第25話お兄様と『私』(2)




 目の前にはお兄様の離れの玄関。

 後ろにはリアが何時もと変わらない状態で佇んでいる。

 私はこれからお兄様と「お話合い」をしようとしているのだ。



 私の例の魔石に対する仮説は間違ってはいなかった。

 無属性の【属性水】は存在していたし【二種属性水(水・無)】も何とか創る事が出来た。

 それを使い私は再度魔石の【錬成】に挑戦した。

 透明な魔石――無属性の魔石――と【二種属性水(水・無)】を材料とし、最後に【水の魔力】のみを【注入】する。

 残った無属性の魔力は空の魔石に【注入】する事で解決した。

 結果【錬成】は成功して青色に染まった魔石が出来上がった。

 試作品の魔石に水属性の魔力を【注入】すると何事も無く魔力は宿り、私の試みが完全に成功した事が分かった。

 完成品を前にして私は嬉しさのあまり工房を飛び出してリアに抱き着いたり、淑女として……というよりも公爵令嬢として思い切りはしたない言動をとってしまった。

 後で十分に反省しました。

 我を忘れるとか貴族として有り得ないものね。

 ただ離れにはリアしかいないから、と一応の言い訳はさせて貰うけど。

 ほんとーにリアに全てを話していて良かったと思う。

 その後のリアの対応を見て心から受け入れてくれたリアに感謝した。

 

 こうして、第一歩が踏み出せればもう大丈夫、残りの工程は順調に終える事ができた。


 透明な魔石を研磨して正円で半分に割る事が出来る状態で中心部に宝石を埋め込める隙間を開けた形に成形する。 

 更にその周囲を金で出来た針金のような細い物で開かないように囲う。

 後は青に染まった魔石に【守護の壁】を【付加】して透明な宝石の中心部の隙間にはめ込んで完成である。


 お兄様の金色の髪と同じ金線と眸の色と同じ青の【付加錬金】を施した魔石。

 私が【守護の壁】を選んだのにはそんな理由もあったのだ。


 課題の完成品として先生方に見せた時はコルラレ先生に呆れられたけどツィトーネ先生には器用さを褒められた。

 まぁ見た目子供だしね、アクセサリーを手作りするとは思わないよね。

 こういう作業も嫌いじゃないから結構楽しかったけど。


 コツは掴んだのであの透明な魔石を自分で【採取】出来る様になったらリアにも作りたいと思ってます。

 その時は私とお揃いで作りたいなぁと思う。

 基礎デザインは今回作った物と一緒だけど。

 後、私が創ったモノと分かるように彫刻がしてあるんだけど……そればっかりはやり過ぎだったかもしれないと今更ながら思ってしまう。

 私の創ったモノと分かるように私は今後【錬成】したモノ全てに同じ彫刻をしたいと思っているんだけど……。

 将来的にギルドと関わり商品を降ろすならば入れない時と入れる時を見極める必要はあると思っている。

 けど実際今の時点では使うのは私を主にして私の周囲の人間――ただし先生方を抜いてだった。

 先生方は【初級錬金術師】の作品なんて邪魔になったとしても必要にならないから、上げる必要はないと思っている。

 それはともかく、現時点で私のモノと分かるように細工する事は無駄にはならないとは思う。

 この世界には『特許』なんて存在しないのだし、誰が創ったモノかは分かる方がいいと思うし。

 まぁ【鑑定】の熟練度を上げれば問題ないらしいけど、誰もが持っている【スキル】じゃないしね。

 そこら辺の諸事情を考えて私は自らの創ったモノにはある花の彫刻を入れようと思っている。

 何の花かと言うと「ダリア」の花のだ。

 この世界での名前を付け方の法則は分からないけど私の名前は「キースダーリエ」である。

 「ダーリエ」は「ダリアの花」っぽいと思ってのチョイスだった。


 いや、最初は『日本』の花である『桜』にしようかと思ったんだけど色々考えてみるとちょっと不味いかなぁと思ったのだ。

 この世界には異世界からの来客が存在する。

 そんな異世界人の中に『地球』から来た人間がいないとは言えない。

 私は既にこの世界の人間であるのだし、要らぬ火種を呼ぶ行為は避けた方が良いと思った。

 一方ダリアの花ならこの世界にも存在するから問題は無いだろうと思ったのだ。

 ……ただダリアの花ってあんまいい意味が無かった気がするんだけど、そこら辺は無視する。

 という事で私はこのネックレスにもダリアの花の彫刻をしてある。

 ただよくよく見ないと分からないしデザイン的には問題ない……と思いたい。



 ノックをすればお兄様と話をする事が出来る。

 そう分かっていても私は恐怖と臆病な心がひょっこりと頭を出す。


 もし嫌悪の目で見られたら?

