第23話一歩も進まない課題と「私」という人間(2)




 意識を失った時『地球』の誰かと邂逅するとか、そんな不思議な出来事が起こる訳はなく、私は普通に意識を取り戻した。

 ただし夢のようなモノは見た気がする。

 魔力が枯渇した際『ゲーム』では視界がブラックアウトして数日の日数が過ぎる仕様だった。

 その際立ち眩みが起こるとか、倒れるとか言う描写があったって事も思い出して、私が倒れた時と同じ症状だなぁと思い、結果、私が魔力の枯渇で倒れた事を自覚する事になった。

 魔力の枯渇がイコールで直ぐに「死」に繋がらなくて良かったと思う反面、もしかしたら完全に枯渇する前に体の自己防衛機能が働いて問答無用で倒れるんじゃないかと思わされた。

 体って意外と無意識下や本能で身体を守ろうとするらしいし。

 だから魔力の枯渇でミイラ化とかしなくて良かったなぁと夢の中で安堵の息をついたんだよね。

 序でに『地球』での『わたし』も体を酷使して倒れては親友達に怒られていた事も思い出してしまった。

 あの時は親友、悪友共に怖かったです、うん。

 一度ながーい説教と激怒されて家から元気になるまでだしてもらえなくて、流石に懲りた。

 だってコンビニも行かせてもらえなかったんだよ?

 そういえばあの出来事以降は倒れない程度の無茶しかしなくなったっけ。

 この世界には親友も悪友もいないものだから気を抜きすぎたみたい。

 気を付けないとね。

 この世界にだって私を心から心配してくれる人がいるんだから。


 緩やかに覚醒した私は夢を全て覚えていた。

 だから直ぐに魔力の枯渇が原因だったのか調べために【ステータス】を表示して確認する事が出来た。

 こういうと自慢見たいでなんだけど、私はこの年にしては魔力量が多い方である。

 御蔭で使用魔力を気にした事がほとんどない。

 だって今現在私が使えるのは【初級】の魔法ばかりだから、気にする必要がないって言うのが正直な所だったし。

 そんな感じで【ステータス】の【MP】の所を見るのも久しぶりだし、その上限が引き上げられている反面現在の魔力量の低さに驚きを隠せなかったのだ。


「(うわぁ。これは倒れる訳だわ。やっぱりスキル使用がトドメっぽいなぁ)」


 道理でスキルを発動した途端に倒れる訳である。

 スキルの中には発動の際魔力を必要としないモノも存在はしている。

 けどスキルの熟練度を上げる事によって使用魔力が少なくなっていくタイプのスキルもあるし【精霊眼】はもろそのタイプだった。

 使い慣れるためにちょくちょく使ってはいるがそう簡単に熟練度は上がらないのでまだ【精霊眼】の使用には魔力を必要とする。

 ただ私は魔力残量についてあまり気にしていないから何も考えずスキルを使ってしまった。

 結果こうして倒れてしまった訳だけど。

 とりあえず死ななかった事に感謝しつつ二度と同じ過ちはしないように気を付ける事にしようと思う。

 【ステータス】のチェックは小まめにして、残量には注意して、其の上でギリギリを見極めないと。

 残量少ない事をもう少し主張してくれたりしないかなぁと思うけど、それこそ無意識下でやっている事だから無理があるんだよね。

 頭痛や眩暈は他の症状にもあるから魔力枯渇のためと断定出来ないし……シグナルレッド! って主張してくれる魔道具ないのかなぁと思わなくもない……無ければその内創ろうかな?

 

 その場合体内の魔力を感知できる作用と上限と残量を探る事の出来る作用が必要になるよね?

 うーん魔力を感知するのは【属性検査】の時に使った奴が当てはまりそうだけど、あれって魔力がある事は感知できてもどれだけの魔力を宿しているかは分からないはずなんだよね。

 

 じゃあいっその事【ステータス】と連動するタイプの魔道具はどうだろうか?

 どんな作用か分からないけど【ステータス】は魔力残量も魔力の上限も探り出して表示している。

 それと連動してある程度の魔力残量を下回った時は知らしてくれる代物……あ、でも誰でも分かるタイプじゃダメだよね、敵にも知らしめる事になるし。

 指輪とかネックレスとか装飾品で分かるようにする、とか? 

