第20話【錬金術】の開始と私の悩み事(2)
クロリアの事、お兄様の事……そして多分お父様やお母様だって私があの日から何か変わったと分かっているはず。
私にとって大事な人達に私は私だと思ってもらうにはどうすれば良いのか?
それはまだ分からないけど、それを考える余裕は無い。
より正確に言うならばその暇を私が私に許していない。
ある意味無理矢理錬金術に意識を向けている状態だと思う。
けど私が錬金術に強い興味を抱いているのは本当だし、学び、研究したい優先順位に置いて一番なのも事実である。
ただ一点の曇りもなく晴れやかに錬金術を学ぶ事は現状難しいというだけで。
色々考える事はあるけど、取りあえず意識を錬金術へ持っていく。
基礎をきちんとしない事には何も出来ないのだから。
とは言え何故か私は離れの前の庭にいるんだけどね。
あれ? 私、これから錬金術を学ぶんだよね?
いきなり【大鍋】を使った実践とまではいかないけど、机に向かって本を開く事になるとばかり。
相当不思議だという表情をしていたらしい。
ツィトーネ先生……そういえば、実技指南の先生なのにいますね、先生。
最近コルラレ先生とセットでいるから違和感を感じなかったけど錬金術の座学をするならツィトーネ先生は居なくてもいい気がする。
机に向っての御勉強はあまり好きじゃなさそうだし。
まぁそこら辺はともかくツィトーネ先生は苦笑いを浮かべているしコルラレ先生は全くの無表情だから読みづらいけど、少し呆れている……気がしなくもない。
「(察しの悪い生徒ですみません)」
心の中で謝り青空教室の始まりを待つ私。
コルラレ先生も私が聞く体勢に入ったのを見て講義を開始した。
「今日から錬金術の講義に入る。だが錬金術においては講義を始める前に見極めなければいけない事がある」
「【属性検査】以外にですか?」
「そうだ。錬金術には【旧式】と【新式】が存在する。本来の錬金術は【旧式】……現在では【古式錬金術】と呼ばれていて、あらゆる物体を創造する事を可能とする能力であり至高命題は「物質変換――賢者の石」を作り出す事だ。ただ【賢者の石】は既に創られているが故に錬金術とはあらゆるモノを作り出し人の営みを向上させるためにその能力を使う職業の一つとして認識されている」
「現状では魔術師や剣士なんてのと同じ分類扱いだ。まぁ研究者の側面が色濃いのは間違いねぇよ。学園の錬金科もそう言った研究者の巣窟だったしな」
「ならば騎士科はバトルマニアの巣窟だったではないか」
「まぁな。否定しねぇよ。魔術科は魔法オタクの集まりだしな!」
「……身も蓋もありませんわね」
いや、本当に。
言いたい事は分かるし間違ってないだろうけど、私一応学園に夢見る子供なんですが。
希望も何もかも吹っ飛びかねない会話は止めて下さいませんかね?
いや、無理か。
リアリストのコルラレ先生が子供の夢に考慮してくれるとは思えない。
実際、この部分の会話だけ聞くと学園は変人の巣窟になる……更に残念な事に学園については多分、そうなんだろうなぁとは分かってしまう所だった。
他の子供達と共に期待と希望を胸に学園に入学したかったのですが、どうやら無理のようです。
「だが事実だ。……【旧式】という言い方は私は好かないので【古式】と呼んでいる。名称の呼び方に関しては基本的に拘りを持つ人間は多くない。私のように些細な理由で其方の名称を使っている事が殆どだ。逆に拘る人間には気を付ける事だ。アイツ等は妙な因縁を吹っかけてくる事が多いからな。……ともかく【古式錬金術】の才能があるかどうかを見極めるのがまず錬金術を学ぶ上で必要なのだ」
「【新式】については見極める必要はありませんの?」
「【新式】は【古式】の才に乏しい人間が【付加】の技術を編み出し【新式】として体系化したモノだ。そして此方に関しては問題はない。魔力を持ち【魔法陣】を詳細に読み取る目があれば学び扱う事が出来る」
「……分かりましたわ」
最悪【精霊眼】を鍛えれば【魔法陣】は見えるって事かな?
