第21話【錬金術】の開始と私の悩み事(3)




 私の答えを聞いた先生は微かだけど満足そうな表情で頷くと一冊の本を空間から取り出して渡してくれた。

 本はどうやら【錬金術】の本らしく、ようやくこれで座学か、と思ったのだけれど、どうやらまだ外でやるらしい。

 【錬金術】で基本的に屋内で学ぶと思うのですが……あぁはい、生徒の分際で口は出しません。

 よっぽど変な事をしない限り私は先生に従いますとも。

 私は本格的に青空教室になる事を覚悟した。


「【創造錬金術】を使いこなす際に必要な才能。それは【抽出】と【注入】だ」


 此の世界での【創造錬金術】とは凄く簡単に言うと複数の物質を掛け合わせる事により全く違う「何か」を創造する術である。

 

 『ゲーム』においてヒロインが使う事が出来たのは【創造錬金術】だけだが『地球』で云う錬金術とは大分雰囲気が違うのだなぁと思った事を覚えている。

 『地球』においての錬金術は学問だった。

 至上命題は似ている気がする。

 『地球』での錬金術においての至高命題は「卑金属から金属を生み出す事」や「魂や肉体を完全な状態で錬成する事」を科学的手段を用いて成す事だった。

 そう、錬金術は科学的手段を用いる、当時においては最先端科学技術だったのだ。

 現代においては魔法のように勘違いされる事も多かった気がするけど。

 まぁこの世界では魔力を人の力で扱う事を模索した結果生み出された術の一つって感じだけど。

 『ゲーム』でも様々なモノを創り出す術を【錬金術】と称していると云う認識で良かったと思う。

 

 この何かを創造する際に魔力を必要とし、更に【抽出】と【注入】の才能が無いといけないらしい。

 さっきやった事を考えると魔石から魔力を引き出したのが【抽出】で違う魔石に魔力を注いだのが【注入】って事になるかな。

 

 先生の説明を私なりに解釈すると、こうなる。


 【創造錬金術】は基本的に【鍋】に材料を投下し魔力を注いで創造する。

 けれど魔力を注ぐ前にする事がある。

 それが【抽出】である。

 複数の材料が持つ魔力は属性によって反発するし場合によっては魔力を帯びる事によって必要成分が拒絶反応を示す可能性がある。

 そういった反発を少なくするために属性を帯びた魔力を取り出し【鍋】に付いている魔石へと一時的に保管しておく。

 ただし【抽出】した魔力を体内で循環させて精製する事は可能だし、さっきやったように増大させてから【鍋】の魔石に置いておく事も可能だ。

 その上で創造する際無属性の魔力を注ぎ込み形作っていく。

 途中で投下する際も同じ手順である。

 投下直前に魔力を【抽出】し魔石に置いておく。

 そして最後に【鍋】に蓋をすると仕上げとして魔石においてあった魔力を全て【鍋】に【注入】する。

 この際反発するかもしれない、真逆の属性魔力に【鍋】の中で爆発にも近い反応が起るかもしれない。

 だが、それは仕方無いのだ。

 その『化学反応』じみた反応こそ【鍋】の中で何かが創造される証なのだから。

 入れる前の材料が帯びた属性が【火】と【水】なのに出来上がると【風】になるなんて事もあるから、一体どんな『化学反応』が起っているのやら謎である。

 

 ただこれはあくまで基本だから途中で【抽出】した属性魔力を【注入】したり、出来上がって取り出した後に【注入】する事もある。

 そこら辺は応用編と云った所らしいけど。


 錬金術は魔法ほどイメージを必要とはしない。

 必要なのは未知のレシピを生み出す際めげない強い心と根気と努力である。

 オリジナルの調合は全てが真っ白な状態から始まる。

 それを形にするために何百通りの調合をこなす事が出来る強い心と途中で諦めない根気と全てをなしえる努力。

 それが【錬金術】を学ぶ上の絶対に必要なモノである。

 

 ……そりゃ根暗な研究職と云われるよね。

 私はそう言った根気の要る作業大好きだけどね。

 