 拒絶して振り払われたら?


 想像するだけで恐怖が沸いて出る。

 愛情を受け取らなくても構わないと言う気持ちにも嘘は無い。

 けれど拒絶され思う事すら迷惑だと言われる事が怖かった。


 恐怖に負けそうな心のまま私は手を彷徨わせてリアの手を掴む。

 後ろを振り返るとリアが微笑んでいた。

 まるで「大丈夫」だと言っているようでとても心強かった。

 私は再び前を向くと大きく深呼吸をする。

 そして恐怖を振り払うようにノックする。


 数秒の後ドアが開く。

 それが酷くゆっくりに感じた。


「……ダーリエ」

「お兄様。お話があるのですがお時間を頂けますか?」


 私の言葉に一瞬だけ何か痛みを堪えるような表情になったお兄様だったけど、結局微笑んで私達を入れてくれた。

 ただその微笑みはとても儚いモノで、私も悲しくなるような笑みだった。

 

 本当にお兄様に私の思いを伝えていいのだろうか?

 今から私がお兄様に告げるのは私の一方的な思いであり、お兄様にとっては邪魔なだけの思いかもしれない。

 邪険にされる事も怖いけれど、今のお兄様の笑顔を見てそれ以上の恐怖がある事に気づいてしまった。

 今見たお兄様の悲しくなる笑みでしか私を見る事が出来なくなってしまったら?

 お兄様のあの穏やかな優しい笑みを私はもう二度と見れないかもしれない。

 そんなのは嫌だ。

 

 心の中で「言わなければいい。逃げてしまえ」と臆病な心が囁きかけてくる。

 私の弱点をよく知っている臆病な心の囁きは私の意志を揺るがす。

 今じゃなくてもいいんじゃないかなぁと天秤が傾こうとする。

 けれど……私は後ろに在るリアの気配を確認して机の下でお兄様に贈るネックレスの箱を握りしめる。

 リアの時は自爆と勢いだったから、臆病な心が飛び出す暇も無かった。

 けど今はそうじゃない。

 恐怖心が私の心に広がる。

 けど……お父様の言葉が脳裏に浮かぶ。

 私はお兄様を愛していてお兄様も私を愛して下さっているというお父様の言葉を。

 

「(もう臆病な心とはお別れする。だって私達は前に進まない訳にはいかないのだから)」


 心が静かになった気がした。

 嵐の前の静けさ、防衛反応、なんでも良い。

 一歩踏み出す事が出来るのならば。


「お兄様。ワタクシの話を聞いて下さいますか?」

「……うん。聞くよ。そのためにお前は来たんだものね」


 お兄様の声は何時もと変わらず穏やかのように感じた。


「ワタクシ、お兄様が大好きです。お兄様は心無い大人からワタクシを守って下さっていました。ご自身だって傷ついていたのに、ワタクシに心を砕いて下さっていました」

「……気づいていたんだね」

「今になってようやく気づく事が出来たのです。……お兄様は令嬢らしかぬワタクシでも嫌わず妹として慈しんで下さっていました」

「ダーリエはお転婆だからね。けど、そんなダーリエの視点に何時だってボクは驚かされていたんだよ? それにそんな時間をボクは嫌いじゃなかった」


 それならば嬉しいです、お兄様。

 突拍子も無い行動をしでかす妹を遊び盛りの年であるお兄様が面倒を見て下さっていたから、私はのびのびと貴族という枠組みに押し込められる事無くいられた。

 何時だって私はお兄様の優しさに守られていたのだ。


 コルラレ先生。

 やっぱり私がお兄様を嫌い疎ましく思う事なんて出来ません。

 だって「わたくし」はずっと愛されていたのだから。


「成人となり勉強をするようになってもお兄様の優しさは変わりませんでしたわ。ワタクシにとってはお兄様はただ一人の大切で大好きなお兄様なのです――例えお兄様にとってワタクシが疎ましい存在となっても」

