第33話:マドンナの顛末

「悪い、待たせた?」

「ううん、大丈夫。来てくれてありがとね」

 楠本あやめは嬉しそうに笑った。やっぱりどこか、雰囲気のようなものが違う。言葉にはできないが、あえて言うなら以前より清楚というか品があるというか。それは服装に関しても言える。いつの間に着替えたのか、あやめは制服ではなく白に水色が映えるワンピースにシースルーのレースのようなスカーフをしていた。すれ違う学生や他の男性が振り向くくらい、可愛い存在だった。

 俺らは放課後、学校の最寄り駅から数駅先の比較的栄えた街で待ち合わせていた。

 詩日さんとの一件があった翌日、共通の友人からの取り次ぎで、今日二人で会いたい、と言われたのだ。その時の声音が、以前俺に告白してきた時とはまったく違う、さっぱりとしたナチュラルな響きだったので、俺は承諾した。

 

 詩日さんのあの件は、いまだに俺の脳内で大暴れしていた。

 つか、自分があんな風に女性にいきなり接吻をしたりする人間だとは夢にも思っていなかった。接吻だぞ接吻。しかも舌が……。

 でも、思い出す度に俺は追体験のように、まるで今この瞬間そうしているように感じられて、最終的に辿り着くのは、


『もっとしてぇ』


 であった。


「私、行きたいカフェはあるんだ。このまま行って平気?」

「別にいいよ」

 ふふ、と笑ってあやめは歩き出した。階段を降りて目抜き通り沿いを歩く。俺はその後を歩いていたが、その歩き方、肩の張り方、綺麗に伸びた背筋に、何故か既視感を抱いた。

 俺は知っている。

 俺は、こういう風に歩く人間を知っている。


 案内されたのは、いかにも『今この通りのオシャレさの全ては当店が担っています』と宣言でもしてそうな雰囲気の、流行最先端をひた走る店だった。

 幸い待たされることもなく、俺たちは窓際のハート型のテーブルに案内された。

 なんかキラッキラしてんな〜、詩日さんが来たら相当浮くな〜とか考えている内に、適当にオーダーを済ませ、俺は口を開いた。

「それで、今日こうして会いたいって言ってきたのは、どういう理由?」

「もう一度、香坂くんに告白するため」

 即答だった。

「いや、悪いけどその件については……」

「どうしようって思ったよ、あの暁みちるよりも綺麗で可愛くなるなんて、どう頑張っても自力じゃ無理って。だから、私は弟子入りしたの」

「……弟子、入り?」

 なんだか物凄く嫌な予感が、いや悪寒がしてきた。

「実は私の父親、暁みちるさんとコネクションのある芸能プロダクションのお偉いさんなの。父に頼み込んで、みちるさんとスカイプでお話しさせていただいて、最初は理由は伏せて弟子入りをお願いしたの。でも理由を聞かれたから……輝くんの名前は伏せて、好きな人に振り向いて欲しいから、って言ったら、みちるさんは快諾してくれて」


……あんのバカ親父!!!

 何が『同じ市内にいる』だ、『すっごく面白い仕事』だ!

 オーケー、合点がいったよ。あやめの立ち居振る舞いや歩き方に既視感を覚えたのは、他でもなく自分の父親と同じものだったからだ。気づけなかった俺もバカだが。


「でも、みちる師匠は単にスキンケアだとかメイクだとか、そういう表面上の手助けをしてくれたたけじゃなくて、内面も磨いてくれたように、私は感じてるの。みちる師匠は、実際に顔を合わせた瞬間、


『まずその、私は可愛いんですという誤認と奢りを捨てろ』


 って言って。

 正直呆然としたけど、でも、暁みちるだよ?! 目の前で本物を見たら、私、言葉を失うくらい見とれちゃって……。もう、『こんなに美しい人がいるのに、私はなんて調子に乗ってたんだろう』って思って」


……まあ、確かにあのバケモノに言われたら誰しも反論は困難だろうな。


「みちる師匠は、ギャラはいらない、その代わりもう一度だけその想い人に好意を伝えろっていう条件で、色々教えてくださったの。別に、『自分に自信がついたら』とか『見た目がこうなったら』っていうタイミングじゃなくて、私が本当に香坂くんのことが好きだって確信した時告白すればいいって。その代わり、ずるずる引きずるなとも言われた」


 いかにもあのバケモノが言いそうなこった、と俺は眉間にしわを寄せた。


「私、やっぱり香坂くんのこと好きだよ」


 極めてカジュアルに、でもだからこそ本心だと分かるような声であやめは言った。

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