 ああ、後全ての作業を【鍋】で行う訳じゃない。

 ほら、材料の草っぽいモノをすり潰したり、蒸留した水を使うための蒸留とか、出来た何かを磨き上げる時とか。

 そう言った時には魔力も必要無いし【鍋】で行う事はしない。

 まぁ属性を帯びた水――『ゲーム』では【属性水】ってまんまの呼び方だったけど――とかはやっぱり【鍋】を使ったりするんだけどさ。


 とまぁ『ゲーム』では簡単にやっていたけど、実際はこう云った工程を踏んだ上でようやく完成に至るらしい。

 だから【抽出】と【注入】が出来ない人間は錬金術を使いこなす事は出来ないと言う事らしい。

 そりゃそうだ、と思わざるを得なかった。

 けれど錬金術の才能ありと云われた人間は基本的にどっちも出来そうな気がするけど。

 私は出来るから【ステータス】においてスキルに錬金術って載ってるんだとばかり思っていたし。

 そこら辺の疑問はコルラレ先生が教えてくれた。

 

「確かに錬金術の才能があると示された人間は全員ドチラも使う事が出来る。両方を合わせて【錬金術】というスキル扱いなのではないかと云われている。ただしドチラかが、あるいは両方が連続使用出来ない。出来ても少量ずつ過ぎて実用的では無い。そういった可能性がある。そう言った場合は【創造錬金術】を学ぶ事は諦めた方が無難だ」

「……そんな事もあるのですね」

「幸いにもお前は全く問題が無かったがな。――【錬金術】のスキルを持たない人間はドチラも実用出来る程の力は無い。ただ魔術師は【抽出】だけは扱える可能性がある。その場合魔石から魔力を【抽出】し魔法を発動する事が出来る」

「その手の魔術師も厄介なんだよなぁ。自分の中からじゃなく外からも供給出来るから傍から見ると魔力が無限にあるように見えるからな。……ちなみに嬢ちゃんの母親であるラーヤもその類いの人間だ」

「お母様がですが?」


 え? お母様ってそんな事も出来るんですか?

 『予備電池』がある状態って……私が出来るのかなぁとぼんやり考えていた事なんだけど。

 どうやら此の世界では既に当たり前の常識だったようです。


「オーヴェが【注入】した魔石を使って途切れず魔法を発動させて魔物をぶっ倒すラーヤの姿は圧巻というか何と言うか……俺、ぜってぇコイツ等には逆らわねぇぞと思ったもんだ」


 お、お母様。

 私、お母様だけはまともだと思いたかったです。

 けれどよくよく考えて見ればお父様のような方と結婚出来るような方ですもんね。

 普通じゃやってけませんよね。

 けれど知りたくなかったです、お母様のやんちゃ時代なんて。


「【創造錬金術】を辛うじて学ぶ事は出来る。が初級の創造だけで人の倍以上の時間や材料が必要なのでは続ける事は困難だろう。そう言った人間が【付加錬金術】に流れる事がある。最初から【付加錬金術】を選び学ぶ人間の方が多いがな」