「…………」


 お兄様が悲し気に微笑む。

 本当はそんな顔を見たくはないのです。

 けれどこれが真正面から話し合う最後となってしまうのなら……私は私が何を考え何を思っているのか、少しだけでいいから覚えていて欲しいのです。

 不出来で疎ましい妹だと思われていたとしても、私はお兄様が大好きだと「知っていて」欲しいのです。

 自分勝手な妹でごめんなさい、お兄様。


「お兄様はワタクシが倒れた時、守れない事を悔いて下さいましたね? あの時には既にお兄様にとってワタクシの存在は揺らいでいたはずなのに。お兄様は親愛をワタクシに注いでくださった」


 あの時、私の才の片鱗をお兄様は分かっていた。

 だってあの時魔道具は【闇】の貴色と共に僅かながら【錬金術】の才を示す兆しを見せていたのだから。

 「わたくし」は気付いてはいなかった。

 だけどよくよく思い返した「私」は気づいた。

 そしてお兄様もまたその事に気づいていた事にも気づいてしまった。

 あの時からお兄様の中で「私」の存在は揺らいでいたはずだった。

 だからこそ私の身が無事だった事を心から安堵してくれ、私を守れない事を悔いてくれた事が嬉しくて愛おしかった。

 「わたくし」だけじゃなく「私」だってこんなに愛されていたのだ。

 そんな愛に知らんぷりなんて私が出来るはずがない。

 私がお兄様を線の内側に入れ愛するのは私の中では当然の帰結だった。


「守れない事を悔いて苦しむお兄様の御心は気高きモノだとワタクシは思いました。ですからワタクシはそんなお兄様が誇れる存在となりたかったのです。お兄様が今まで注いでくださった優しさの分、それ以上にワタクシもお兄様を守りたい」


 私は【守護の壁】の【付加錬金】を施したネックレスを納めた箱を机に置く。

 蓋を開くとお兄様が一瞬だけ驚いた顔をなさった気がした。


「――お兄様、愛しております。お兄様はワタクシにとって自慢の兄なのです」


 生涯変わる事の無い敬愛をお兄様に。


「これは【守護の壁】が組みこまれております。――ワタクシの顔も見たくないとおっしゃるなら、出来るだけ合わさないように努力します。お兄様からの見返りなど考えておりません。今まで注いでくださった優しさだけでワタクシはお兄様に返しきれないほどのモノを頂いたのですから。だからお兄様の言-ゲン-に従いますわ。けれど……これだけは受け取っては頂けませんか?」

 ――私がお兄様を慕い愛する事だけは許して頂けませんか?

 

 そんな思いを込めてお兄様を見上げる。

 お兄様の青色の眸と私の眸が交差する。

 とてもとても複雑で読み取る事の出来ないお兄様の眸はまるで深い海のようで、海底をのぞき込んでいるような錯覚に襲われた気がした。

 

 短いか長いか分からない沈黙を破ったのはお兄様だった。

 真っすぐ私を見ていたお兄様が相好を崩す。

 口元は笑みを浮かべているのに、目は悲し気で、まるで笑みに失敗したようだと思った。


「(ああ。私はやっぱりお兄様を悲しませる事しか出来ないのですか?)」


 お兄様の表情に私も悲しみが湧いてくる。

 けれどそれがお兄様んの選択なのだと言うなら私はそれを受け取らなければいけない。

 ……自室に戻ってから泣いてしまう事だけは許して欲しいと思った。


「……ラーズシュタイン家はディルアマート王国の建国時から錬金術師として寄り添い公爵位を受け賜わった。故に代々優秀な錬金術師を輩出しているんだ」


 それは私も書物で調べて知っている事だった。

 ラーズシュタイン家は錬金術師としての才、それも【創造錬金術】の才が現れやすい家系だった。

 それは爵位を賜ったのが錬金術師だったからだと書かれていた。

 ただ錬金術師の才は絶対発現するモノではないから歴代の当主には必ずしも錬金術師である必要は無かった。

 何代か続いて高位の魔術師が当主になる時代も存在したし、高位の魔術師を多く輩出する事によって発言力を高めた時代も存在したと書かれていた。

 だから私にとってはご先祖様が錬金術師なのだというくらいの認識しかなかった。

 けれどこんな話をすると言う事はお兄様にとっては違ったのだろうか?


