第5話【魔力属性検査】を再び
「ダーリエ、行こうか」
「はい、お兄様」
お兄様の手を取り共に歩き出す私。
何と言うか、あの時と全く同じ言葉と行動に私は少しだけ笑ってしまう。
お兄様は私の笑い声に気づいたのか足を止めて私を不思議そうに見る。
けど仕方無い。
数週間前というつい最近全く同じやり取りをして同じ行動を取ったのだから、可笑しく感じちゃったんだよね。
「どうかしたのかい?」
「いいえ……同じやり取りをしたのを思い出して少しだけおかしかっただけです」
けどお兄様の反応は私の思った物とは違って、はっとした後、神妙な顔になって私を見つめてきた。
思わず私もまじまじとお兄様の顔を見る事になってしまったんだけど……お兄様って美形だよね。
あ、いや、空気を読めと言われても致し方ないんだけど、表情から何を考えているか読み取ろうと思ったら顔をじっくり見るでしょう?
そうなるとお兄様の整った顔立ちが思い切り目に入る訳でして。
アールホルン=ディック=ラーズシュタイン。
陽の光を集めたような金色の髪と海のような青の眸をしている『地球』に居たら間違い無く王子様と呼ばれる類いの容姿をしている。
年は私の三歳上なんだけど、その優秀な頭脳と端麗な風貌のお陰で既に好物件として公爵家に婚約者候補の打診が来ているとんでもない人間である。
……知っている理由に関しては使用人とはいえ、女性の噂話は侮れないとだけ言っておく。
外での性格はともかく妹の私を心配して愛してくれている素敵なお兄様である。
これで私が弟だったら話は違ったのかもしれないけど……ううん、お兄様は仮令私が弟だったとしても兄弟として慈しんでくれたはずだ。
この国では基本的に長子相続である。
ただし正室の子という前提が付くけど。
まぁともかく、よっぽど長男がぼんくらでもない限り継承権が移る事は無い。
その代わり長男と次男が共に優秀であった場合次男は新しい家を分家として分けるなど色々救済措置はある。
勿論次男が長男の補佐として家に残るパターンもあるよ?
ただ骨肉の争いを避けるための救済措置としてそういった方法も存在しているって事なだけでね。
この措置は昔王家が次期国王の座を巡り骨肉の争いの末、王家の権威が衰退し、一時期は王国の危機を招いた事があったため、整えられた制度だった。
……側室の子の方が明らかに優秀で正室の子がぼんくら過ぎて側室の子に後を継がせるなんて事もあるんだけれどね?
そこら辺は家を存続させるためにはどうしても起こりうる事だし、その結果やっぱり骨肉の争いが起こる事だってある。
流石に其処までカバーする事は出来ないし、しょうが無い。
実際そういった事が起こった家はその後色々あって家格を下げたらしいけど、そこら辺は噂の域を出ない。
未だ社交界に一度も参加していない私がそれ以上の事を知る術は無いのだ。
「(いやまぁ、知りたいか? と聞かれると知りたいとは言えない所があるんだけどね)」
他家とは言えあったかも知れない泥仕合を好き好んで見たい訳じゃないし知りたい訳じゃない。
とまぁそんな訳でお兄様は正室で私と同母腹だし優秀だし、このまま公爵家を継ぐ事になる。
仮初め私が男で、無いと思うけどかつ優秀だったとしても分家として分けられるだけだし、もめ事が起こる余地は無い。
と、つらつら理由を連ねてみたけど、結局お兄様は私を愛して下さっているから問題無いって直感で思ってるんだけどね。
私はお兄様に愛されているし私もお兄様を愛している。
お兄様だけでは無くお母様もお父様もリアも……ラーズシュタイン公爵家の人間を私は愛している。
家格的に何時か利益をもたらす家に嫁ぐ事が決まって居ても、それでも私が此の家を人間を愛している事は揺るがない。
自由恋愛が主だった『地球』の価値観に近しい感性である私にとって政略結婚は色々ハードルが高いけど、それはこれから年齢を重ねる上で覚悟を培うしかない。
……せめて人として尊敬出来るとか、恋愛感情じゃなくても親愛だとしても愛情を抱ける人がいいんだけどね。
婚約者候補だとしてもほぼ将来の伴侶として決まって居る人間が居ながらコロっと落ちる攻略キャラなんかは勘弁して欲しいわぁ。
そう言った人間だったらむしろこっちから破棄したい心持ちです……しないけどね?
思い切りあさってな方向に行った思考を何とか本筋に戻すと再びお兄様の顔を見つめる……今度は表情を読むために。
お兄様の目に宿るのは心配と……後悔、かしら?