「そういった奴は基本的に【創造錬金術】を使いこなす人間に対して妬みやらがヒデェ。性格ねじ曲がっている奴が多いから妙に突っかかってくる奴も多いしな」

「全く嘆かわしい事だがな。そして最初から【付加錬金術】を学び研鑽している人間に対して失礼な言動でもある事も理解出来ないお粗末な脳をしている人間が殆どだ」

「コイツやオーヴェも良いだけ絡まれたし嬢ちゃんも覚悟していた方がいいかもしれねぇな」

「……分かりましたわ」


 そんな覚悟したくないなぁ。

 けど何処にもどうしようもない人間はいるって事だよね、結局。

 【錬金術】のスキルを持ちながら期待していた【創造錬金術】を学ぶ事が困難だという絶望感は分かる気がする。

 けれど、それを他者に当たったからと云ってどうなんのさ。

 錬金術や錬金術師に人生の全てを奪われたとか歪められたとか云うなら同情くらい出来るけど、其処までの思いを持って因縁を付ける人間なんて早々いないだろうしね。

 私だってもし同じ立場になったらグズグズになる可能性は高いけど、少なくとも【創造錬金術】を扱う人間に無駄に絡んだりはしない。

 ……と云うよりも吹っ切るまで一切関わらないし視界にも入れない気がする。

 それはそれで絡むよりも非道かもしれない。

 けどさぁ、人様に迷惑は掛けないよ……多分ね。

 そう言った時にそんな言動しか取れないなんてある意味で哀れだなと思うけど、まぁ絡まれても無関心であしらうだけだと思う。

 そんな人でなしな事を考えているとコルラレ先生が私をじっと見ていた……ただしマッドな目では無く先生としての目だったから素直に見返す事が出来たんだけどね。


「お前の場合【創造錬金術】だけでは無く【付加錬金術】も同じく扱えるはずだが、どうするつもりだ?」


 それは多分【創造】のみとするか【付加】のみとするか……ドチラも取るかという意味なんだと思う。

 今までコルラレ先生は私が【創造錬金術】を学ぶ事を前提に話していたと思うだけれど、どうして此処で選択肢を与えられたのだろうか?

 と、思う気持ちは当然あるのだけれど、そこら辺は別にどうでも良いと言える。

 先生の思考を読み切る事が現状不可能である以上、其処を考えても答えは出ないし意味が無いって事でスルーした方が賢明だと思う。

 そうなると問題はその三つの選択肢でどれを選ぶのかという事だ。

 【創造錬金術】を外す選択肢は無い。

 私は「私」になった時から【創造錬金術】を学び生きたいと思っていたのだから。

 優先順位の第一に何時までも君臨するであろうそれを外すなんて選択肢すら要らない。

 だって私はそれを学ぶ事を許されたのだから。

 ならば【付加錬金術】はどうだ? と云われると悩んでしまうのが正直な所だった。

 『ゲーム』では簡易的な説明と共に他者が行うスチルを見るに留まっていた【付加錬金術】

 それが実は私にも扱えると云われた時「学べば便利そうだ」とは思ったのだ。

 【採取】の際身を守るために武器を持つ事は必須。

 複数で動くにしても足手纏いなりの行動ってモノがあると思う。

 その際【付加】された武器を提供する事も又【錬金術師】がパーティー内にいる醍醐味って奴じゃないかな、とも思う。

 だと言うのに一々他者に頼むのはメンドクササが先立つ。

 勿論学び極めるつもりなのならばどっちも手を抜く事は許されない。

 どっちつかずになる可能性も十分ある。

 だがそれでも学ぶだけの価値が【付加錬金術】にはあると思う。


「(私が学び研究したいのは【錬金術】だしね)」


 【創造錬金術】も【付加錬金術】も等しく【錬金術】であり体系の違いしかない。

 なら私は……――


「――……それがどれだけ困難な道だろうと【創造錬金術】と【付加錬金術】の両方において手を抜かず遥か高みを目指して精進致しましょう」


 先生達に微笑みかける。

 不安は見せない。

 だってこれはきっとかなり無茶な選択肢だろうから。

 此処で少しでも不安そうにすれば其処を突かれて二択を迫られる。

 ならば今はこれで良い。

 未来を見据える事が出来ない大馬鹿者に見えるかもしれない。

 欲張りな傲慢な人間に見えるかもしれない。

 けれどそれがどうしたと云うのだろうか?

 私はまだ子供なのだから子供らしく大言壮語を吐いて無邪気に笑えば良い。

 笑顔の裏に潜む覚悟は私だけの中で秘めれば良いのだから。


 私の発言を先生方がどう取ったかは分からない。

 けれどツィトーネ先生は豪快に笑っていたし、コルラレ先生も溜息をつきつつ負の感情は見えなかったから、これはこれで正解の答えって奴なんだと思っているけど。


「本当にオーヴェの子供だな、嬢ちゃんは」

「そっくりに育つかもしれんと考えれば頭が痛い所だな」


 ……そして私の中でお父様とお母さまのキャラがブレブレなんですが、一体御二方は何者なんでしょうね?

 我が親ながら謎だらけです。

 一度学生時代の話など聞いたら面白いのかもしれないけど……学園への変なイメージが付きそうだな、とも思います。

 

「(どうしよう。学園に行ったら先生方も含めた武勇伝で溢れていたら)」


 ある意味で注目を浴びそうなんですが、そこら辺どうなんですかね?