「ボクはね、優秀な人間が当主となるべきだと思っているんだ。だからね、ダーリエ。ボクはボクよりも【錬金術】の才溢れるダーリエがラーズシュタインを継ぐべきではないかと考えていたんだ」

「そんなっ! お兄様はワタクシなんかよりも優秀な方です。ラーズシュタインは【錬金術】の才により当主を決めなければいけないなんて不文律は存在致しませんわ。あらゆる面においてワタクシなんて足元にも及ばない才能をお持ちになり、なおかつ自らを律し他者に心砕く気高き御心をお持ちのお兄様以外に公爵家を継ぐ事が出来る人間なんておりはしませんわ!」


 まさかお兄様がそんな事を考えていたなんて思いもしなかった。

 私は次期当主の地位を脅かすつもりなんて全く無かったのに。

 だって私は何時か何処かに嫁す自らの運命を受け入れている。

 実感がわかないのは勿論あるけど「わたくし」の頃から貴族として利益がある家に嫁し、間接的だろうとお兄様の手助けをすると覚悟していた。

 当主になられるお兄様の事を直接的支える事は出来ないけど、利益ある家と婚姻を結ぶ事でラーズシュタインとお兄様を守る事に繋がると信じていたのに。

 お兄様が其処まで追い詰められていたとは思わなかったのだ。

 私は一番見逃してはいけない所を見逃していたのかもしれない。

 まさかお兄様の憂いの裏にこんな理由があるなんて思いもしなかった。

 お兄様以上にラーズシュタインを思う方はいないというのに。


「もし……もしお兄様が他に進むべき道を見つけ進むのにラーズシュタインが邪魔になるのでしたら致し方ない事と寂しくも理解し祝福できるかもしれません。なれどお兄様がラーズシュタインを継ぐ事を苦に思わず、当主となる事を望んでいるのならば、ワタクシは何処か利益のある家に嫁するつもりでしたわ。お兄様の代わりなど思った事も御座いません」

「だけど……ラーズシュタインを真に思うなら優秀な者が当主を継ぐべきだと思っていたんだ。けどね……流石にすんなり納得出来るはずがなかった。今まで当主となるべく色々学んでいたのだから」

「当り前ですわ! ……お兄様がワタクシを疎ましく思っても仕方ない、ですわね。何の力を示していない人間に理不尽に今までの努力を無に帰されそうになったのならば、憎らしく思っても仕方ない……仕方ないのですね」


 ああ、本当に涙が零れそうだ。

 だってお兄様には私を恨み疎ましく思う理由があるのだから。

 お父様が【錬金術】の才一つで次期当主を決めるとは思えない、思えないけれど周囲が煩くなる事は確実だった。

 お兄様や私に分からないだろうと悪意ある言葉を流し込んできた分家筋の大人達。

 親の言葉を素直に信じ、本家筋だというのに私達を見下した態度を隠さなかった子供達。

 そんな人間がお兄様を今まで以上に攻撃するのだと考えると、それだけで憤りで目の前が真っ赤になりそうになる。

 私は感情に呼応して暴れだしそうな魔力を外に逃がし深呼吸する。

 此処には私の大事な人しかいないのだから、此処で暴走させる事は絶対に出来ない。

 哀しみと怒りに支配されかけていたからこそお兄様の言葉に別の意味で涙が出そうになってしまった。


「五月蠅い周囲に付け入る隙を与えてしまう自分の不甲斐なさが嫌だったんだ。ボクにダーリエ以上の才能があれば、そんな言葉一蹴できるのに。無いモノ強請りしか出来ない自分がもどかしくて、そんなボクの浅はかさをダーリエに見透かされてしまうんじゃないかと思って怖かった。だからダーリエと向き合う事も段々出来なくなって避けてしまったんだ。情けない限りだよ。ダーリエを害した相手はまだ捕まっていないと言うのにボクは自分の事ばかり考えてダーリエの事を考えられなくなっていた。……ダーリエは意味も分からず避けたボクに一途な親愛をくれていたというのにね」


 そこでお兄様が私の創ったネックレスを手に取るとヘッドの部分を持ち天に透かした。

 窓から注ぐ陽の光が中央の青を通してお兄様を青く染め上げている。

 私はこんな時だと言うのに、お兄様の御美しい姿に見惚れてしまった。

 これで前のように穏やかな笑みを浮かべて下さればもっと美しいのに……お兄様の憂いの無い微笑みが見たい、と思った。


「ダーリエは言葉を尽くしてくれた上、こうやってボクの身の安全まで考えてくれた。自分を疎ましいと思っているかもしれない相手と会おうとさえしてくれた。あれだけ入口前で迷っていたのに、その一歩を踏み出した。――もう色んな面で妹に負けた気分になったよ。自分が情けない限りだ。これじゃあダーリエが慕ってくれるような兄じゃないな、と思ってしまったよ」