 ピアスとかイヤリングは見えないけど、ちらっと見て確認できる仕様にすれば問題無い……とはいえ女性限定になるけど。

 いやいや、指輪している男性いるわ、普通に。

 というよりも別にギルドからの依頼って訳じゃないし、私用に作れば良い訳だし、上げるとしてもリアとかお兄様とかに身内だけになるだろうし、ネックレスでも全く問題気がする。

 ……お父様とお母様は自己管理がしっかりしているだろうから要らないと思うんだよね、後先生方は自力でどうにかするだろうし。

 あ、お父様も高位の【錬金術師】だから自力でどうにかしてるかな?

 じゃあやっぱり私用とリア用と……受け取ってくれるならお兄様用でいいかな。

 今回の課題が終わったら考えてみようかな?

 デザインは三人とも私が創ったってわかるデザインにして、けど普段使い出来るような奴にして……


 近くにあれば紙があればデザインまで書きそうな程考えていた私はドアをノックする音にようやく我に返り、自分がどうして倒れたのかも思い出す事が出来た。


「(自覚すると頭痛が戻ってくる気がする)」


 実際はそんな事は無いし元気だけど。

 私は自分が離れでは無く自分の部屋に寝ている事に今更気づきつつ来客を招き入れた。

 寝起きの恰好だけど、まぁいいよね?

 私、まだ子供だし、此処まで案内されたのだって私がこんな状況だって知って案内されたんだろうし。

 どうしてそんな事を考えるかと言うと、ドアの向こうの気配が倒れる直前のモノと同じだからだったりする。

 私の許可と共に入って来たのは案の定先生方とリアだった。

 リアは起き上がっている私に一瞬驚いたが、直ぐに私の元へやってきて私を支えカーディガンのような上掛けをかけてくれる。

 それにお礼を言うと先生方に向かって微笑むと私はお礼を言った。


「先生、ご心配をお掛けして申し訳ございません。そして助けて下さって有難う御座います」

「倒れる直前の事は覚えているのか?」

「はい。ドアの開く音とリアや先生方の姿を見る事が叶いました。ですから私を助けて下さったのは先生方なのだろうと」

「気にしなくていいぞ。助けたって言っても本邸につれてっただけだからな。ま、パルの奴が魔力不足による強制失神だろうから問題ないって言ってたし……大丈夫なんだろ?」

「はい。今は頭痛も感じませんわ」


 眩暈も無いし【ステータス】を見る限り魔法とかを使わなければ問題ないと思う。

 どうやら寝るだけで回復する所は『ゲーム』と一緒らしい。

 他にも方法とか無いのかな?

 例えば外部の魔力を体内に取り入れるとか、吸収系の魔法とかあってもいい気がするんだけど。

 その場合【闇】の属性っぽいと思ってしまうのは私が『地球』でゲームとかしていたせいなんだろうか。


「魔力が枯渇しかけるのに気づかなかったのか? 普通眩暈や頭痛、それに倦怠感に襲われるのだが?」

「どれも魔力不足で起こっていると思わなかったのです。立ち眩みは比較的よくある現象でしたし」

「おいおい。嬢ちゃんの年で立ち眩みがよくあるって。それはそれで聞き捨てならねぇんだけど」

「……集中すると少し他が疎かになってしまうようで。リアには何時も迷惑をかけているので気を付けたいとは思っているのですが」


 本音です。

 私が倒れたらリアは自分を責めてしまう。

 今回も私を見る目には哀しみが宿っているし、自分に怒っているようでもあった。

 そんなリアの目は出来れば見たくないから気を付けたいとは思っているんだけど。

 ……魔力残量よりもアラームが鳴る時計でも創る方が先の気がしてならない、それかストップウォッチとか。

 そんな風にこれから必要な物に対して思いを馳せていたためかコルラレ先生の言葉は完全に不意打ちだった。


「何をそんなに焦っている?」

「……焦ってなどおりませんわ」


 コルラレ先生の言葉に少しだけドキっとしてしまった。

 答えるのにも一瞬の間があっただろうし、先生は多分誤魔化されてくれないだろう。

 こっちを見据えるコルラレ先生は私が「焦っている」と確信があるようだった。

 答えを待つが答えない事は許さない先生の視線に私は苦く笑うしかない。


「(どうして先生は私の心を見透かしたかのように私の痛い所を的確に突いてくるんだろう)」


 今回だって、課題を貰った時だって……コルラレ先生は全く表に出していない私の心の奥底まで知っているかのように此方に問いかけてくる。

 それが的外れならば内心鼻で笑うくらい出来るのに、的確すぎて言葉を失う結果になってしまう。

 本当に【読心術】を疑うレベルで言い当てられている気がする。

 全く人に興味がない処か人間嫌いの癖にどうして私の心を見透かして暴こうとするのか、こっちは全く分からない所が一層悔しいし恐ろしいと思う。

 

