそのように説明するとトーネ先生は不思議そうに首を傾げてシュティン先生は思い切りため息をついてしまった。

 他にどう説明しろと?


「他に説明しようがないのですが。――どうやらワタクシは【水魔法】を使ったのではなく魔力を【水属性】に染め上げた上で氷に変換させてたんだと思いますわ。ですから全てが氷になる前に魔力を操作して取り出す事で元の状態に戻す事がかなった、んだと思います」

「……それ、相当繊細な魔力操作が必要になるんじゃ?」

「そうですの?」


 あぁ、けど視えない人にとってはそうかも。

 闇の中で糸を手繰っているようなモノになるもんね。

 そりゃ相当繊細な操作が必要だわ。

 私もその状態じゃ多分無理だし。

 私の場合【精霊眼】で魔力を視るっていう反則技を使ったようなモノだし。

 まぁ【精霊眼】で魔力を視るって相当難しいけど。

 【精霊眼】で魔力を見る感覚は何となく分かったから、今後はイメージ強化して練習すればいいかな? とも思ってる。

 魔力操作に関しては錬金術を扱う上である程度の技量が必要だから訓練はしているけど、もしかして最終目標はそこらへんに置くべきなのかも。

 ……相当高い目標になるけど。


「スゴイなキース嬢ちゃん。俺は其処までは無理だ」

「そもそも魔力を【魔法】という方法を介さず変換させるという発想が可笑しい。一歩間違えると暴走しかねない。思考が暴走していたが故の暴挙と言えるな」


 あー、ごめんなさい。

 確かに魔力を循環させるだけなら良い。

 その魔力に【属性】を色づけるのもまぁ問題無い。

 けどそれを意図的に変換させるのは暴挙と言える。

 私はあの親子をどうやれば苦しめる事が出来るかを重点的に考えていたから、ある意味での無詠唱で不意打ちを仕掛ける事の出来る、魔力の直接変換に思い当たった。

 魔力を事前に流し込む事さえ出来れば、後は帯びた属性が一番変化しやすいモノへと変換させれば良い。

 一瞬で変えれば一瞬で、徐々に変えれば意図した部分から変える事が出来る。

 確実に相手をどうこうする事が出来るだろうと思ったんだけど。


「(よくよく考えてみれば、これ、暗殺者の思考な気がする)」


 ヤバイ抹殺方法を考えていたら暗殺方法にシフトチェンジして恐ろしい方法を思いついちゃった……あは?

 うわぁ笑えない。

 幸いなのは、魔力の操作は結構難しい上、体に魔力を流されれば大抵の人は気づくって事だ。

 気づいた時点で何かしらの対策をとれば、早々暗殺は成功しない。

 体の中に入り込んだ魔力はその時点で多分支配権は体に取り込んだ人間の元にある。

 そうじゃなくても繋がりを断ち切る事くらいは出来るはず。

 まぁその前に魔力の操作をミスって暴走したら自滅コースだし。

 人体に仕掛けるには結構リスクが高い。

 大半は私が今やったように無機物に対する手品感覚程度の事しか出来ないはず。


「(でも『フリーズドライ』は出来るかもなぁ)」


 需要があるかどうかはともかく。


「……別の方法を考えなければいけませんわね」

「そこは諦めろ。今、消しても厄介事の割合の方が大きい。たいしたメリットは得られんぞ」

「其処は人道的な観点を説くべきではありませんの、シュティン先生?」


 私の様に人道的なモノ以外の理由を提示するシュティン先生。

 事情を知っているとは思ったけど、お父様と先生方の繋がりもイマイチ謎だなぁと思う。

 それはともかく、先生の物言いに思わず苦笑して言い返すと鼻で笑われてしまった。


「人並みの事は知っている人間にこれ以上道徳を説いてなんになる? 道徳を説かれれば止めるとでも?」

「ありえませんわね。ワタクシの大事なモノに手を出したのですから。それ相応の対応をされても“仕方ありませんもの”」


 それが私という人間なのだから。

 知らなかったではすまない。

 だって私は何度も「わたくしは家族がだいすきですの!」「家族に何かあったらとてもとりみだしますわ!」と言っているんだから。

 大事なモノを害されれば癇癪を起しても可笑しくは無いでしょう? 

 私は「我が儘お嬢様」なんだから。


 自分の優位を盲目に信じている輩に対して遠慮をする理由は私には無い。


「ともかく魔力の直接変換はやるな。暴走して自滅したいなら話は別だが」

「ワタクシも無理を通す理由はありませんから致しませんわ。……少し研究してみたい気もしますが錬金術の領域ではありませんから一先ずは置いておくしかありませんわね」

「そこで忘れるとか辞めるって言わねぇ所が錬金術師っぽいよなぁキース嬢ちゃんは」


 私はむしろトーネ先生の中での錬金術師のイメージが気になる所です。

 まぁ錬金術師のシュティン先生とお父様から受けたイメージなんだろうけど……それ、ちょっと聞いてみたいような聞きたくないような?

 大変混沌とした答えがかえってきそうです。


 それにしても【精霊眼】を発動させていて良かった。

 御蔭で膠着状態のウンザリした日常にお別れを言えるかもしれない。

 まだ小さな小さな一歩でしかないだろうし、知った事実をどう持っていくかは私次第。

 そもそも自称君では無く、けれど自称君以上に警戒すべき傍付きの彼の綻びを見つけただけだから。

 総本山を崩すには不足しているかもしれない。

 

 だからと言ってこの機会を逃す?

 そんな事出来る訳がない。

 彼が一番の不確定要素である事実は変えようがないんだから。


「(私はこの事実を足掛かりにして見せる)」


 そのためにはまず知識が不足している。

 自ら調べている暇がない程早急に、けど確実な知識は欲しい。

 ならどうすればよい?

 知っている人間が教えてもらえばよい……幸いにも私には今、それをしても問題の無い相手がいるのだから。


「シュティン先生」

「……何だ?」


 先程まで私を叱りつけるような視線を見せていた先生の表情が変わる。

 それはきっと私が今までのおふざけという態度を改めたから。

 それが分かる程度の関係は出来ている。

 だから私も単刀直入に先生に質問する。

 ……これから私がなさねばならない事を探るために。


「――結界が張ってある場所にて【姿変え】をする方法はこの世界には存在しているんですか?」


 そして貴色を纏っている訳でもないのに精霊を惹きつける人間がいるか、も聞かないとね。

 

 これが決定的な一打に繋がる一歩となりますように。





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