第259話 幕間 童話城の秘密工房 その②

「ああ、アレだ。お前との思い出を童話にした魔法の道具。そして今は、俺の仲間にして、俺の武器だ」


 恐る恐るレオンがキャメロンを拾い上げた。ぴかりと光るレンズに顔を映し、不思議そうにのぞき込む。


「よぉ、兄ちゃん。あんまりじろじろ覗き込むんじゃねぇよ」

「うわっ! 喋った! ヴェルト、これ、喋ったぞ!?」

「あぁ。えーっと、話せば長くなる。説明は後だ。そういうものだと思い込め」

「オーケー。すべて理解した」


 物分かりが良くて助かるが、物分かりが良すぎて心配になる。リリィはさぞ、大変な旅をしていたんだろう。


「で、このおっさんだが……」


 俺は捻られた腕を必死に抑えて倒れ伏す、哀れな中年の眼鏡を見下ろした。


「いてててててて! ちょっと、痛いってほら。離して!」

「アーバン・レスター、だな。会えて光栄だよ」

「――! ど、どうして僕の名前を……」


 驚愕に歪む男の顔。

 謁見の間ではフードを目深に被っていて、顔までは見えなかったが、こうして組み伏せてしまえば神秘なんてものはない。どこにでもいるおっさんだ。


「まぁ、こちらもいろいろとツテがあってね。キャメロンが近くに見当たらないから警戒していたんだ。あんたの作った素敵なおもちゃのおかげで、随分楽しい思い出を作らせてもらったよ」

「へ、へぇ。そうかい。そ、それじゃあ、僕に感謝しなくちゃならないなぁ――ああああだから痛い痛い!」

「あんたのせいで、一体何人の人間が望まない別れを経験したと思っている。踏みにじられた運命はもう元には戻らないんだ」

「ば、馬鹿を言っちゃあいけない。僕は学者だよ? 学者の本文は魔法の研鑽だ。より便利で、より高尚な魔法を目指して何が悪い。この国が、童話王が、僕の研究成果をどう使おうと、僕の知るところじゃないね」


 にやりと吊り上がる口の端から、薄っぺらい矜持のようなものがにじみ出ていた。

 どうしてこう、魔法使いってやつは自分勝手なんだか……。


「清々しいくらいの悪役だな。ヴェルト」

「あぁ。これで心の突っかかりがなくなった」


 俺は掴んでいたアーバンの腕を解放してやった。腕をさすり哀れに後ずさる汚れた白衣を見下ろす。手を伸ばすと、レオンは何も言わずにキャメロンを渡してくれた。


「ふぅー。ふぅー。さあ、大人しく牢に戻……。おい、どうしてそれを僕に向けるんだ」

「あんたが奪われる記憶は、大したことないだろう。俺とあんたとのつながりはそんなに長くはない」

「いや、やめてくれ。そんなことしたら、私の連綿と続く大事な記憶が……」

「だが、途切れることに変わりはない」

「待ってくれ。こんなの全然合理的じゃない! 僕の、アーバン・レスターの記憶だよ! 童話の国を陰で支えた学者の記憶だ! 途切れていい訳がないだろう!」

「合理性だけで生きようとするから」


 キャメロンのレンズに哀れな男を捉える。


「あんたはここで記憶を奪われるんだ」


 カシャリ。

 無慈悲な魔法がアーバンを捉えた。白衣は再びくしゃくしゃになり、冷たい石の床に倒れ伏した。


「こんなんでいいのか?」


 隣に立ってレオンが問う。

 この国の業を生み出した男。記憶を奪われる恐怖を身をもって体感した今なら、もしかしたら何か変わるかもしれない。そう思ったが、その記憶も再び奪われてしまったと思い直し、つくづく救えないなと溜め息を吐き出した。


「俺たちの敵は、こんなことを始めた元凶だろう?」

「へっ! それもそうだな。こんな雑魚に構ってる暇はねぇ」


 同じ目的を持つ者同士、みなまで言う必要もない。


「ガロン、事情は分かってるな?」

「当たり前だ。てめぇがお寝んねしてる間に、全部現実になっちまった」


 そう言ったところを見ると、ガロンもこの旅の危うさには気が付いていたのかもしれない。だが、ガロンは俺と違って手を出せない。ただ、声を上げ見つめることしかできない。


「過ぎたことは仕方ねぇ。行くんだろ、王女様助けによぉ」

「ああ」


 俺は力強く頷いた。それから、キャメロンの革紐を首からかける。


「で、気になってたんだが……。そりゃなんだ?」

「ん?」


 意気揚々と歩き出すレオンの背中に、俺は待ったをかける。レオンはいつの間にか、黒い布で覆われた細長い塊を背負っていたのである。


「何ってそりゃ。あひるの王子と来たらコイツだろ?」


 布を取って現れたソレは、分厚く長い大剣だった。くすんで光を失っているにもかかわらず、落ち着き研ぎ澄まされた深みがある。

 レオンの身長と変わらない長さを持つ大剣を、いとも簡単に振り回し、レオンは鼻息を荒くした。


「へへっ! かっこいーだろー! 隣の部屋で見つけた。傘と一緒に傘立てに入れられてたんだ」


 あひるの王子が常に持ち歩き、第三巻では砂漠の王者を、最終巻ではドラゴンさえも叩き切った伝説の剣。その実物。

 童話の情景描写は、決して誇張表現ではなかったのだ。


「こいつが戻れば百人力よ!」


 俺たちは一度頷き合い、地上を目指した。

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