 とは言え、此処で何を言っても確信しているであろうコルラレ先生を誤魔化す事は不可能だと言う事も分かっている。

 ただ見透かされ過ぎて面白くないだけなだけで。

 それに出来れば自分の力だけで乗り越えたかった。

 それがお兄様に対する礼儀だと思ったから。


「(まぁ自己満足と言われればそれ以外の何物でもないんだけどね)」


 認めるのは癪だけど、確かに私は今焦っている。

 課題によって完成した完成品と共にしたい事があるから。

 これでどうにかなる訳じゃないのは百も承知だけど、私の思いを形として示す事が出来るから。

 だから私は早く課題を完遂させたかった。

 それが焦りになっていたんだろうと思う。

 先生以外は誰も気づいていないはずだけどね。


「完成したモノと共に伝えたい言葉があるから、ですわ」


 未だにすれ違い心の内が分からないお兄様に。

 思いを聞くのも怖いし、お前に関係無いと拒絶される事も怖い。

 だけどリアに心の内を語りリアの想いを聞いた時思ったのだ。

 私の思いは私だけのモノだし、それを伝える事は今回のような場合なら許されるのではないだろうか? と。

 失う恐怖は大切なモノを遠ざけようと思考するけど、私の本当の望みは共に笑いあう日々を取り戻す事である。

 リアの時のように何かを伝えなければ何も変わりはしない。

 怖い怖いと震える臆病な心を必死に宥めすかして、今私は素直な今の気持ちを伝えようと考えられるようになった。

 けど何時臆病な心が私の考えを転換させてしまうか分からない。

 だから私は「焦っている」のだ。

 私にとって最適解と言える思考を遮られないように早く完成して私の素直な感情を伝えたかったのだ。

 だからと言って倒れていれば世話はないと言われれば何を言えないのだけど。

 それに……――


「――……完成さえすればアレは兄を守る一助となってくれるかもしれませんから。ワタクシの最初の作品など邪魔と思われるかもしれません。けれどワタクシの最初のお守りはお兄様に持っていただきたいのです」


 【属性検査】の時私を害した相手は捕まっていないかもしれない。

 あれが私だけを狙ったのか、それともラーズシュタイン家への確執によるモノなのか私に知る術は無い。

 だけど最悪私だけではなくお兄様も狙われる事だって有り得るのではないかと思った。

 この先お兄様とどんな関係を築くは分からないけれど、私がお兄様を大切ではなくなる日は来ない。

 だからお兄様の身を守るために微力ながら一助となるモノを贈りたかった。


「(重いのは重々承知なんだけどね)」


 私の考えは人によって重いと受け取られるだろうと言う事は分かっている。

 『地球』の頃だって心無い人達から散々「可笑しい」と言われ続けていたのだから。

 私の性格を幾つか取り上げて否定しくその表情は歪んだ喜びに支配されていて、とても気持ち悪かったのを覚えている。

 

 親友や悪友達は皆それぞれ個性豊かで、皆世間と微妙なズレの人間だった。

 勿論そんな人達を「友」と呼ぶ私だって類友でしかなくて、自分の欠けている部分を自覚していたし、それに対しての誹謗中傷などなんとも思わない性格だった。

 私の考え方も重いと思われかねない想いも笑い飛ばせるような人達だったから私はあそこに居られたんだと思っている。

 けどこの世界にはそんな『親友達』はいないくて、私は自身だけの判断で自分の思いが相手にとって重たいかどうか考えなければいけない。

 全部人だよりにするわけじゃないけど、相談する相手もいないのは意外ときつかった。

 