「【創造錬金術】と【付加錬金術】を共に学ぶ事は可能だ。先にどちらかを学び、その後にもう片方を学ぶ事も可能だが……問題はなさそうだな。それでは此方も平行して教える事にしよう」


 コルラレ先生の言葉に笑顔で頷いた時、私はふと視線を感じた気がした。

 あたりを見回し感じた視線の先を探す。

 するとお兄様が自身の工房の中から此方を見ている……そんな気がした。

 私がそっちを見ると直ぐに視線をそらしてしまい後ろ姿しか見えなかったけど、多分お兄様は私達を……私を見ていたんじゃないかと思う。


 実はお兄様からの視線は今回が初めてじゃ無かった。

 実技を外で行っている時、時々視線を感じ、辺りを探ると決まってお兄様の離れの方から感じた。

 だから多分お兄様が私を伺っているんだと思うんだけど……。


 私とお兄様の間は未だに改善されていない。


 むしろ悪化しているかもしれない。

 お兄様はこうして時々私を見ているけど話しかけてくれる事も無いし、多分避けられている。

 私はお兄様が私を見ている事をこうして知っているけど自分から話しかける事は無い。

 互いに何をしているか知っているのに行動には出ない。

 私はお兄様と向き合い拒絶される事の恐怖から、どうしても一歩を踏み出す事が出来ない。

 それはクロリアに対して抱く恐怖とは「恐怖」という言葉は一緒でも少しだけ違った。

 人に説明する事は難しいけど見逃す事の出来ない恐怖の違い。

 けれど共通している事もある。

 それは私はクロリアとお兄様に拒絶される事を恐れる心を抱いているという事だった。

 私にとって二人とも大切な人間だから、そんな人間に拒絶されるのが怖い。

 先延ばしにしても解決は決してしない、けれどとても大きな覚悟が必要な事柄だった。


 お兄様が私を避ける理由は分からない。

 クロリアと違って私が振り向けばお兄様はもう背を向けているから。

 そういう意味ではクロリアはとても分かりやすいな、と思った。

 最近はお兄様だけじゃなくクロリアの視線も感じるのだけれど、クロリアは私が視線を探り、そちらを向いても背を向けたりはしない。

 ただじっと何かを訴えかけるように私の目を見つめるだけだった。

 だからクロリアの望みは何となく分かる。

 彼女はただ自分を遠ざける現状に対しての説明が欲しいと思っているだけ。

 自分が何かをしでかしたかもしれない、けれどそれにしては家から追い出される事はない、じゃあ違う理由があるのか?

 そう思い私の口から真実が紡がれる事を待っている。

 本当にクロリアは無表情だと言われているらしいけど、分かりやすいと思う。

 彼女は目で語る娘だから。


 本心を読み取る事の出来ないお兄様。

 私の口から紡がれる言葉のみを求めるクロリア。

 

 どっちも私の大切で、だから語る事が怖い二人。

 

 ……はっきり言って悪循環に陥っている自覚はある。

 いっその事全てをぶちまけてしまおうかと思う程度には行き詰まっている自覚も。

 全てから逃げてしまいたい衝動に襲われる事だってある。

 ただ今の私は腐っても公爵令嬢。

 「市井に行き平民になります!」と言って「はい、そうですか」と言われるはずがない立場にいる。

 前世の記憶を有するキースダーリエが公爵令嬢でなければ、そもそも錬金術なんて学べないかもしれないから、この家に生まれた事を疎む事もできないんだけどね。

 

「(お兄様は何をお考えになっているか分からない部分が多すぎるのだけれど、幸いにもクロリアの求める事は分かっている。だからそれを告げれば良くも悪くも物事は動く。そうしてしまえば流れに身を任せる事だって可能になるはず、だけど)」


 「キースダーリエ」の絶対的な味方であるクロリアに納得してもらえる言葉が思いつかない……ここでこうやって策を弄してしまうのが不味いのだろうか?

 真っすぐぶつかるには私は嫌な面で大人過ぎるのかもしれない……体は子供だけど。


「キース嬢ちゃん?」


 お兄様の離れをじっと見ていた私にツィトーネ先生が不思議そうに声を掛けて下さった。

 私は今まで考えていた事を思考の端に押しやると何時ものように先生方に向き直る。

 けれど私とお兄様との事を知っているのか先生方は講義を進める事無くじっと私を見ている。

 ……私が相談事して話し出すのを待っているのだろうか?


