第46話:ケイオティック・ハピネス
結局俺とルーシーは、中山家で晩メシを食うことになったが、詩雨ママとルーシーが妙に意気投合しているのが謎だった。
「ルーシーちゃんは日本語上手くて助かるわ! 料理も手伝ってもらってるけど、詩日とは比にならない包丁さばきで! 和食のレシピもたくさん教えるからね!」
「ありがとうございます、お母様!」
……もう『お母様』呼びだし詩雨ママもツッコミすら入れない……詩雨もニコニコしてるし、詩日さんも何だか表情が緩い。何なんだこのカオスは。
「あれ、ルーシー、リッチーは大丈夫なのか? そもそもダンスタン親子が来日したのって俺だけのためとかじゃないよな?」
食卓からキッチンにそう声をかけると、ルーシーはまたも美少女天使スマイルをかましてきた。
「父さんは次の映画のために来たのよ」
「え、アレか? 『リチャード・ダンスタン、日本を救う!』的な?」
「バカねぇ、テル。父さんの次回作はアクターとしてのリチャード・ダンスタンの新たなるページを開く一大プロジェクトなの。今回は現場視察とミーティングだけ」
ふむふむと頷いたが、あれ? 詩雨ママはこのことを知ってるのか?
「私もいつかお目にかかれるかしら、ルーシーちゃんのパパに」
「もちろんです、お母様! お母様が、まだ無名だった頃からの父のファンと聞いて、私は本当に嬉しかったんです……! やはりこれも運命だわ」
「最近我が家はハリウッド化が著しいな」
詩日さんは配膳をしながらぽつりと言ったが、いやいや、ぽつりと言える現象じゃないですから、これ。
その後俺たちは詩雨ママの自信作である俵型のコロッケをいただいた。
やべぇ、これもうめぇ。詩日さん、料理は苦手なのかな、いつか詩日さんの手料理食いてぇな。
と、一見平和にディナーは進んでいるように見えたが、そうでもなかった。
「た、ただいま……。ええと、母さん、玄関に靴が多いけど、えーと」
詩雨パパ帰宅!! そういやこの人何も知らねえ!!
「おかえりなさいませ、お父様。お初にお目にかかります。私はルーシー・ダンスタン、将来的に貴方様の義理の娘となる者です」
「は、はぁ……」
リヴィングの扉の前で立ち尽くしていた詩雨パパに、ルーシーがまたハリウッドスマイルを放つ。詩雨パパはなんかちょっと赤面している。
「父さん、ルーシーはぼくの彼女なんだよ」
「詩雨の?!」
「父さん父さん、私と輝くんもアベックになったから、ルーシーに倣って言えば輝くんも将来的に義理の息子になることに……」
「て、輝くんと詩日が?!」
いかん、詩雨パパもキャパオーバーに近い。
「すみません、お騒がせして。俺は食事を終えたら帰りますし、ついでにルーシーも連行します」
「何言ってるのよテル! 私はシウのお父様ともお話しを……」
「あらぁ、リチャードさんが許可するなら今夜は泊まっていっても大丈夫よ、ルーシーちゃん」
「リ、リチャード? さっきこの子はダンスタンと名乗ったけど……」
「そうなのよ、パパ! この天使みたいに可愛い女の子、リチャード・ダンスタンの娘さんなの!」
「……あの、母さんが大好きな『ファイト』や『三つ眼の男』を演じた俳優のリチャード・ダンスタンしか連想できないんだが」
「ええ、お父様! あれが私の父です!」
事態が情報としては受信できても実感がないのか、詩雨パパはふらふらと壁に手をつき、
「後で母さんからゆっくり話を聞くよ……」
と退室してしまった。まあ、むべなるかな。だろう。
食事を終えて、俺だけ帰宅することになった。駅までは詩日さんが送ってくれると言ったが、それじゃ送り届けた意味がない。詩雨が来てくれると言うので、有り難くお願いした。
雨はもうあがっていて、夜道は暗かった。随分と距離の空いた電灯が、通り過ぎる度にジジジッと音を立てる。
「ルーシーとのこと、ビックリさせてごめんね、輝くん」
「いやぁ、予想だにしない展開だったよ。まあ、俺も詩日さんのことがあったし……」
「それだよそれ!」
突然詩雨が大声を出した。
「昨日から姉さんの様子がおかしいって言ったのは覚えてる?」
あ、そういえばそれで俺は登校したんだった。
「どんな風におかしかったの?」
「それが……。ぼくにさりげなさを装って輝くんに彼女はいるのかと探りを入れてきたり、鏡に映る自分を見てうなったり、かと思えばぼーっと恍惚としままフリーズしてたり、挙げ句の果てには母さんの化粧道具を持ってきて、化粧の仕方を教えろって詰め寄ったりして。それでぼくは、姉さんが輝くんに好意を持った、と確信したんだけど」
何それ超可愛い、俺の彼女超可愛い。
「お互いに嫌われたと誤解してたんだ。だからあの時、俺は『嫌われた』って言ったんだけどさ、ウチのバケモノ親父がマジギレして……」
「み、みちる殿下が!」
「そう。もう問答無用、今すぐ想いをぶつけてこいって、ここまで連れてこられて……。でも結果的に俺は親父に感謝しなくちゃいけないな。おかげで誤解が解けて、その、弟であるおまえにこう言うのも変だけど、詩日さんが俺のか、かかか彼女に、なって」
ヤバい、他人に実際声に出して言うとすげえ恥ずかしい。
「じゃあ同じく結果論で言えば、ぼくは輝くんに感謝しないといけないね。輝くんの存在がなかったら、ぼくはルーシーに出会えてなかった。ま、まあ、あんな天使みたいな女の子がぼくのこ、恋人になる、なんて……」
ちょっとした沈黙の後、俺と詩雨は同時にぷっと噴き出して笑ってしまった。お互い恥ずかしいし照れてるし、もう笑うしかなかった。
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