「(もしかしたら私は『親友達』に相当甘えていたのかもしれないなぁ)」


 私が寄りかかっても微動だにしないような人達だったし、今じゃどうだったか判断する事ができないけど。

 ただお兄様が私を疎んでいるならば私の思いなど重いだろうと思ってしまう。


「(疎んでいる妹から重たい気持ちを向けられている……キツイんだろうなぁ、きっと)」


 顔を合わせるのもしんどいと思われているのではないかと考えると気持ちが沈んでしまう。

 内心、そんな事を考えていたのが表情に出ていたのかツィトーネ先生が心配そうに私の頭を撫ぜようとして、触れていいのか迷って手を引っ込めた。

 そんな淑女扱いしたのか子供扱いしたのかよく分からない、けれど確かに「心配」に裏付けされた行動を嬉しく感じた。

 割り切りが出来る性格ではあるだろうに、根は優しい人なのだと改めて思う。


「(比較対象がコルラレ先生だからという事もありそうだけど)」


 そんな失礼な事を考えつつ黙っているコルラレ先生の方を見ると何やら難しい顔で眉間に皺が寄っていた……まぁ比較的よく見る表情だけど。


「……どうして其処までの献身を捧げる? お前は避けられていると言うのに」


 コルラレ先生の言葉は私にとって意外だった。

 課題を与えられる時も思ったけれど、コルラレ先生は他家の事に口を挟む人ではないと思う。

 極一部の人以外はあまり好いていない厭世的な人であり、貴族の爵位を持ち社交界を経験している危機管理のしっかりしている人のはずだ。

 お父様と友人だとしても、私とお兄様の事を知っていたとしても深い所に踏み込む事はしないだろうと思っていた。

 あくまで私と先生方の関係は教師と生徒、直接金銭が絡んでいないとはいえ、教える者と教えを請う者の間柄でしかない。

 それらの境界線を見誤る人では無いと思っていたし、今の今まで私の先生に対しての性格分析は間違ってはいないだろうと思っていた。


 そのコルラレ先生が私とお兄様の関係に踏み込んでくるなんて……それに対してツィトーネ先生とリアが窘めない事も気にかかる。

 ツィトーネ先生は貴族の事にあまり精通していない可能性はあるが、冒険者としては有名であり貴族からの依頼も舞い込んでくる立場であるらしいので最低限の事は知らないはずがない。

 なにより、リアはメイドとしての厳しい教育を受けて私の傍付きについている人間なのだ。

 ツィトーネ先生もリアも先程のコルラレ先生の言葉に慌てるなり遠まわしに止めるはずの存在であるはずだ。

 けれど全く止める気配が感じられない。

 それはつまりお父様がコルラレ先生の発言と踏み込みを許可していると言う事なんだろうか?

 一体どうして? と言いそうになったが、満足のいく答えが返ってくるとは思えないので口には出さなかった。


「(けれど本当にお父様がこれを許しているのなら私が黙っていても仕方無いのかもしれない)」


 ただ「献身」とはまた随分と過大評価を頂いている気がするけど。

 珍しく今回は先生に心を読まれていないな、と思った。

 さて、何と言えば良いのか、と少しばかり考えたが、余分な部分を除いて話す他ないのだろうな、と思う。

 不足があれば直ぐにコルラレ先生の鋭い視線と切り込みを入れられるだろうな、と思った。


「確かにお兄様はワタクシを避けておりますわ。もしかしたら疎んでいらっしゃるかもしれません。――ですが「献身」など、ワタクシは自身が其処まで一途に綺麗な感情を抱いているとは思えません」


 献身が綺麗な感情のみで構成されているのならば、ですけど。

 ただどうしても献身という言葉は一途に身を捧げ奉仕するという意味に感じてしまう。

 それとも先生は違う認識のもと「献身」って言ったのかな?


「疎まれていても嫌う事もなく助けたいと思っているのにか?」


 どうやら先生も「献身」という言葉を私と同じ感覚で使っているらしいと、今の言葉から分かった。

 私の言動は傍から見るとそんな風に見えるのだろうか?

 ならば評価も過ぎると思うのだけれど。


「コルラレ先生。――ワタクシの世界はとても狭いのです」


 私の世界は狭い。

 今の環境のせいではなく、私の変えられない気質のために私の世界はこれからも広くなる事はないだろう。

 確かに今、私が接する事が出来るのは私の家族とラーズシュタインの使用人達以外では先生方くらいなもの。

 これから社交界に出れば一気に増えるだろうけど、だからと言って私の世界が広がるか? と言われても私は「狭いまま」だと答えるだろう。

 『地球』で生まれ生きて来た『わたし』は学校にも通い社会にも出ていたけど、今の私と然程変わらない程世界が狭かったから。

 私の思考が、性格が、『地球』での経験の全てに基づいた私の気質が、私の世界の広さを決めているから。

 私の世界は決して広がる事は無い。

 それに私はそんな狭い世界で満足し広げる事を望んではいないから。


「ワタクシは線引きをした上で内側と外側に分けてしか人と接する事ができませんから。世界が広くなる事は無いでしょう」

「けど、そんな事人ならば誰だってしている事じゃないか?」

「……そう、かもしれませんわね」


 ツィトーネ先生の言葉は確かに、そうだと思う。

 けれど私の場合、内側と外側の間にある壁は人よりもはっきりしていて強固だった

 