「……お兄様?」
何を後悔なさっておられるのですか?
私の疑問が通じたのかお兄様は苦笑すると私の頭を撫でて下さった。
優しく柔らかい撫で方に思わず目を細めてしまう。
「……ダーリエ、ごめん」
「何に対してですの?」
お兄様は私が目を覚ましてから時折このような表情をなさっている気がします。
何かに苛まれている。
そしてその原因が私である事まで気づいていました。
けど根底の理由が分からず私には何も言えませんでした。
「(お兄様。貴方は一体何を憂い、何を後悔なさっているのですか?)」
それは聞きたいけど聞けない疑問だった。
その答えが今分かるかも知れない。
私はじっとお兄様を見つける。
お兄様は少し口ごもったけど、結局悲しげな表情のまま口を開いた。
「ダーリエ……お前はあの男が何かオカシイと気づいていたんだね?」
「……オカシイと言うか、嫌な何かが絡みついているように感じられたのです。まるでワタクシ達を見下し蔑む方々と同じような目で見られているような嫌な感じが。ですがワタクシは漠然とオカシイ気がするとしか思えず、確固たる証拠も無く。結局気のせいだと自分に言い聞かせて水晶玉に触れたのです」
あの気持ちの悪い黒い【何か】
人を侵食し暴れ回る気持ちの悪い【何か】をあの男は纏っているように感じた。
それだけでは無く見下されている感覚を目を合わせた途端に感じた。
だからあの男を私は気味の悪い人間だと思っていた。
まさかあそこまでの事をしでかすような人間だとは思いもしなかったけれど。
お兄様は私の答えに更に顔が悲しみに歪む。
一体何がお兄様の心を其処まで悲しみに染めているのでしょうか?
「ボクが気づいたのはダーリエ、お前が苦しみボク自身は何も出来ないがために周囲に助けを求めるように視線を彷徨わせた時だったよ。お前やボクを見下し悦に浸る醜い顔をしたあの男の表情に気づいた時、ボクは驚きに体が支配されて思考すらも止まってしまった。ボクはダーリエの一番近くに居たのに何も出来なかった。……ボクはダーリエの兄なのにね?」
情けないんだ、兄として、と話すお兄様。
これがお兄様の悲しみの原因なのですね。
まるで懺悔を聞いているようでした。
お兄様は当時の悔いを滲ませてお話しなさっております。
深い悲しみと自責の念にかられているのが分かります。
けれど実際は其処まで気にする事ではないのです。
あの場には私やお兄様よりも遙かに経験を積み【魔法】や【錬金術】に長けているお母様とお父様がいらっしゃいました。
その二人ですら事が起こるまで気づかなかったのです。
発動するまで完全に目眩ましがかかる仕様だったのか、あの男が【特殊スキル】の持ち主だったのか。
どれにしろあの場で看破し策を打ち破る事は誰にも出来なかったのです。
ですが、それをお兄様に言ってもお兄様の罪悪感にも似た悔いは消えてはくれないのでしょう。
なら私はどうすれば良いのか。
私は口を開かずゆっくりとお兄様の手を取り歩き出しました。
「ダーリエ?」
「あの時ワタクシは水晶玉から手を離す事もできませんでした。そんなワタクシを救ってくれたのはお兄様ですわ。それにあの時お兄様の温もりを感じてワタクシは現実にいるのだと強く感じました。お兄様のお陰でワタクシは最後まで諦めずに居られたのです」
必死に呼びかけてくれたお兄様。
意識が飛ぶ直前に聞いた、あの声は確かにお兄様の声でした。
それに水晶玉に近づけば自らの身とて保証が無い状況で私を助けるために躊躇しなかった。
それだけで私には十分助けられていたのだから。
だから私はお兄様にあの時感じた事を表すならば『感謝』のみです。
そんな兄が情けないなんて私は思いません。
強く優しいお兄様だからこそ、私はそんな兄に恥じない妹になりたい。
自慢で愛しいお兄様の自慢出来る妹でありたい。
「ワタクシにとってお兄様は自慢のお兄様ですわ。そしてワタクシはそんなお兄様に恥じない妹になりたいのです」
「ダーリエ」
「お兄様――あの時助けて下さって有り難う御座います」
目的の扉の前に付き、振り向くと私は深々と頭を下げる。
感謝の念を込めて。
「では行きましょう。今度こそワタクシの【才能】を確認したいですわ」
扉を開けるため振り向いた私は後ろでお兄様がどんな顔をしていたかは分からない。
けど出来ればもう悲しそうな顔をしてなければいいなと思う。
お兄様には穏やかな優しい微笑みが似合っているのだから。
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