第25話:Congrats! 〜香坂輝、落ちる〜

 三丁目公園は公園と呼ぶには土の少ない、砂利の敷かれた平坦な空き地みたいな場所だ。遊具もブランコと滑り台、鉄棒しかなくて、近所の子供たちは遊具が多く緑にあふれた四丁目公園を好む。

 俺が到着すると、暉隆はすでにブランコに腰掛けていた。

「よう、悪いな暉隆、折角走ってたのに」

「いいよ、訳あって今は何かしてないと俺も落ち着かないから」

 首に巻いたグレーのタオルで額の汗を拭きながら、暉隆はそう言った。

「訳あって?」

 暉隆は応えなかった。タオルを口元にあて、ブランコの目の前にある安全バーを睨むように見据えていた。

「なあ、なんかあったのか?」

 俺が聞くと、暉隆は厳しい顔つきのまま、軽くブランコを揺らす俺を見た。

「なんかあったのはおまえじゃないのか? 寝てないみたいだし」

 そうだ、人の心配よりまずは己の問題を解決せねばならない。暉隆なら、絶対力になってくれる。

「昨日から俺、おかしいんだ。もしかしたら病院に行った方がいいのかもしれない」

「病院って、どこか痛いのか?」

「ここ」

 俺はまた目眩にも似た違和感を頭に置いたまま、胸を指さした。

「マジかよ、心臓だとかなりヤバいぞ。どう痛いんだ? 脈はどうだ?」

「動悸がするし、脈拍も少し早い気がする。頭も痛い、痛いっていうか、ずっとぼんやりしててて何事もきちんと考えられないんだ。脳が誤作動を起こしてるような、思考回路がサボってるっていうか、身体が熱くなったり眠れなくなったりして、とにかく俺は今、すげえ困惑してる。でもこんな症状、何科に行けばいいのか分からないし、あ、でも気分の問題だからもしかしたら心療内科とかになるかもしれない。もしこれが治らなかったら俺は俺でなくなっちゃうような気もする……」

 一気に俺が言うと、暉隆は俺を見たまま口を半開きにしてぽかんとしていた。あのクールな早川暉隆のぽかん顔なんて久々に見た。

 しかし次の瞬間暉隆は深刻な顔に戻り、

「いくつか聞きたいんだけど」

「何?」

「その症状が出る前に、誰か人に会ったり、話したりしたか?」

「えっと……」

 俺が思い出そうとすると、フラッシュバックのように詩日さんの顔が頭に浮かんだ。

「詩日さん……中山詩雨の姉に偶然会って、強制的にカフェで珈琲をおごられた」

「あいつ姉ちゃんいんのか。その人とはいつ頃知り合った?」

「えと……正確な日付は思い出せないけど、ちょっと前にあいつんちに泊まって、その時初めて会った」

「第一印象を覚えてるか?」

「絶対零度の瞳」

 俺は即答した。

「と、言うと? 恐い人なのか?」

「いや、眼が、瞳が凄くこう、なんて言うんだろ、恐いわけじゃないけど、この世の全てどうでもいいみたいな感じの目つきで」

「それは普通に恐いぞ」

「で、でも昨日お茶した時、その色が変わってるのが分かったんだ。やっと俺に対する警戒心を解いてくれたっていうか、同じ立場で話せたっていうか」

「その時、おまえはどう思った?」

 暉隆の声はどんどん深刻さを帯びてくる。

「知りたいって、思った。ちょっと変わった人なんだ、実の弟も認める変人だよ。その時も言動がいちいちおかしくて、この人のことをもっと知りたいって思ったのは覚えてるけど、他は……よく分かんねぇ」

「輝、最後の質問だ。眼を閉じろ」

 俺は判決を待つ被告人のような心情で、大袈裟なくらいぎゅっとまぶたをしめた。

「その人の顔、思い浮かべろ」

 詩日さんの顔。青白い肌、多分ノーメイク、ばさばさした黒髪、案外綺麗な唇の色……。

「今、おまえの心臓はどうなってる?」

「き、暉隆! やべぇ、超頻脈! 不整脈! 頭が熱い! どうしよう!!」

「眼、開けろよ」

 俺が両手で頭を抱えたまま眼を開けると、暉隆の凄く幸せそうな笑顔が見えた。

「な、何笑ってんだよ、人がこんなに苦しんでるのに……」

「やったな、輝」

「……は?」

 暉隆はブランコに座ったまま足で後ろに下がり、一度だけスイングした。

 俺がこんなに狼狽してるのに、暉隆は心底嬉しそうだった。

「おまえのその変な症状にはちゃんと病名がある」

「そうなのか! 教えてくれ!」


「恋煩い」


「……は?」

「経験がないってのは恐ろしいことだな、実際に陥ってもそれを判別できない」

「わ、分かるように言ってくれるか、ついていけない」

「初恋だよ、おまえの。その、中山の姉ちゃんに、おまえは惚れたんだ」

「なっ……、俺が詩日さんのこと、え、あの、はっ?!」


「おめでとう、香坂輝。それは恋だ」

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