「(だって、私は外側の人間なら何一つ感情を沸き立たせる事無く排除出来るのだから)」


 それが例え表面上の付き合いしかしていないとは言え顔見知りの人間だとしても、だ。

 『地球』では殺人は大罪であり倫理観からその手段を取る事は絶対無かった。

 この世界でも人の命を奪う行為には生理的な嫌悪が伴うために進んで行いたいなんて絶対に考えないだろうと思う。

 だとしても私は自分の言動の結果誰かが悲しみ苦しんだとしても何の感情も抱かないだろう。

 別に無差別に誰かを不幸にしたい訳じゃないし、自分の言葉一つ行動一つで防げるならその労力を惜しんまで不幸を招く事はしない。

 自分に余裕があるならば関係無い人の不幸を悲しむ事も傷つき嘆く人を慰める事も苦も無くする。

 ただしその行為は決して慈悲や献身などと言うお綺麗な感情からじゃない。

 それが「当たり前」の行為と世間に認識されているからだ。

 私がそんな行為を行ったとしても、その裏には決して「助けたいという正義感」も「他人の不幸を憐れむ気持ち」もなければ「不幸を自分の事のように悲しむ事」も「傷ついた人を見て憤る事」もないのだ。

 そんな行為の時の私の心の内を視たらさぞかし薄暗い伽藍洞な空間が存在している事だろうと思う。

 私は線引きの外側の人間にその程度の思い入れしか抱けないのだ。

 それは決して「普通」とは言えず、何処か欠けている事も自覚していた。

 偽善よりも酷い行為と罵られるような事を考えていると言う自覚もある。


「(実際、私は人でなしと罵られたから)」


 『地球』の頃の話である。

 私だって自分の気質が異端だと最初から知っていた訳じゃない。

 そんな時代に私は私の気質、思考を糾弾された事がある。

 あれは人の悲しみを自分の事のように悲しみ、傷つけられた人の心を思い憤る、まるで物語の慈悲深き聖女やヒロインのような娘と縁を結んでしまったが故に引き起った災難だと今の私は認識している。

 物語のヒロインよろしく愛され彼女の周りには人が沢山いた。

 その取り巻き集団に私は糾弾されたのだ……私が心なき魔女のような女だと。

 最終的にヒロインなんてモノは物語にしかいないのだと言う事を自身で証明した娘だったから、その子自体には全く興味も沸かないし、顔も覚えていない。

 けれど取り巻きの糾弾の言葉自体は「言い得て妙だな」と思い今でも忘れていない……言った人間の顔なんかはもう覚えていないけど。

 

 考えてみればあの時だったかもしれない、私が自分が何処か「欠けている」人間だと実感と共に自覚したのは。

 気質を変える事は出来ないし、変えようとする努力も私は必要だと思わなかったから、結局ずっとこの気質のままだったし、今の私もそんな気質をそのままである。

 私という人間は『親友』曰く『アンタの線引きは線って言うよりも透明な壁だよね。決して超える事は出来ない。けれど透明だから向こう側は普通に視えるし壁がある事は直ぐには分からない。ぶち当たるような事をしなきゃ知る事も無い。ただしその分その壁を無理やり越えようとしたり壊そうとしたら何しでかすが分からないけどね!』らしい。

 親友にとって私は付き合いのある中で一番面白い人間だったらしいけど、流石に心外だと思ってったっけ。

 親友だけじゃなくて悪友達だってとんでもな人達が揃っていたのだから、その中で一番面白いって言われて嬉しい訳がない、って事なんだよね。

 というか私にしてみれば一番面白いのはその親友自身だと思っていたし。

 まぁお互い様って奴だったのかもしれない。

 