あーけどスキルを使ってない状態でも【魔法陣】を見えたっけ。
けどあれって詳細に覚えてないし覚えるのは無理だと思うけど。
実は『ゲーム』ではヒロインは【古式】しか使わなかった。
先生の話を聞く限り【新式】をヒロインが使えない訳じゃないと思うから、システム上使わなかったって事だと思うけど。
だから【新式】は錬金科の他の学生が使っている時に説明されただけだった。
【新式錬金術】とは武器やアクセサリー、衣服など様々なモノに【付加】を付ける事が出来る能力である。
勿論私が普段言っている【古式錬金術】でも何かを作った際に能力値や属性をプラスする事は出来た。
けど【新式】の場合は既に完成されたモノにも【付加】する事が出来るのだ。
その【付加】は様々で武器の強度を高めたり【属性】を付け加えたり、凄いのだと少しずつ体力を回復させる魔法を掛けたりっていうのもあった。
他人の手で鍛えらえた武器にも普通に【付加】できたから魔物が落とした武器に【付加】をかける事も可能だったし、結構使用範囲は広かったと思う。
もしかしたら極めたらしゃべる武器でも作り出せるかもね?
けど、それが実は【古式】の才に乏しい人間の創意工夫の上の代物だとは知らなかった。
とは言え【新式】として体系化までしているんだから編み出した人の努力は計り知れない。
相当苦しくて厳しい道を進んでいたんじゃないかな。
「(何と言うか私が【古式】の才に乏しく、別の道を模索する事が出来るとしたら同じ事をしそうだけど)」
もしかしたら【新式】を編み出した人は私以上に錬金術に恋い焦がれていたのかもしれない、と思った。
「さしずめ【古式錬金術】は【創造の錬金術】で【新式】は【付加の錬金術】と言う事ですのね」
「おっ! それ分かりやすいな。【創造錬金術】と【付加錬金術】って言えばいいって事か」
「……【旧式】【新式】よりも分かりやすいと言えば分かりやすいか。ただ【古式】を否定し【新式】のみを尊ぶ人間は【旧式】という呼び方で留飲を下げていた部分があるからな。呼び方の定着化は難しいかもしれんな」
「何処であろうとも愚かな人間はいると言う事ですわね。……別に呼び方はどれでも構わないと思いますわ。ただ要らぬ火種を招くと言うのなら従来通り【古式】と【新式】と呼びますが?」
「いや? 分かりやすい呼び方だと思う。呼び方などあまり注視しないだろうし問題はあるまい。私も今後そう呼ぶとしよう」
「キース嬢ちゃんとパルが呼び名の発祥って事だな」
「シュティンヒパルだ。……さて【創造錬金術】だが、ある才能に酷く左右される。その才能の有無を確認する」
早速【創造錬金術】になってるし。
まぁ呼び方一つで何が起こるんだ? って事なんだろうけど。
私もウルサイ人達に絡まれないなら問題ないんだけどね。
「この才能については説明するよりもやってみた方が早い。まずこれを」
コルラレ先生はそう言うと私の掌に青味がかった石――多分魔石の類――を置いた。
私の親指くらいの大きさの魔石で色合い的に魔力はあまり宿ってない気がする。
ちなみに魔石の魔力蓄積量は色合いの深さによって簡易的に判別が出来る。
水属性を例にすると薄っすら水色かがっているのが殆ど魔力が宿っていない。
段々色濃くなって鮮やかな青色になったらその魔石に込められる魔力はマックスって事になる。
魔石は魔力が渦巻く場所では普通の石も簡単に魔石になる。
けど石それぞれには魔力許容量――魔力キャパシティと言えばいいかな? そう言った上限が存在する。
路傍の石よりも宝石の方がキャパシティは大きい。
後、常に魔力が溜まり渦巻いている場所に長い期間置かれた魔石は少しずつだけどキャパシティが広くなっていくらしい。
ここら辺は数値に表されたモノじゃないので目測らしいけどね。
あー、後魔石に魔力を注ぐ事は出来る、かもしれない。
やった事は無いしそもそも体中を廻る魔力は無色――無属性だろうから、体内に属性を帯びた魔力を巡らせる方法から考えないといけないけど。
けどまぁ無色の魔力を注ぐ事は出来そうだと思う。
その場合ただの魔力タンクと言えば良いのか『予備電池』みたいな役割しか出来ないと思うけど。
いや、考え方によってはそっちの方が使い勝手はいいかも?