「(まさかね。其処までの好を先生方と結んだ覚えは無いし)」


 一瞬だけ考えなくも無かったが、まぁあり得ないだろうと結論づけると私は微笑み講義の先を促した。


「何でもありませんわ。中断してしまい申し訳ありません。……講義を続けて下さいますか?」

「……いいのか? 続けて?」


 恐る恐ると言った風情で聞いてくるツィトーネ先生に私は苦笑する他ない。

 どうやらツィトーネ先生は根っこでは結構お人よしのようである。

 私は高々生徒の一人でしかないのに。

 あるとすれば友人であるお父様とお母様の娘であると言うだけの私の心配までしていては先生も気苦労が絶えないだろうに。

 コルラレ先生は厄介事だと理解して問いかけてこないというのに。

 

「(多分、この場合はコルラレ先生の方が正解だと思いますよ、ツィトーネ先生?)」


 相談するべき事柄でも無いし、そもそも最適解は出ているのだから。

 それを最適解と思いたくはない私が足掻いているだけで。

 ……それもそろそろできなくなっているのだけれど。

 

 私はコルラレ先生は関わって来ないと思っていたし、本来ならそれが正解だと思う。

 けれどコルラレ先生もまた私の対応に思う所があったらしい。

 だってコルラレ先生がツィトーネ先生に対してだとしても私の考え事に対しての意見を口にしたのだから。


「……すべき事を分かっているが、それを選ぶのには相当の覚悟がいる。そんな状況の人間には何を言っても無駄だ、ツィトーネ」


 コルラレ先生の言葉に私は驚き目を見開く。

 今、私はかなり正確に思考を読まれた。

 今まで誰にも言っていない、つまり全くゼロの状態であるはずなのに。

 一体私の何処を見て其処まで正確な私の思考を導き出したのだろうか?

 心を読めるスキルがある訳でもあるまいし、不意打ちだった。

 後、少しだけこの件においてコルラレ先生が口を挟むとは思わず驚いたというのもある。

 コルラレ先生はこういった厄介事は嫌いそうだと言うのに。


 複数の驚きの感情は素直に表情に出ていたらしく、コルラレ先生は眉間に皺が寄り私を見下ろした。

 どうやら複数の驚愕の幾つかをかなり正確に読み取られたらしい。

 

「(失礼だけど、コルラレ先生は人の機微には疎そうなのに……人に興味が無くて)」


 私が分かりやす過ぎと言う事もないと思う。

 だってこの件に関してはかなり慎重に理由を悟られないようにしていたのだから。

 私の悩む理由が分からなければ先程のような思考を読む事なんて出来ないはずなのに。

 ……聞いても教えてくれなさそうですね、コルラレ先生。


 私には先生の表情を読む事は難しい。

 特に今の様に一つの感情が前面に出ている時は。

 普段の先生も十分読みづらいけどね。

 そして先生は先程ので最後では無かったらしく、表情は変わらず言葉を紡ぎだす。

 雑談のような場面で先生が私にこんな長く話しかけるのは何気に初めてだな、とちらっと思いつつ視線は先生に向けていた。


「進んでしまえば気が抜ける程簡単に進める。が、命の瀬戸際にいる訳でもあるまい。考える時間は無駄だが誰の迷惑にもなる事はない」

「……そうですわね」


 これは慰めと取っていいモノやら。

 考えるだけ無駄だと言われているようであり、一瞬の判断で物事を進めないといけない事態でもないので好きにしろと云っているようでもある。

 それ故に私の納得するまで悩んでもいいのだと……最大に好意的解釈をすればそう取れなくもない。

 ただしかなり好意的に解釈をすれば、の話である。

 表面上を浚えば時間の無駄だからうじうじ悩まずさっさと進めば良いモノを何を留まっている? と言われて気がしないでもない。

 そして残念な事にコルラレ先生の場合後者の可能性が高いと思った。

 

「覚悟を決める時間も場合によっては無駄だがな。そのような時間を持つくらいなら少しでも勉学に当てれば良いと思うのだが?」


 両方を取るという事はそういう事だ、と言い切られた私は自分の口元が引き攣っていないか心配だった。

 コルラレ先生の言っている事はまぁ分かるし正論って奴だと思う。

 けど先程私の心境を結構正確に読み取った上でこういうとは。


 背中を蹴り飛ばした上「お前の悩みなど考えるだけ無駄だ」と言われてる気がしてくる。

 先程までの最大限好意的解釈すら挟む事は出来ない、まごう事無き嫌味である。

 先生は結局私の心境を読み取ったのか、そうではないのか? はっきり言って分からなくなってしまった。

 ただ嫌味を言われたという事実だけは分かるけど。

 ……少しばかりやり返してもいいでしょうかね?