「お兄様は……お兄様は何処までお優しいのですか? 自分の努力を蔑ろにされれば憤るのは当たり前の事。周囲の方々の口さがない言葉だとて下らないと一蹴する事だって出来るのに。ワタクシの事とて、まだ何の力もワタクシは示しておりませんわ。今の無力なワタクシが才一つで自分を脅かすと考え嫌い、憎んでも可笑しくはありませんのに。……ワタクシを憎んでしまえば楽なのに、それでもワタクシを妹と思って下さっているお兄様を慕うなと言う方が無理ですわ」

「優しさを受けて返したいと思いつけるだけダーリエも十分に優しい子だと思うけどね。……けど避けていたボクでも慕ってくれると聞いて思ったんだ。バカだなぁと。嫌われていると思っている相手をそれでも慕うなんて言って、本当に慕ってくれるなんてバカな妹だって。……それ以上に愛おしいと思ったんだ」


 お兄様が私の創ったネックレスをつけると微笑んだ。

 それは私が見たかった……もう見れないと思った穏やかで温かい微笑みだった。


「例え【錬金術】の才能がボクよりも優れていたとしても疎ましくも嫌いにもなれないぐらいボクもダーリエを愛しているよ。――例えボクの知らない『キースダーリエ』がいたとしても揺るがず可愛い妹だと思う程に、ね」

「え? ……お、にいさま?」


 お兄様の言葉が理解できなかった……違う理解したくなかった。

 だってお兄様の言っている事は『わたし』の存在に気づいたという事に他ならないのだから。

 私は血の気が引くのを感じた。

 顔が真っ青になっているだろうけど、それを隠す事が出来ないくらい動揺してしまう。

 これじゃあ正解だと言っているようなものだと分かっているのに、体が言う事を聞かなかった。

 けれどそんな私の変化に突っ込む事無くお兄様は私に微笑み言葉を紡ぐ。


「色々な柵とかウルサイ周囲の人たちの言葉とか……色々な事を抜きにして考えれば分かる事だったんだ。難しく考える必要なんかなかった。だってボクはダーリエを守りたいと思った。お転婆で、けれどボクに無い視点を持つ、ボクを一途に慕ってくれる妹をボクも愛しているんだ。今までの努力が無に帰すかもしれないという虚しさにボクはそんな大事な事が見えなくなっていた。……大事な事が何かを考えればすぐに答えは出ていたのにね」

「そう、ですわ、ね」


 心臓がバクバクなっている。

 お兄様の前と変わらない笑顔が嬉しいのに、恐怖が込み上げてくる。

 何時、バレたのか? とか何処まで分かっているのだろうか? とかそんな問いが頭を埋め尽くしている。

 お兄様の御言葉が嬉しい。

 だけどそれ以上にお兄様の先程の言葉が真意が怖かった。


 私が動揺しもう話を聞こえていないと気付いたのかお兄様が少しだけ驚いて立ち上がる。

 椅子がカタンとなるだけで私の中の恐怖が膨れ上がる。

 立ち上がり私の横に立つお兄様が怖いのです。

 私は許しを請うような面持でお兄様を見上げる。

 多分、かなり引き攣った顔をしていたのだと思う。

 お兄様は一瞬驚いた顔をした後、苦笑を象り、次の瞬間私は暖かな温もりに包まれた……お兄様が私を優しく抱きしめて下さったのだ。

 お兄様の突然の行動に私の思考は完全に停止してしまう。

 ただお兄様の腕の中が温かく、優しいなと僅かに思うだけだった。


「ダーリエ、愛しているよ。……多分今のダーリエはあの忌まわしき日より前のダーリエとは少し違うんだよね? 死にかけた事が原因じゃない……いや、もしかしたらそれが切欠かもしれないけど。その時からダーリエは変わった。大人びたというだけじゃすまない変化だった。だからきっと今のダーリエと前のダーリエは何かが違うんだと思う」


