どこまでも自由な彼女を

第21話:香坂輝の邪推と自己嫌悪、あと自己嫌悪

 俺が楠本あやめの変化に気づいたのは、詩雨がすっかりクラスに馴染み、暉隆が水泳部の活動に本腰を入れた頃だった。

 もちろん、あやめはあくまでも『仲の良い女友達』というポジションからは不動だが、俺は、ほとんど本能と言って差し支えない部分で、それを察知した。

 何故だろう何故だろう、とその横顔を見てみても、あやめは何事もなかったかのようにしている。 


「香坂くんと中山くんが仲良いの、全然知らなかったよ」

「ん、実は俺ら、ここの全校生徒を読書魔にする秘密結社の一員だから」

「何それ~」


 あやめが笑ったその時俺は、あ、と強くまばたきをして再度彼女を見詰めてしまった。

 眼が違う。瞳が違う。


『私、可愛いでしょ?』


 という瞳の主張がほぼなくなっているのだ。

 だからといって、今その瞳は卑屈になるわけでもなく、自信を失っているわけでもなく、感覚としては、以前より色彩豊かになっているように見えた。

 それだけではない。

 笑顔を覆うように挙げた右手、その所作が、以前とはどこか違うのだ。

 そしてその立ち居振る舞いは、何故か俺にかなりの好印象を抱かせた。

『暁みちるより綺麗になる』という宣言を、何らかの形で実行しているのか? なんて、俺には知りようのないことを邪推した。


 だが、たとえ邪推だとしても、もし俺ごときのためにそこまでしているのなら、と考えると、何だか申し訳ないような恥ずかしいような、でも俺から何も返せないのは不変の事実であって、せいぜい俺なんかよりまともな奴と結ばれればいいなぁ等と、まるで妹を心配する過保護な兄のようなことを思った。


 確かに俺はあの時、親父より可愛くないと交際は難しいと告げた。

 しかし、頭のどこかでは、もしかしたら『そんな奴はいない』と思いたかったのかもしれない。別にあやめが嫌いなわけではないし、この先実際にあの親父より美しい人が俺の前に現れるかもしれない。

 矛盾してるのか、俺は。

 好きな女の子と一緒に登下校したりデートしたり夜遅くまで話し込んだりキスをしたり、そういう、通常実現可能なことに憧れていたのは確かだ。あの夜詩日さんと相合い傘で歩いた数分を思い出せば、俺がどれだけ強い憧憬を抱いてきたかは火を見るより明らかだ。


 人間見た目じゃないとか、外見ではなく中身・パーソナリティに惚れる、なんてことはこれまでずっと考えたし言われてきたことだ。

 詩雨は、あの親父といたら美的感覚が狂っても無理はないと言ってくれた。

 でも。

 親父だけじゃないかもしれない。

 物心ついた頃からウチの家には親父の友人知人、平たく言うところの芸能人が頻繁に出入りしていた。彼らは『彼女にしたい芸能人第1位』とか『抱かれたい男ナンバーワン』といった称号を持つ美男美女だったりしたし、今でもかすかに覚えている中でも、LAだかNYだかでプラチナブロンドの天使のような女の子と遊んでいた記憶がある。


 俺自身はどうだろう?


 相手にそれなりの、否、かなりハードルの高いものを要求している俺自身は、何か『努力』をしているだろうか? つまり、恋愛、交際をするための努力を。

 学校で『御三家』なんて言われて、別に悦に入ったりはしてないが、だからといってそれを止めようともしていない。安住、という言葉が嫌な音を立てて頭の中に響いた。


「どしたの? 大丈夫?」


 あやめが顔を覗き込んできて、俺は我に返った。

「……ごめんな」

 自分でも聞き取れないレベルの音量で、俺は気づいたらそう発していた。

「ん? 香坂くん、何か私に謝るようなことしたの?」

「したかもしれないし、これからも、し続けるかもしれない」

「え?」

 あやめは目をぱちくりさせていたが、すぐに笑顔になった。余裕のある笑みだった。

「じゃあお詫びを楽しみにしてるよ」

 そう言うあやめの声音には、これまでの彼女にはなかった、艶のようなものがあった。

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