K. 将彦
たぐたぐと山浦先輩、そしてあの頃の演劇部の奴らは日向先輩の葬式に出席したが、俺はそうはしなかった。いくら俺の変装技術が高くても、万が一『暁みちるが葬式に来た』と発覚してしまえば、先輩の親族に迷惑がかかる。
もっともそれは病院で暴れてしまったので遅い話ではあるが、病院側にはたぐたぐが『話をつけた』と言っていたので大丈夫なんだろう。
先輩を轢き殺したトラックはまだ見つかっていなかった。
最初は運転手を殺してやろうかと思ったけど、そうしたら芝居ができなくなる。アホらしくなってやめた。
先輩のお母さんのはからいで、出棺まで俺は先輩のご実家で待たせてもらっていた。
諸々が終了して、たぐたぐとお母さんが帰ってきたのは夕方で、徐々に室内に薄闇が立ちこめ始める時間だった。
「電気くらいつけろよ、みちる」
俺は何も答えず、丸くて低いテーブルの下に足を投げ出して座椅子に座っていた。先輩がいつも座っていたものだという。
「結局、例の子は来なかったのねぇ……」
唐突に、先輩のお母さんがそう呟いた。
「みちるさん、あなたみたいな方の口に合うか分からないけど、晩ご飯を食べていかない?」
「……例の子、ってなんですか……?」
俺ががらがらの声で尋ねると、彼女は俺が座っているテーブルまでお茶を運んできて言った。
「高校生の頃だったかしら、かわいい後輩がいるんだって、あの子よく言ってたのよ。一時期、随分と帰りが遅い時期があって、私が心配して理由を聞いたら、後輩に勉強を教えてるって」
唇が勝手に震えだしたのが分かった。
「名前は覚えてるわ。あの子その時期その子のことしか話さなかったもの」
「おい、みちる——」
たぐたぐが何か言おうとしたが、俺が目線で黙らせた。
「かわいくて、でも根性のある奴だって。一緒にいると時間を忘れてしまうくらい夢中になってるとも言ってて、微笑ましいと思ってたの。あ、ほら、あの子のその、恋愛の事情は、私は知ってたから」
「——名前を、ご記憶だと?」
「ええ、マサヒコくんっていう子よ」
重い沈黙としか表現のしようのないものが室内に蔓延したが、先輩のお母さんはきょとんとしている。たぐたぐは顔を伏せた。
「……クククッ、は、ははっ」
突然、身体の真ん中から何かがこみ上げてきた。それは喉に達して笑いへと転化して、俺は笑った。お母さんは不思議そうな顔をし、たぐたぐは心配そうに俺を見た。
「いや、来てましたよ、マサヒコくん。ふっ、あははっ」
「あら、本当? 芳名帳を見たけど名前がなくて——」
「辛くて参列できなかったんですよ。多分葬儀を遠目に見てたんじゃないかな? 受け入れられなかったんでしょうね。もう、めちゃくちゃ泣いて、昨日の俺なんか比じゃないくらい泣きまくって、そのままどこかに消えました」
お母さんもたぐたぐも目を見開いていた。
「みちるさん……貴方は、どうしてそれを……?」
「ふふ、僕はマサヒコくんと近しいんですよ。彼らしいなと思いました。でももう、マサヒコくんはいなくなってしまった。誰にもその名を呼んでもらえない。文字通り、消えたんです」
「……暁みちるさん、貴方、貴方は……」
彼女はそれ以上追求しなかった。全てを察したのかも知れないし、そうじゃないかもしれない。たぐたぐは、歯を食いしばって目許を押さえていた。
それからしばらく、俺は静かに笑い続けた。
もう涙すら、出なかった。
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