第27話敬愛すべき「夜」の御方(2)
あたしを助けたのがキースダーリエお嬢様とその御家族の方々だった。
こうしてあたしはキースダーリエお嬢様に助けられた。
より正確に言うならあたしを助けたいというお嬢様の訴えを家族である公爵家当主が受け入れたって事だった。
あたしの意識が浮上して最初に見たのは夜の眸と月の様な銀色の髪を持つ女の子だった。
感性が育っていないであろうあたしでさえ素直に「綺麗」と思う顔立ちの整った子供だった。
着ている物は貴族様よりも上物だったし、それを普段着のように来ている様子から少なくとも上級貴族の子供なのだな、と見当はついた。
けれどそんな着ているものなどの綺麗さよりも本人の綺麗さに目を奪われた。
光に透けて輝く銀糸のような髪も美しかったし、何より夜が閉じ込められたような眸と生きている人だからこそ感じる命の拍動が感じられる光が酷く人間らしく、そして美しかった。
【土】は生命を支える大地の神の力を借り受けているがためにあたしのような【土属性】の加護を持つ人間は人の生命力を美しいと感じる人が多い。
ただこの時のあたしはそんな事知らなかったから、ただお嬢様の光に魅入られていたのだけど。
お嬢様はあたしが目を覚ました事をとても喜んでいた。
自己紹介を忘れる程の喜びようは後でメイドが来るまで続き、奥方様に窘められていた。
その後の自己紹介は完璧だったから礼儀作法は問題ないようだった。
完璧な作法を忘れてしまう程喜ばれるとは思わなかった……この時点では赤の他人どころか厄介事しかなかったというのに。
平民かどうかも分からない人間に屈託なく話しかけて自らの意志で名を名乗ったお嬢様もそれを窘めない家の人間もあたしにとっては馴染みのないものだった。
貴族様も奥様も使用人に対しては主従の関係を崩す行為は決して許さなかったし、嫡子もそれにならい横柄な態度をとっていた。
あたしなんて人間扱いされていなかったから余計だった。
それが当たり前だったあたしにとって人扱いされる事は何だか居心地が悪かった。
特にあの夜の眸がくるくると表情を変える様が、生命力溢れる姿を見るたびに胸に暖かいモノが注がれていく感覚は初めてと言えるモノだったから特によく分からなかった。
あたしを心から心配して、あたしの傷が癒えていく姿を見て笑う姿が微笑ましくて、これが誰からも愛されている子供という存在なんだろうと思っていた。
あたしは別に自分の境遇を嘆いていた訳じゃないし、情緒などが育っていなかった事もあってお嬢様を羨む事なんて無かった。
ただあたしを迎えに来た夜がその輝きを失わなければよいなとは思っていた。
悪意を注がれてしまえば翳ってしまうかもしれない。
そうならないようにお嬢様の悪意を引き受ける事は出来ないかなと、漠然とだけど考えるぐらいこの時にはお嬢様に惹かれていた。
けどそれが決定的になったのはお嬢様が悪意を注がれてなお輝き続ける強い人だと分かった時だった。
お嬢様はラーズシュタインのご令嬢である。
兄がいるとはいえ貴色を纏うお嬢様に才がない訳ない。
それでもお嬢様に悪意を向ける人間は存在した。
訓練の賜物かあたしの五感は人よりも秀でている。
だから聞こえたのだ……お嬢様に悪意を注ぐ人間の言葉を。
まだ幼いから分からないと思っているのかお嬢様に直接悪意を垂れ流す輩は言うだけ言って満足したのかお嬢様を解放して何処かに行ったらしい。
その後直ぐに小さな足音が近づいてきてあたしの借りている部屋にお嬢様が飛び込んできた。
あたしは少しだけ焦って、少しだけ落胆していた。
もうあの輝きは曇ってしまったのかと、惜しいな、と。
けれどそんなあたしの侮りをお嬢様は吹き飛ばしてしまった。
お嬢様は哀し気な表情をしていたけど、決してその眸に陰りは見えなかったのだ。
お嬢様はあたしが聞こえていたと知らない、だから一瞬で悲しみを隠してあたしの寝ているベッドに近づいてきた。
眸の奥底に憂いが見えるのに、命の輝きは陰る事無くお嬢様の中に在る。
その時ようやくあたしは気づいたのだ……お嬢様は悪意を注がれようとも輝く事の出来る強く美しい人なのだと。
そして何も知らないあたしを気づかい自らの憂いを押しとどめる事が出来る優しさを持っているのだと。
仕えたいと思った。
この強くて優しくて人間らしい命の輝きを持つ夜の人に。
それは訓練によって培われたモノではなく、あたしの持つ本能の囁きだった。
あたしは本能からお嬢様に魅入られてしまったのだとようやく気付いた。
だからあたしは名を捨てる事もお嬢様に仕える事にも何の躊躇もなかった。
お嬢様にあたしは名が欲しいと言った。
今までの過去全てを捨ててお嬢様の傍に一生いるために名を欲した。
お嬢様はあたしに名がない事を教えていたから自分で良いのかと言っていたが、あたしはお嬢様じゃなければ意味が無かった。
だからお嬢様に付けて欲しいと言いお嬢様はそれを受け入れてくれた。
「クロリア」と名を頂き「あたし」は死に「私-ワタクシ-」が生まれた。
私はラーズシュタイン公爵家の当主に全てを話した。
自らがどうして生まれたかも、貴族様の家でどういう扱いを受けていたかも、どうしてあそこで命の灯火を消そうとしていたかも。
全ての生の道筋を話、お嬢様の傍に一生お仕えしたいと告げると旦那様は初めて驚いた顔をしていた。
「クロリア」としてお嬢様の傍に仕えたい、そのためならばどんな苦難も乗り越えて見せようと。
旦那様はそんな私を受け入れた。
結果として貴族様……血筋上の父親と奥様の家が没落したと後で聞いた。
けれどどうでも良かった。
私はお嬢様の傍にいるために学び覚えなければいけない事が沢山あったのだから。
聞いた時も「旦那様の御心のままに」とお答えしてそれっきりだった。
もう貴族様の顔も奥様の顔も嫡子である子供の顔も覚えていない。
覚えている必要も無かった。
……必死に学びお嬢様の傍付きになった時は泣きそうになりましたしお嬢様の喜びの顔は何者にも代えがたい私の宝物となりました。
「あたし」は全てを諦めて死すら受けれいていた。
そんな「あたし」はいなくなり「私」が生まれた。
「私」はお嬢様の傍に生きる事こそが至上の幸福なのです。
私はクロリア、お嬢様専属のメイドなのですから。
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