そこらへんは追々考えるとして、それらの知識を元に考えると薄っすら青味がかっているこの魔石は色が水色じゃなくて青色だけど薄っすらだから、半分以下の魔力が宿っていると考えればいいと思う。
正直私の家は公爵家だし、お父様は【錬金術師】でお母様は魔術師だから質の良い魔石が普通に手に入る環境にある。
だからこういった中途半端な魔石は初めて見た気がする。
「その魔石を片手で握りしめろ。何方の手でも構わない」
言われた通り右手で握る……ここで利き手じゃないのには一応意味はない、はずだよ?
「意識を集中させろ」
目を閉じる。
意識を早々に集中させるには五感の一つを断てばやりやすい。
ただ戦闘中にそんな事したら死にかねないから素早く意識を集中させる訓練は早急に必要だと思うけど。
考えていた雑念を払い意識を集中させる。
右手がほんわりと暖かい。
「魔石から魔力は感じるな? 石から魔力を引き出す事をイメージしろ」
先生の声に導かれるように右手の魔石に意識を集中させる。
すると魔石から青色の魔力が発せられるような気がした。
勿論目を閉じているから感覚の問題だけど。
その【青の魔力】を手繰り寄せるイメージを浮かべる。
【青の魔力】は結構すんなり私の体の中に流れ込んできた。
それに比例して右手の温もりが消えていく。
どうやら手の暖かさも魔力による錯覚だったらしい。
魔石から魔力が感じられなくなる。
と、同時に私の体中を【青色の魔力】が廻っていく。
それは決して私の体内から引き出される魔力と競合する事無く、交じり合う事も無く平行して共に循環している感じだった。
「(けど、今なら水魔法が少ない魔力で発動しそう)」
【青色の魔力】を使えば少ない魔力で強い威力の魔法が発動しそうだと思った。
そしてスキルである【魔法直感】がそれは事実だと教えてくれている気もした。
何と言うか【魔法直感】ってスキル結構便利だと思う。
効果範囲が広いし、今の所外れないし。
ただ辛うじて魔法って括りになると的中率が下がりそうだとは思う。
是非磨きたいスキルだけど磨く方法がイマイチ分からないのが難点だった。
今考えても仕方ない事は取りあえず思考の隅に寄せると体内を流れている魔力に意識を集中させた。
「左手を開け」
指示の通り掌を上にして開くと、そこに何かが置かれた。
「左手には魔力の宿っていないカラの魔石を置いた。其処に先程引き出した魔力を注げ」
やっぱり魔力を注ぐ事って出来るんだ。
けどどうやればいいかな?
まず【青の魔力】を左手に集中させる。
これは【魔力操作】の類だから簡単に出来た……ちょっと体内を巡った事で【精製】された気がするけど問題はないはず。
魔石を握った左手を【青の魔力】が取り巻く。
注ぐイメージとなれば真っ先にコップに水を注ぐイメージが浮かぶけど、個体に注ぐとなると……石に水を注ぐ感じかな?