 お兄様が優しく私の頭を撫ぜて下さる。

 前と違うと分かっているのに、その優しさは全く変わらない。


「けれど全てが変わった訳じゃない。見ていてそれも分かったから。あの時からダーリエは『誰か』と話す事も無くなったようだし……その『誰か』がダーリエの中に帰ったのかな? とも考えたんだ。突拍子も無いけど、酷くしっくり来た。……けどだからどうした? と思ったんだ。だってボクを一途に思ってくれいた「ダーリエ」も今こうして拒絶される恐怖で泣きそうなダーリエもボクには全く変わらずに愛おしい妹でしかなかったんだから」


 恐怖に震えていた体が今度は歓喜に震える。

 キースダーリエと言う人間が受け入れられた喜びが沸き上がる。

 お父様のように全てを見透かしている訳じゃない。

 コルラレ先生のように探る訳でもない。

 ただリアのように「私」を受け入れてくれた。

 それは何よりも代えがたい喜びだった。


「何度でも言うよ……愛しているよダーリエ。前も今も全部合わせたキースダーリエという妹をボクは愛しているよ……少しは分かってくれたかな?」

「は、い。はいお兄様。……ありがとうございます。「私」を愛して下さってありがとうございます!」


 涙が止まらない。

 けれど嬉しい涙は止める必要は無いと思う。

 私は恵まれている。

 だって私を受け入れてくれる親友と兄がいるのだから。


「お兄様、大好きです!」


 全てを話すから今だけはお兄様の腕の中で泣かせてください。

 ……せめてこの嬉しいと言う理由で流れている涙が止まるまでは。






 涙が止まった後私はリアに語った事と同じ事をお兄様にも話した。

 お兄様も流石に少し驚いていたけれど「わたくし」が話していた『お友達』の事を話した時は、凄く納得していた。

 時々空中を見て考えをまとめている「わたくし」の姿を見て何時も不思議に思っていたらしい。

 最後まで話した後私は「……信じて下さいますか?」とお兄様に問いかけた。

 声が僅かに震えていたのは多分、残っている恐怖心のせいだと思う。

 けどそんな私の心の内も気づいてくれたのかお兄様は再び私を抱きしめて下さると「信じるよ。お前は可愛い妹だ、キースダーリエ」とおっしゃってくれた。

 もう涙が枯れたと思っていたのに再び泣くかと思った。

 

 私は思う存分お兄様に甘え、今までの時間を埋める様にお兄様と過ごした楽しい時間は夕食の知らせが来るまで続いた。

 お兄様も楽しい時間だったらいいなぁと思う……決して作り笑いではない御姿だったと思うから大丈夫だと思うけど。

 

 夕食の時間ではお父様とお母様にもお兄様と仲直りした事を指摘されて、お二人が私達を見守って下さっていたのだという事が分かった。

 ……本当に今日の内に何度泣きそうになれば良いのか。

 涙腺が馬鹿になっているのかもしれない。

 私は泣かないように必死にこらえながら夕食の時間を過ごす事になる……もしかしなくても家族にはバレていると思うけど。

 楽しいけど大変な時間だったと思う。

 ……けどそれは別に苦しい大変さじゃないから問題無かった。

 

 貴族という枠組みの中で私は本当に恵まれていると思う。

 冷めきった義務感だけの家族ではなく、暖かい本当の家族が私には存在するのだから。

 あれだけ羨望した家族を私も愛したいし守りたい。

 血筋による義務じゃなく、心から私の意志で。

 

 その上で好きな事が出来たら最高に幸せって奴じゃないかな? と思っちゃう所私って奴は……と思うんだけどね。

 

 

 私はキースダーリエ=ディック=ラーズシュタイン。

 ラーズシュタイン公爵家の令嬢で現在五歳。

 貴族だけど暖かいお父様とお母様とお兄様に愛されて、クロリアという親友がいる。

 ちょっと『地球』での記憶があるし、この世界は『ゲーム』の世界に酷似しているけど、私は『ヒロイン』じゃないから関係ないよね?

 だから大事な家族や大事な人達を大切にしながら自由に生きたいと思っています。


 何処まで自由に生きる事が出来るかは分からないけど折角『地球』の記憶を持っているのだから、活用してもいいと思うんだ。

 だから私の目標は変わらず「目指せ【錬金マスター】」です。


 ……願わくばこの自由で愛おしい日々が少しでも長く続きますように。








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