 内側と外側の人間との対応の差異、正確に言えばそこに込められた心持ちの違いは説明するには難しいモノであると思う。

 そもそもリアはともかく先生方には其処まで詳しく自分の心の内を晒す事は出来ないしする必要があるのかな? とも思う。

 まぁここら辺もリアが内側に入っていて先生方は微妙な立ち位置にいるって事に他ならないんだけど、ね。


 今だって私は言葉を尽くして自分の心を明かす事を避けて話を先に進めようとしている。

 後で後悔するかもしれないとは思う。

 先生方が内側に来る事だってあり得ない話じゃないのだから……そう思える程度には先生方を信用しているから。

 だとしても今、詳しく語る必要は無いと言う判断も間違ってはいないと思っている。


「(それに、詳しく説明するとなると『地球』での事を誤魔化して説明する事は難しいと思うし)」


 どう考えても現時点ではリア以外には説明出来ないと思う。

 そんな私の心境に気づいているのかコルラレ先生の目は少しばかり厳しくなっている気がするけど、全てを語る事だけが誠意ではありませんよ、コルラレ先生?


「今後変わる事は無いと思いますけれど――ワタクシは内側に入っている人間のためなら多分その身を賭ける事が出来るんだと思います」


 外側の人間に対しての対応が薄情、人でなし罵られるのならば、内側の人間に対しては過剰な程の過保護となってしまうのが私の厄介な所だった。

 それはきっと嫌われたくはないという心の発露なんだと思う。

 大切に思う人から嫌われるくらいならと考えてその前に自分から遠ざけてしまう。

 人の死は近いようで遠かった『地球』ですら守りたいと遠ざけようとした私は危険度が段違いで上がるこの世界で『前』以上に大切な人間を私から遠ざけたいと考えてしまう。

 それじゃあ本当に守りたい時に守れない、守り方を間違っていると散々『地球』での親友達に言い聞かされて実感させられていなかったら今頃とっくに実行していだろうと思う。

 事実、リアを遠ざけたのはそういった理由も混ざっていたのだから。

 それではいけないという意識と私を心配し私と共にいると誓ったリアがいるから此れからも実行に移す事は無いと思うけど……気を付けないとウッカリ考えてしまうだろうと思ってしまう所、根底を変える事は中々難しいのだなと思ってしまう。

 あの頃自分の気質を変える努力をしようとしない訳である。

 無駄な努力をしたいわけじゃないし、根底を変えるまで努力し続けるだけの理由も気概も無かったのだから当たり前の結果だったと思う。


「倒れた事で心配をかけた事、悲しませた事は反省しなければいけないと思っていても、まだ倒れた程度なんだとワタクシは思っているのですから」

「自分の身を損なう事に恐怖は感じないのか?」

「勿論怖いと思います。死にたがりな訳ではありませんから。けれどお兄様やリアに何かあった時の方が怖いと感じますわ」

「……何故、其処まで思う? そこのメイドはともかくお前の兄は同じだけの想いを返す事はないかもしれないと言うのに」


 お兄様が同じだけの想いを返してくれない?

 先生は今回私の心を読み取ってはいないのだな、と改めて思った。

 だって読み取っていたら私にこんな質問はしないはずだから。

 ……それはコルラレ先生が【読心術】の【スキル】を持ってはいないという事かもしれない。


 私は微笑む。

 私の胸中を表すような笑みで。

 ……先生方が息を呑んだ気がした。


「お兄様を愛しているからですわ。ただただお兄様やリアが大切なのです。大切な人達には健やかでいて欲しい。そのために努力する事は何も可笑しくはないでしょう?」


 一方通行である事など何の問題もない。

 お互いにお互いを思い健やかに過ごせる努力をする事はとても尊いモノなのだと言う事は分かっているけれど、それが一方通行だとしても私は構わないと思う。

 だって其処に至るまでに私は沢山のモノを貰っていて、救われてきているから。

 私が内側に入れ守りたいと思っていると言う事はそういう事だから。

 無条件に私の内側に入っている人間なんていないし、これからも出来ない。

 沢山のモノを貰って暖かな思いを注いでもらったからこそ私もその思いに報いたいし守りたい。

 そういう意味では例え、その優しさが打算だったとしても私は嫌えないのだろうと思う。

 世間的、常識的には騙されたと言われるかもしれない、実際第三者的に見れば騙されていたのだという状態だったとしても内側に一度入れると決めてしまえば、許してしまうし守ろうとしてしまうんだと思う。

