第27話:そりゃないぜ、親父殿

 実の親に恋愛事情を晒すなんておかしいかもしれないが、親父は『普通』じゃないし母親はあの調子だしそもそも約束は約束、そして詩日さんのことは齢十七にして初恋という俺のスペックでは対処できない。愧死とも言ってられない。

 しどろもどろになりながら大雑把な報告を終えると、親父は嬉しそうに軽く息をついた。 

『……なるほど、俺と沙智代さんとは全然違うケースだね』

 一緒でたまるかコノヤロウ。

『その、おまえの友達の詩雨くんは、このことは知ってるのか?』

「まさか! とても言えねえよ!! 暉隆が今朝気づかせてくれたんだぞ」

『暉隆って早川くんだよね? いやぁ、彼もかっこいいよねぇ〜。最近見てないけどいい感じに成長してそうだ』

 だからなんで暉隆? 俺の話だろコレ。

『でも、その詩日さんという女性、俺は好きだな。てるるんの話を聞く限り』

「え?」

『弟思いで、その友人が困ってるのを見逃さずに、強制とはいえ時間を割いておまえの話を聞いて、「そこまで人間を捨ててない」だろ? いい台詞だな、俺が言いたいくらいだ。今時珍しいと思うぞ、そういうアティチュードというかスタンスで生きていくのは』

「まあ、確かに」

『変人って言ってたよな? 詩雨くんの家にお世話になった夜のくだりは俺的には爆笑モノだけど、パパは何だか嬉しい。俺の愛しのてるるんが、そういう人を好きになったってことが、ね』

 予想外の発言に、俺は口を半開きにしたままきょとんとしてしまった。

「あ、でも、変な意味じゃないけど、詩日さんはその、見た目に気を遣わないっていうか、まあさっきの風呂場の話で分かると思うけど、親父や他の女子たちとは美意識というか、自分の見た目にエネルギーを注ぐタイプではないんだ。肌はきれいだけど化粧は多分してないし、髪もばさばさだし、たまに挙動不審だし……」


『輝、それ、なんか問題あるのか?』


 絶句。俺の頭はピンク色から一気に真っ白になった。


『いや、俺にも責任はある。美しく在ることがすべて、っていう俺のポリシーを、おまえは歪んだ形で見てたのかもな。その点については謝るしかない。でも分かるだろ? 人を好きになるっていうのはもちろん見た目の印象もあるけど、外見も内面も同じくらい愛おしくてしょうがなくなるもんなんだよ。沙智代さんだって、そうだな、俺のハリウッドのダチの女優とは比べられないだろ?』

「でも親父は母さんに一目惚れした。見た目の話だろ」

『はぁ〜、これだからガキは……』

 何なんだこの親父は。愛しいだの何だの言ってからの『ガキ』かよ。

『沙智代さんの見た目はきっかけに過ぎない。俺は彼女が背負ってきた人生すべてに一目惚れしたんだ。もちろん、そんなの不可視だ。でも俺は、沙智代さんの外見に、オーラじゃないけど、「この人は俺を受け入れてくれる」って雷に打たれたみたいに直感したんだ。そしてそれは大正解だった。俺も若い頃は苦労したからな、ジェンダーレスっていう立場で』

 その話は、あまり聞いたことがなかった。俺は黙って続きを待つ。

『好きな女の子に告白しても、自分より美人な人とは付き合えないとか言われたり、男の場合は、「おまえはゲイかトランスジェンダーだからそんな格好をしてるんじゃないのか」とか逆ギレされたりね。正直キツかったよ、沙智代さんと出会うまでは』

 これは意外な事実だった。こんなバケモノ親父も、苦悩してたのか。

「確かに見た目がきっかけだったよ、沙智代さんはね。でもてるるん、実際の話、惚れたらどうでもよくなるんだよ。俺は沙智代さんのことを、つまり内面を知れば知るほど、好きだって気持ちが深く大きくなっていった。そして今おまえは、その詩日さんという人のことをもっと知りたいって思ってるんだろ? したらもう外見なんて関係ないよ。挙動不審なところもね。おまえ、完全に恋に落ちてるから」

 まさかの『完落ち』認定に、俺は少なからず動揺した。

 多分俺は詩日さんが好きだ。親父の話を聞いて、『惚れてるらしい』なんて照れ隠しの入った言い方ではなく真っ当に『好きだ』って、今なら思える。

 でも、問題は詩雨だ。


『あ、てるるん、俺そろそろ仕事なんだけど』

「そっか、あの、ありがと」

『余談だけど、てるるんさ、リッチーのこと覚えてる? リチャード・ダンスタン』

 当たり前だ。

「ゴールデングローブでは親父が受賞して、アカデミー賞はリチャード・ダンスタンがオスカーを手にした、親父の永遠のライバルだろ?」

『はぁ? 何その下世話な映画雑誌のタイトルみたいな記憶』

 オイ、さっきからツッコミがキツいぞバケモノめ。

『リッチーの家族と一緒に遊んでたのとか覚えてないか? まあてるるん小さかったからなぁ』

「え?」

『よくマリブの豪邸に遊びに行って、おまえはリッチーのお子さんと仲良くしてたけど』

 言われてみれば、プラチナブロンドの小さな白人の女の子と遊んだ記憶は確かにある。あの子のことか?

「それがどうかしたのか?」

『ん、いや。覚えてないならいい。じゃ、またね、てるるん』


 何だか謎が謎を呼ぶ展開になってきた。

 でも、親父のおかげで見た目とかもっと詩日さんのことを知りたいっていう気持ちが赦されたような気がした。

 詩雨に言うか否かは今すぐ決めなくてもいい話だし、暉隆もきっと助けてくれる。

 寝不足だった俺は、そのままベッドに倒れ込み、安らかに眠りに落ちた。

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