石の表面は水を吸い込むしゆっくり注げばある程度は漏れ出ないはず。
そう言ったイメージを浮かべると【青の魔力】が魔石に注がれていった。
全て感覚の話だけど、今魔力が魔石から魔石に移った、と思った。
ゆっくり目を開けると両手の掌に一つずつ魔石があった。
右手は青色が一切消えたただの石ころとなった魔石。
左手は目を閉じる前よりも青味の強い魔石。
まじまじと見ていると左手の魔石をコルラレ先生が取り上げた。
「……成功したようだな」
「これも一発かよ。すげぇな」
「ふむ」
コルラレ先生は魔石を見ていたが再び私の左手に乗せる。
「今度は左から右だな。ただし体内を巡らせるさい自分の魔力を取り出した魔力に混ぜるイメージを追加しろ」
「……分かりました」
無茶ぶりは相変わらずですね、コルラレ先生。
私は再び目を閉じるとまず同じ手順で左手の魔石から魔力を取り出す。
そしてそれを右手に巡らせる間に自分の中に循環している無色の魔力を溶け込ませるイメージを浮かべる。
これは色水に水を入れていくような砂糖水に水を足していくような、ちょっと『地球』では有り得ないけど水を増やして、けど濃度は変わらない事をイメージする。
本当の水って訳じゃないしこのイメージでいいはず。
どうやらこのイメージは間違ってないらしく、【青の魔力】の青味はそのまま量だけが増大する事が出来た。
これなら濃度も濃くする事が出来るかもしれない。
最後に右手の魔石に注ぎ込む。
今度は量が増えたからより慎重に漏れ出ないように注いでいく。
全部注ぎ終わった事を確認して私は目を開けた。
すると右手には色鮮やかな青色の魔石が鎮座していた。
「……成功、ですか?」
「ああ。それで良い」
「すげぇな! 今度は手を開いてたから色が変わっていくのがよく分かったぞ」
ツィトーネ先生、申し訳ありません。
それはただ単に手を閉じるのを忘れただけです。
ですから見せようと思ってしたわけじゃないんです。
……まぁ黙っておいてもいい気がしますけど。
それよりも私はコルラレ先生の評価が気になります。
私は結局【創造錬金術】を学ぶ事が出来るのでしょうか?
私の隠さない疑問にコルラレ先生はふっと笑った……滅多に笑わないので少し驚きました。
そんな私の些細な驚きなど知らない先生は手から魔石を取り上げると口を開いた。
「おめでとうキースダーリエ。お前は【創造錬金術】を学び使いこなすだけの才能を有しているようだ。――お前は虹の翼を創らんがための一歩をこれで踏み出す事が出来る場所に辿り着いた。道なき道を恐れず突き進む勇気を胸に腐る事無く邁進しろ。何時か遥か高みにその手を伸ばす日まで」
厳かに宣言のように告げたコルラレ先生の言葉に私は自然と背が伸びる。
コルラレ先生は言葉以上に全てを持って私に何かを訴えかけてきている。
その全てを読み取る事は残念ながら私には出来ない。
ただ錬金術――多分力と称する事の出来るモノは全て――は心持ち一つで善にも悪にもなる事が出来る。
力を持ち傲慢に振る舞う事で外れる道も逆に力が足りずにふてくされ腐ってしまう事で外れる道、それらは心一つで簡単にその道に足を踏み入れてしまう。
力を得て、それを善にするも悪にするも心持ち一つなのだ。
なら私は覚えていようと思う。
あの時の光景――才能と云う宝石を虹の翼が包んでいた光景――と共にこの時感じた「未来を希望する真っ白で純な気持ち」を。
忘れないように胸に刻み込もう。
錬金術というモノに触れた私の錬金術の原点とも言える“今、此の瞬間”を。
私は真っ直ぐ私の思いを隠さず先生を見据えると宣言するようにしっかりと立ち口を開いた。
「はい。――驕らず腐らず我が心に持っている探求心を胸に遥か高みを目指して邁進する事を誓います」
……これが私が【創造錬金術】の入口に立った瞬間だった。
ちなみにこの宣言っぽい言葉って本来なら学園に入る時に告げられる言葉のアレンジだったりする。
まぁそれを教えてくれたのは先生との関係が改善された後だったけどね。
そしてこの時コルラレ先生が何を思ってこの言葉を告げたか、それだけは結局教えてくれなかった。
……その時の表情は決して暗くなかったし悪い意味じゃないとは思うけどね。
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