 どんな状況でどんな立場の人間だとしても受け入れて内側に入れると言う事は私にとってはそういう事だった。

 

「(案外、こういう性格だから内と外をキッチリ分ける事で自己防衛をしているのかもしれないなぁ)」


 自分の気質なんぞ深く考える事もそうそうないし『地球』の親友のように人の心理を分析をするのが好きな性質でも無かったからあまり自覚は無かったけど、改めて考えると私がきっちり線引きするのは一種危い性格からの自己防衛なのかもしれない。

 鶏が先か卵が先か、みたいな話に最終的にはなってしまうから掘り下げるつもりはないけど。

 

 私はお兄様を敬愛しています。

 それは「わたくし」としての感情だけではなく私としての感情としても、です。

 だって……――


「――……お兄様は私を守れなかった事に対して「ごめん」と言いました。あの時の状況では仕方無かったのに。お兄様は私を守りたいと、守れなった自分の力不足を悔いていました。あの頃にはもう私を厭う理由があったにも関わらずお兄様は私を守れず、何も出来なかった自分を責めていたんです」


 それだけじゃない。

 お兄様は「わたくし」だって何時も助けて愛してくれた。

 口さがない人間から遠ざけてくれた、自分だってわたくし以上に言われていたと言うのに。

 まだ幼いわたくしの耳に入らないように、自分のように後に理解する事で少しでも傷つかないように。

 

 私になった事で気づいたお兄様の気づかいと優しさに対して私が愛情を抱くのは仕方の無い事だと思っている。

 だってお兄様は私に対して憂いを抱いても、それでも私を守れない事を悔いて下さったのだから。

 私はお兄様を愛している。

 もらった愛情に報いて私も愛情を返したい。

 たとえ、それが今は一方通行となってしまっていても。

 

 私はもう一度微笑んだ。

 今度は私がもらった愛情がどれだけ嬉しかったかを伝えるために。

 するとコルラレ先生が明らかに驚いた顔をしていた。

 此処まで表情が変わる事は珍しいと思ったけど、そんなに変な顔はしてないと思うんだけど。


「だから私――ワタクシはお兄様に恥じぬ妹でありたいのです。疎まれたとしても嫌われたとしても、嘗てワタクシを愛し優しさを注いでくれたお兄様の愛情に報いたい。ワタクシもお兄様を守りたいのです。……それがワタクシの愛情の示し方、なのかもしれません」


 『日本人』は基本的に愛情を言葉にする事は得意じゃないと思う。

 親友みたいに表裏も無くて、自分の気持ちに素直過ぎる人間ならば日常の会話に愛情を相手に示す事も苦じゃないと思うし、実際普通の会話に『愛している』も『好き』も混ざっていたし、その時の親友の素直な気持ちだった訳だけど。

 私はどっちかと言えばそう言う『日本人』の気質を受け継いでいるはず。

 だから親愛だとしても「愛している」と言うのは気恥ずかしいモノがある。

 だけれど、口にしないと伝わらない事もあるんだと言う事も分かっている。

 言葉を惜しんじゃいけない時も存在するのだと言う事を私は知っている。

 だから私の心情を素直に口にした。

 だってコルラレ先生以外は私の心なんて推測できないし、そのコルラレ先生に関しても今回は推測していないみたいだし。

 言葉にしないと誰にも通じない上、私の言動が「献身的」の一言で片づけられてしまう。

 そんなの嫌だったから比較的素直に全てを話したんだけど。


 何故、沈黙?


 私の話が終った後部屋は沈黙に包まれていた。

 もう話は終わったのだし、それに対して何かしらの言葉が無いと困る。

 私が話し終えたのに、私が次の話を切り出すって何か変だと思うんだけど。

 えぇ、どうしろと?

 ……あれ、なにこれデジャブ?

 結局デジャブを感じつつ私は黙るという選択をするしかなかった。 


「……愛情、か」

「はい」


 長い沈黙の後先生が言ったのはそんな一言だけだった。

 何か葛藤しているかのような沈黙に私も何も言わない、というか言えない。

 それだけこの沈黙が続くのだろうと僅かに心配になった時コルラレ先生はようやく顔を上げた……物凄い渋い顔で。

 いや、確かに世間一般での感覚では私の考えはちょっとおかしいかもしれないけどさ。

 其処までの顔される程可笑しな事でもないと思うんだけど。

 ほんとーに不味い所は言ってませんけど?

