第263話 私の選択

 ひとしきり感情を出し切った後、空になったシチューの皿を見つめて考える。


「ちょ、ちょっと待って。整理させて」


 私の頭に疑問が湧く。

 ただ単純に喜んだけれど、これって今、どういう状況だ? お父様とグスタフに嵌められて、キャメロンで記憶を奪われたところまでは元に戻った。その後、堕落した以前の私に戻っていたのも、今は自覚できる。

 ……ということはつまり、ヴェルトが、私に記憶を戻してくれたってこと?


「戻ったの、これ?」

「シチュー食べただろ? 旅の思い出入りの」

「人生とか青春とかを一緒に煮込みましたシチュー?」


 確かそんな名前だった。合ってるかな?


「隠し味に、お前のピクトを刻んで入れておいたんだ」

「えぇっ!?」


 私は不純物が混じったシチューを美味しい美味しいと食べていたのか。

 確かに、ただの紙であるピクトを何も知らない私に食べさせるなら、料理に混ぜるしかないのだけれど。今更吐き出すわけにもいかない。

 私は一旦ヴェルトから離れ、椅子を起こして再び座った。ヴェルトには皮肉を込めてお父様の席を譲ってやった。苦笑いしながらも腰を下ろすヴェルト。なかなかの度胸だ。


「私の方はわかったけど。ヴェルトは、というか、この城は、童話の国は今どうなってるの?」

「俺と脱走したあひるの王子を追いかけて躍起になってる」

「脱走!? いや、それよりもあひるの王子……。やっぱりあの子が……」


 旅立ちの日、私に襲い掛かってきてヴェルトが倒したあの少年が、私の元パートナー……。お父様の話は、本当にすべて真実なんだ……。


「お前に会いたがってたぜ?」

「やだ。どうしよう。ちょっと感情が複雑すぎてわけわからなくなってきた!」

「それでいい。どう転んだって、お前はポンコツ王女なんだから」

「うるさい! ぽんこついうな!」


 整理できていない脳みそに、ヴェルトのからかいが混じってオーバーヒートしそうだ。冷静さを取り戻してきたというのに、顔のほてりだけは全然抜けてくれない。

 でも、いつものフレーズを口ずさんだ瞬間、ふわっと雲を抜けて青空が広がったように感じた。

 取り繕えるほど、私は器用じゃないんだ。


「ピクトも奪われて、キャメロンも取り返されて城中てんてこ舞いさ。まさか既に本丸を攻略済みだとは思うまい」

「キャメロンもって……、てことはガロンは?」

「ここにいらぁ」


 声がしたのはヴェルトの後ろ、ちょうど腰の辺りだ。そこだけコックさんの服がふんわり膨らんでいた。

 ヴェルトが服をどけると、見覚えのあるヘンテコな道具が姿を現した。


「嬢ちゃんのあっつーいラブコールのせいで、話しかけるタイミングを逃しちまったのよ」

「ちちち、違うし! 何を言ってるの、ガロン! ガロンが、何言ってるのかわかんない!」


 私は空になったシチューのお皿で、ヴェルトの視線から顔を隠した。

 努めて、冷静に。

 まぁ、もはや誰に何を誤魔化しているかわからないけれど。

 ヴェルトはキャメロンをテーブルに置くと、改まって腕を組む。


「さて、リリィ」


 私の瞳に熱い視線を一心に注ぎながら言う。


「お前はこれからどうしたい?」

「……」


 ヴェルトの声は落ち着いていた。心地よい音階を耳にして、私の感情は冷静さを取り戻す。

 深呼吸を一つ。

 その問いは、私が考えなければならない問題だ。

 記憶が戻ってヴェルトを思い出して、そして今、決断の時が来た。

 私の選択。今後の人生を左右する選択だ。

 乾いた唇をぺろりと舐め、そして口にする。


「私は……」

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