第15話:ジオスミン

 ただ、歩いているだけ。

 詩日さんは小柄だから、俺は段々と激しさを増す雨の中、心持ちゆっくりと、歩いた。

 いくつかの言葉が、俺らの口から飛び出して、いくつかの言葉が、俺らの耳に届いた。

 

 本

 小説

 海外文学は?

 へえ、それ面白そうですね

 あーアレ私も大好きだ

 むしろ実存主義系

 その作家は知らないです

 私は原書読んだよ、英語で

 

 雨よ、もっと激しく降ってくれ。

 じゃないとこの心臓のタップダンスみたいなリズムが聞こえてしまう。

 

 なんてことはない。ただ友人の姉と並んで足を動かしているだけだ。

 自分にそう言い聞かせて、不自然でない程度の会話を続け、なるべく詩日さんに雨がかからないように傘を傾けて、


……何だっけ?


 人間ってすげえな、と思った。頭が真っ白になっても口は勝手に動いて会話を続投できる。


 家の前に着いた時、詩日さんが俺を見上げた。俺の肩より少し低い位置にあるその顔が、そして絶対零度の瞳が、何だか俺にはえらく神聖で純白のもののように見えた。


「傘、持ってくれてありがとう。早く中に入ろう」


 そうかと思えば詩日さんはガレージに入るなり俺の傘をばっと奪って水滴を落としていて、その姿は何故か漆黒に見えた。


 一体この人は何色の彩りを持っているのだろう?


 それは純粋な疑問というか、好奇心だ、と、その時は思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます