第49話:宴の前のケイオス

 ヤバい……!


「え〜、てるるん見たいでしょ? ねぇ、ねぇ?」


 くっ……! このバケモノ親父め! 何という卑劣な手を……!!


「見たくないのぉ〜? 詩日さんの、姿

「うぐっ……!」


 話を少し戻そう。

 昼休みに詩雨の処女小説「雲空と悪魔」を脚本化しようと決心した俺は、五、六限はスマホでシナリオ・ライティングについて調べまくり、たぐたぐの指示に従って一度帰宅、となって、帰りの電車でもあれやこれやと空想と妄想を繰り広げていた。

 すると詩日さんからラインが入り、リチャード・ダンスタン見送りパーティへの招待は嬉しいが、大人数での会食は精神的にやや不安だ、と打ち明けられたのだ。

 帰宅した俺が、何故か母親のほぼ手入れされていない髪をプロ顔負けの手つきでスタイリングしている親父にその件を伝え、詩日さんの不参加を訴えた。

 すると親父は『対策済みだ』と軽く答えた後、食い下がった俺に対して冒頭の台詞を吐いたのである。


「話によると詩日さんはいつもTシャツにデニムといったカジュアルでボーイッシュなファッションらしいじゃないか。でも流石にあのホテルにジーンズで来るっていうのは、詩日さんが良くても美々子さん、お母さんが許さないんじゃないかな? まあ俺も先手を打ってちょっとした贈り物を届けてあるし、もしかしたら美々子さんがメイクもするかもしれないよ?」


 メメメメイクした詩日さんっ、だと? 何だその入手方法最高難易度の激レア詩日さんは!!!


「い、いや親父、詩日さんは服装じゃなくて、大人数が苦手なんだよ。まして言語が通じない人たちも多い、そこを配慮して……」

「だから対策済みって言ったじゃん」

「どんな対策だよ」


「あそこのホテル、今夜ワンフロア全部俺が借りたから、人いきれに疲れたらてるるんが休みに連れ出せばいい。そもそもテーブル囲むんじゃなくて立食パーティだしね」


……お、おう。

 あのホテル、と親父はその辺の飲み屋を借り切ったように言ったが、国内でも指折りの高級ホテルだぞ……。こういう時に惜しみなく金使うんだよな、この人……。


 それでも不安は残る。どうしたもんか、と思っていると。スタイリングされている間にうたた寝をしていた母がばっと顔を上げた。


「まーくん! ごめん! すぐ朝ご飯作る!!」

「違うよ、沙智代さ〜ん! 僕らはこれからパーティに行くんだよ! てるるんの恋人さんにも会えるよ〜!」

「え! そうだっけ? うたたさん来るの?」

「う・た・か、さんだよ! 楽しみだねぇ〜!」 


 いつもの母のド天然ぶりにいつも通り呆れていたらラインが入った。


『輝くん、帰宅してみたら暁みちる氏から何だか非常に高価そうな衣服が届いていたよ。私が通常着用する布切れとは別次元の代物だったので興味本位で着用してみたらどういうわけかサイズがぴったりで、何というか、馬子にも衣装、といった感じで、端的に言うとこの姿を輝くんがどう思うか興味がある。

 また、母から聞いたのだけど、出入りも自由と配慮してくださっているとのことで、やはり参戦してみようと考えを改めた。予定通り、現地集合でよろしく』


 きたこれ……!!!


「お、俺は制服でいいのか……?」


 そう言うと、親父はまたどや顔かまして言った。

「ん〜別に良いけど、詩日さんに送ったドレスとセットのタキシードもあるよ?」

「……それで頼む」

 神様、俺は弱い人間です。



 午後八時過ぎ、件のホテルの28階は完全に貸し切りで、俺と母がエレベーターから降りると、ホールに三人、詩雨、詩雨ママこと美々子さん、そしてなんか俺の知らん美人さんがいた。


「輝くん! かっこいいね!」

「詩雨! おまえもいい服着てんじゃねーかよ! 髪もセットしやがって!」

「暁みちるさんが僕ら全員に服を送ってくださって……髪はルーシーが……」

「やっぱりか。で、詩日さんどこ?」

「え」

「いや、え、じゃなくて詩日さんは別行動?」

「輝くん、眼、大丈夫?」

 詩雨は半ば哀れむような、それでいて内心で面白がっているような、極めてややこしい顔でそう言った。


……ん?


 俺が困惑した次の瞬間肩を指でツンツンと叩かれた。

 振り返ってみると、長い黒髪をアップにして、デコルテを清楚ギリギリのラインまで露出した黒いレース付きのワンピースを着、ピンク色のチークに淡いバーガンディのアイメイクをした女性が立っていた。


 誰だ、この美人さんは。


「やあ輝くん、今日はギリギリになって行く行かないと混乱させてすまなかった」


 詩日さんの声だった。


「えっと……?」


 俺が事態を把握できずにいると、互いの母同士が挨拶を始めていた。


「息子がお世話になっております、香坂沙智代です〜」

「こちらこそ、子供たちが二人とも良いお付き合いをさせていただいていて……」


 マザーズが定型文のやりとりをしていると、パーティ会場と思われる奥の扉が開き、親父が登場した。


……花魁みたいな格好で。


 美々子さんがポカーンと見ほれているのが何となく分かった。分かったがあの花魁は俺の親父だ。

「あ! 沙智代さん、てるるん! 中山家の皆さまも! さあさあ入ってください! リッチーが待ってますよ!」

「まーくん、やっぱ和服似合うね〜」

「親父! 詩日さんどこに隠した!」

「はぁ?」


「輝くん、申し訳ないが私はここだ。というか、これ、私だ」


 振り向くと先ほどの美人さんが詩日さんの声でそう言う。


……はい?


「あ、あの、すみません。俺のこ、恋人の中山詩日さんでお間違いないでしょうか?」

「ないねぇ。正直ここまで驚かれるとは思わなかった。何だか『してやったり』的な満足感がある」

「は、はい……。ええと、すみません、見違えました」

 まだ受け入れられなかったが、フレームレスの眼鏡だけが見慣れた詩日さんアイテムだったので、この美人さんが高確率で詩日さんであろうと認識しようと試みた。

「ちょっと輝ぅ〜! うかかさん凄く綺麗な方じゃないのぉ〜! ちゃんと紹介してよぅ!」

「母上、う・た・か、さんで、ございます。とりあえず中に入ろう。主役を待たせてる」

 俺がそう言うと、それに弾かれたかのようにビシッと背筋を伸ばした人物がいた。

 それは詩雨&詩日さんのママ、美々子さんであった。そういやリッチーの大ファンだって言ってたっけ。親父が贈呈したであろう、上品で落ち着いたアイボリーのドレスを纏っている美々子さんは、え、はっ、ええと、なんか泣いてる?!

「母さん、大丈夫だよ」

 詩雨が駆け寄ってそう声をかけた。

 ホテルの人たちが正面のドアをゆっくりと左右に開き、俺たちはそろそろと豪華絢爛なパーティ・ルームに足を踏み入れた。

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