第38話:誤解

 教室はまるで火が付いたかような大騒ぎになった。


「マジかよ! リチャード・ダンスタンってあの『ファイト』の?!」

「暁みちるがノミネートされてた時のアカデミー賞でオスカー獲った人でしょ?!」

「つかガチなの? いくら香坂が暁みちるの息子でも……」


 俺はたぐたぐのもとに駆け寄った。

「大声で言うべきじゃなかったな、たぐたぐ。俺が狙いってどういうこと?」

「それは——」


 その時、ブツブツッと、教室のスピーカーが音を立てた。


『全校生徒に緊急連絡です。全ての生徒は自分の教室に戻り、自分の席についてください。教室から出ることを禁じます。繰り返します。全校生徒は自分の教室に戻り……』


「何このアナウンス……」

「え、これマジで来る系?」

「は?! モニタリングじゃないのコレ?!」


「たぐたぐ、どういうこと?」

「どうやらリッチーは学校側に話を通したみたいだな。エージェントも了解済みの来校ってことか……。輝くん、逃げよう!」

 たぐたぐはそう言って俺の手を取った。

 すると暉隆が駆け寄ってきて、

「ご無沙汰です、たぐたぐさん。これ、輝のカバンです」

「早川くん! ありがとう!!」

「輝くん!」

「詩雨、悪い、この状況じゃ詩日さんの話は……」


 その時だった。


 階段を上がって正面のC組の方から金切り声に近い悲鳴が聞こえてきた。廊下側のガラス窓を見たのか? ホントにリッチーが来てるのか?!


「輝くん行こう! 非常階段は押さえてある!」


 俺は混乱したままたぐたぐに引っ張られて廊下に出た。暉隆と詩雨も教室から一歩外に出たが、もう遅かった。


 ハリウッドスターが何の変哲もない高校にいきなり現れたら、そんなの校内アナウンスなんてガン無視の大騒ぎになる。要するに二階の廊下は生徒の海。非常階段までは、A組の横を通り過ぎれば出られるが、そのA組の生徒たちもわらわらと廊下に出てきていた。


 俺とたぐたぐ、暉隆と詩雨、他のクラスメイトは、廊下でA組の生徒と、三人の来訪者に完全に包囲されてしまった。


 沈黙が落ちる。


 しかし真ん中に立つ長身の白人男性がサングラスを取った瞬間、また廊下がどよめいた。


「やべぇ、本物だよ……」

 暉隆が小声で呟いた。


「ハッハー! コンニチワー!! Long time no see, my boy!」


 無精髭がワイルドに見える金髪碧眼の男はそう言ってニカッと笑った。そのハリウッドスマイルに、女子生徒が数名倒れた気配があった。

 確かに、昔見た顔だ。

 一見ほりが深くキツい顔に見えるが、役次第で聖人にも悪魔にでもなれるオスカー俳優、リチャード・ダンスタンだった。

 しかし不可解だったのは、リチャードの左にいるスーツ姿の男ではなく、右側に立つ少女だった。ウチの高校の制服を来ているが、頭から黒いレースをかぶっており、顔も髪も見えない。


『テル、みちるとの約束がようやく果たせる日が来たよ!』

『約束?』

『俺たちは誓い合ってたんだよ、テル。おまえと、俺の自慢の娘ルーシーを結婚させようって』


「はぁ?!」


 思わず叫んだ。

 たぐたぐが、暉隆と詩雨に会話を訳していることにも気づかなかった。


『リッチー、俺は何も聞いてないよ!』

『安心しろ、テル。ルーシーの日本語は完璧だし、マリブで遊んで以来、あえておまえの写真やビデオを見せていない。真実の愛だからだ。言いだしたのはルーシーだがな。テルとルーシーが本当に運命の愛をはぐくむなら、現在の顔を見なくても必ず自分は見つけ出せるって、俺の美しい娘は言ったのさ!』


 絶句してしまった。

 すると、問題の少女・ルーシーと思われる女の子が一歩前に出た。


「こんにちは、輝。私のこと、覚えてるかな。私、今日この日のために日本語を必死で勉強してきたし、学校の勉強も頑張って、留学生としてこの東院高校に転入することになったの」


 随分と流暢な日本語だった。だがまともなのは言語だけで内容は違う。


「ま、待てよ」

 俺が言いかけた瞬間、ルーシーは黒いレースをハラリと上げた。


 今度は男子生徒が数名倒れると同時に、男女共に多くの生徒が『はぁ……』と感嘆の溜め息を吐いた。


 ルーシー・ダンスタンは、プラチナブロンドに父親譲りの美しい青い瞳を持つ、とんでもない美少女だった。

 ルーシーは廊下の生徒の顔をちらちらを見て、俺らの方を見ると、ふわりと微笑んだ。


「輝……! やっと会えた!!」


 ルーシーは駆け寄ってきて、飛びついた。

「ルーシー……?」

「やっぱり貴方は変わってないわね、優しそうで、同時に繊細で……。もう私、離さない!!」


『お、おい、ルーシー……』

 リッチーが呟く。


「ルーシー……、離れろ」

 俺はやっとの思いでそれだけ言ったが、すでにルーシーは抱きついていた。


 中山詩雨に。

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