 ……え? 何なんですか? もしかしてこの程度でもこの世界ではヤバイ人レベルでおかしいとか?

 まだこの世界の常識とかそう言った事が疎かな部分があるから、怖いのですが。

 さっきとは違い戦々恐々とした面持でコルラレ先生の言葉を待っていると先生は何故か盛大なため息をついた。

 ……何事ですか?


「……今後も無茶をやめるつもりはないと言う事は分かった。それと同時に捻くれた思考回路を持っていると言う事もな」


 ――先生にだけは言われたくはないのですが。


 ほんとうに先生にだけは言われたくはない。

 私よりも複雑怪奇で捻くれた思考回路を持っている先生にだけは。

 ほら、後ろでツィトーネ先生も呆れていらっしゃいますよ?


「どっちもどっちだと思うがな」


 ……ツィトーネ先生も酷い!

 捻くれている自覚はありますが、これこそ「お前が言うな!」だと思うんですが。


「子供仕様で甘くしていたがその必要もなさそうだな。分からず無茶をすると言うなら指摘し改善する事ができるが、分かっていて無茶をするならするたびに説教なり躾なりをする他あるまい」

「まさかの物理ですの!?」


 思わず飛び出す淑女らしかぬ私の応答をコルラレ先生は鼻で笑った。

 ただし私の対応では無く私の言葉にだけど。

 

「それが嫌ならば学習すればいいだけの話だ。……捻くれている思考の矯正に関しては私の業務外だ。他の人間に頼め」

「しかも放置ですの! ……ああ、いえ。確かにワタクシはワタクシの思考を改める気はありませんし、今後改めると判断したとしても先生にだけは頼みませんわね」


 人嫌いの厭世的な人にカウンセラー代わりをやってくれとは口が裂けても言えない、というよりも言いたくない。

 至極素直な感想だったのだけれどコルラレ先生には嫌味だと思ったらしくて――ツィトーネ先生は無音で大笑いしていたので同じように受け取ったと思います。器用ですね、ツィトーネ先生――口元を吊り上げるのに目は笑っていないという恐ろしい笑顔になると私の頭に手を置いた。

 次の瞬間思い切り下に力を込められ、御蔭で私は突然の力に準備も無く頭を下げるような形でもがく羽目になってしまった。


「(痛いです、コルラレ先生!)」


 外見は幼気な女の子ですよ、私!

 理不尽という感情が大半を占める中、少しだけ違う感情がある事に私は気づいていた。

 それはコルラレ先生の珍しい行動に対しての驚きの感情だった。

 潔癖症まではいかない……ううん、【錬金術師】である以上潔癖症では無いだろうけど、人限定の潔癖症と言えばよいのか。

 つまり人と接触する事を比較的避けるコルラレ先生がツィトーネ先生以外にする必要のない接触をする事が少しだけ不思議だったのだ。

 だって、今のは私に触れる必要は無い。

 嫌味と取ったならば倍の嫌味を返せば良いのだ。

 先生の豊富な語彙と頭脳ならばそれが可能であるのだし、態々私を物理で黙らせる必要は無い……そもそも、もがいている私は決して静かではないだろうし。

 コルラレ先生の思いがけない接触に驚きの感情を抱くなと言うのが無理だった。

 一体どんな気まぐれを起こしたの云うのか。

 毎度の事ながら聞いても答えてはくれなさそうである。


「……ともかく魔力の枯渇に関しては懲りたはずだな? 今後は無様に倒れないよう注意する事だ」

「善処いたしますわ」


 一応返事だけは良い子の返事をしておく……ま、『地球』では「いいえ」の意味だけどね。

 無茶をしないとは言えない。

 ただその内命の危機に直結しかねないからある程度は気を付けるつもりなんだけどさ。

 リアに悲しい顔や自分を責める顔は見たくないし。

 そんな気持ちで答えたんだけど、コルラレ先生の反応は先程と同じく強制謝罪姿勢でした……つまり頭を押さえつけられたって事なんだけどさ。


「(やっぱり先生には思考が読まれている気がする。一体なんでなんだろうか?)」


 本当に【読心術】なんていうスキルが存在しているんだろうか? とか他色々とコルラレ先生に大きな疑問を残して、私の初魔力不足による気絶事件は幕の閉じたのだった。



 この時の私の心情の暴露が今後人間関係に大きな変化を齎すんだけど……それを私が知るのは少しの時間を必要とするのであった。








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