「……悩む事も年若い者の特権だとは思いませんか、先生? 悩みもせず自らの道を欠片も疑わない人間程踏み外した時の反動は恐ろしいモノですもの。人は悩み考える頭脳を持ち合わせおり、若き者は悩む事も必要ですわ。先生とて昔は思い悩み思考を巡らせたのでしょうしね? ワタクシも年若き者の一人として思う存分悩みたいと思います。幸いにも悩む事で命の危険はありませんし、ね」


 言われた事がどれだけ正論でも、言われた事に共感し、少しだけでも好ましい感情があった事は確かですが、嫌味を嫌味と分かるように言われて大人しく微笑んでいる事が出来る程大人にはなれません。

 子供っぽいと言うなら言えば良い!

 けど嫌味にはやっぱり嫌味で返せてこその貴族令嬢です……え? 貴族令嬢と言うモノを勘違いしている?

 そんな事は無いと思う。

 だって表向きは笑っていようとも、言葉に含ませた行間で罵りあいをするのが貴族令嬢の社交でしょ?

 ですから私は貴族令嬢として淑女らしい対応をしたいと思います。

 ……貴族や淑女について間違った認識だってのは知っているけど、そういう側面が全くないとは言わせない。

 腹の探り合いがデフォなのは事実だし、ね。


 そんな私の嫌味をコルラレ先生も過不足無く受け取ってくれたらしく、口元が僅かに上がったのが見えた。

 目が笑ってないので結構狂暴なご面相になってますけどね、先生。

 隣のツィトーネ先生の何とも言えない複雑な表情も気になりますが?

 何と言うかやっちまったなぁ的な感情に哀れみの感情がみえるような?

 何故ここで哀れみなんだろう?

 ……うん、それは直ぐに分かった。

 コルラレ先生に言い渡された課題によって。


「ではまず【付加錬金術】についての課題だ。……石に【初級】の【付加】を掛けた物を創り出せ。石に関しては入手するにしろ【錬成】するにしろ自由だ。だが中途半端な【付加】では合格は出ない。早々に悩み事に片を付けて専念する事だ。……微量の【攻撃力増幅】程度では合格にはしないと思っておけ」


 ……先生? 本を読む限り最初の【付加錬金】はステータスには関わらない色の変化などになっておりますが?

 行き成り実践に耐えるレベルの代物を創り出せと?

 そしてさらっと悩み事の方を片を付けろと言いましたね?


「(酷い。ちょっと言った嫌味の代償がこれとか。そりゃツィトーネ先生が私を憐れむ訳だわ!)」


 今から負けを認めても課題変わらないよね?

 ……はい、頑張ります。

 そして次、コルラレ先生に喧嘩売る時は気を付けます。

 二の舞を演じる醜態は晒しません。

 ……次がないとは言わないけどね!


 後に分かる事だけど、こうやってコルラレ先生が嫌味を言われて返すのはそれなりに距離が縮まった証なんだって。

 難儀な性格をしているコルラレ先生は他者拒絶の人嫌いだから、嫌味なんぞ聞き慣れてる訳で。

 嫌味を言われても聞き流してしまうのが常らしく、私にしたみたいに嫌味の返礼みたいな事をするのは稀であり、それなりに距離を近づけた事になるらしい。

 確かに交流を持つ必要性はあると思ったけど、こんな形で分かりたくなかったかな!?

 ……まぁこれを知ったのもコルラレ先生ともっと気兼ねなく嫌味や普通の会話を交わせるようになってから、ツィトーネ先生に聞いた事だったんだけどね。

 

 そんな日が来るまでもう僅か……かな?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る