第13話:異変、からの、解禁

 俺と暉隆は比較的近所に住んではいるが、中学で同じ学区だっただけで、電車の最寄り駅はひとつ離れている。

 別に決めているわけではないが、ほぼ毎日、俺が先に電車に乗り、次の駅で暉隆が合流するか、高校の最寄り駅で出くわせば一緒に登校する。

 今日は久々に、電車でその顔を見つけた。

「なんかじめしめしてんな、最近」

「梅雨入りってもうしたっけか」

 そんな益体ない話をしつつ電車に揺られた。別に電車内の広告に自分の親父が映っていようと俺には慣れたことだった。

 駅から学校まではまた例によってダブル・ライト云々があったがそれも慣れたこと。

 しかしその途中でひとりの女子が暉隆に話しかけたのは意外だった。

「おはよ、暉隆! 今朝寝癖凄かったでしょ、誤魔化してるのバレバレ」

「え、マジか」

 応じる暉隆にも軽く驚く。

 暉隆は馴れ馴れしく接されるのを極端に嫌う。見た目の良さだけで寄ってくる人間が、予想だけど、俺より多かったんじゃないか。

 俺は一歩引いて歩く形となり、茫洋と二人を見ながら歩いた。暉隆と話しているのは隣のクラスの徳永という子で、背が高く、若干化粧が濃いがまあまあ綺麗だ。俺はぼんやりと、今暉隆に恋人ができたら、親父のこと込みで話せる相手がいなくなるな、なんて考えていた。

 そこで黙っていないのが周囲のご婦人方である。


……光る方の眼が寂しそう……

……なに? あの二人付き合ってんの?……

……ダブル・ライト困らせてるよ……


 結局俺らは、学校に着くまで前に暉隆と徳永、一歩引いて俺、という編成で歩いた。白鳥が通りがかったが、一瞬目を丸くして、そのまま女子の方へ行ってしまった。


「おまえ徳永といつの間にあんな仲よくなったん?」

 教室の暉隆の席で、俺は聞いてみた。

「別に仲良くなったわけじゃねえよ」

「でもさっき……」

「そんなに深刻な問題か? 俺もおまえも常時一緒にいなきゃいけないなんてルールねえだろ」

 そう言われてしまうとこっちは黙るしかない。

 暉隆はいつもそうだ。事後報告なのだ、何事も。好きな人ができても、恋人ができても。

 それでも何だか釈然としないまま俺は自分の席に戻った。あやめが教室に入ってきて声をかけてくる。俺もそれに応じる。あれ以来、『良い女友達』的なポジションのあやめだが、親父を超えると宣言したことについては今のところ言及されていないし、態度も変わらない。


 ホームルームが終わって一限目が始まるまでの間、俺は自分が大きな勘違いをしていたことに気づいた。

 さっき、暉隆が俺から離れたら親父のことに理解があり、かつ話が合う奴がいなくなる、と反射的に思った。


 でもオイ、いるぞ。


 おまえだ、一番前のドア側の席で分厚いハードカバーを読んでいる華奢で小さなメガネくんこと中山詩雨!

 別に暉隆のせいだけではないが、俺はいい加減「学校での接触禁止令」を壊したかった。詩雨なりの理由があるかもしれないけど、この前あいつの部屋で話したのは凄く楽しかったし、親父の件もとても気を遣ってくれた。良い機会だと思い、昼休みに接触しようと決めた。


 俺はたいてい暉隆と二人で、教室か非常階段の下で昼メシを食う。

 四限目が終わった瞬間俺は暉隆の席に向かった。

「あ、輝、悪ぃ、俺しばらく部室でメシ食うわ」

 俺が言葉を発する前にそう言われてしまった。そういやこいつは水泳部で、身体見たさに女子がプールに殺到する男だということを今思い出した。

「ごめんな、大会近いんだ」

 そそくさと鞄を持って暉隆は教室から出ていった。

 それなら話が早い。

 俺は少しばかり緊張しながら前列の端でひとり弁当を食っている詩雨の方へ歩み寄った。

「詩雨、一緒に食っていい?」

 目の前に回り込んで俺がそう言うと、詩雨は弾かれたように身を縮め、『なんで今来るんだ! 学校では話さないって決めただろう!』と眼が叫んでいるのが分かった。

 一方で、教室にいた女子たちが、


……光る方が話してるの誰?……

……名前なんだっけ……

……なんであんな地味な奴と光る方が……


 と極々小声で予想通りのリアクションを取っていた。

 詩雨は眼をいっぱいに拡げて、口の中のものを嚥下すると、こう言った。


「香坂くんは早川くんと食べるでしょ、いつも」


 なんだそれは。


「いや、あいつしばらく部活忙しいんだ。さっきフラれた」

「で、でも香坂くんみたいな人気者がぼくなんかと……」

『ぼくなんか』? 人気者? 

 俺は目眩のような怒りを覚えた。


「それが親友に対する態度かよ、詩雨」


 俺が言い放つと、詩雨はパッと頭を上げて、信じられないといった顔で俺の眼を見た。


「俺、なんか間違ったこと言ってる?」


 詩雨はしばらくもごもごしたいたが、


「校舎裏でなら……」


 と言ったので、俺はそのまま詩雨と教室を出た。教室の連中は不思議そうな顔をしていた。

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