第235話 ヴェルト奪還 その②
「突入――ッ!」
号令と同時に森が揺れる。ロッジを囲んでいた百人余りの男たちが、一斉に走り始めた。
ドアに振りかぶった斧を叩きつけ、数名で持って来た丸太をしたたかに打ちつける。正面玄関も、勝手口も同時にである。窓の周りも人で囲み、怪しい影が見えたら一斉に石を投げ込んだ。
扉は三度打ち付けられるうちにひしゃげ、隙間風の遊び場状態ぬなった。最後の一撃が打ち付けられ、砂埃とともに扉が木っ端みじんに弾け跳ぶ。群衆からは怒号が上がり、一斉に雪崩れ込んだ。
「まるで軍隊みたい……」
「モニカの尻に敷かれている弟だが、自警団の訓練中だけは鬼教官になるんだと、昔自警団のメンバーから苦情を承ったことがある」
「うわー」
「合理的に考えて問題ないと判断し、訴えは俺が握りつぶした」
「うわー」
一度目はクリフに、二度目はシューゼルに白い目を向ける。
「統率が取れているのは当たり前なのだよ。――さぁ、俺たちも向かおう」
一瞬で戦場と化したロッジを外から眺め頷くと、私もシューゼルの後を追って中へと足を踏み入れた。
私が中に入ったとき、辺りは既に静かになっていた。
部屋の中はめちゃくちゃで、机はひっくり返り、椅子は足が折れている。つまみや酒瓶があちこちに散らばっていて足の踏み場もない。
「クソ野郎がっ! 死ね! 死ね! ハラワタぶちまけて死んじまえよ!」
廊下の奥から汚い言葉が聞こえた。松明の光に照らされて。ロッジの中は意外に明るい。
私は落ちていた机の残骸を避けて、どうにか広い部屋に出た。
荒れ果てた室内に男が四人、縛られて転がっている。そのうち二人は白目を剥いて意識がなく、先ほど扉を開けて仲間に危機を告げに言った男は、転がったまま震えていた。
そして、
「なぁ? あんたら、どこのもんだよ。俺らが誰かわかってんの? わかっててやってんの? ひひ。頭湧いてんじゃねーの?」
切れ長の目に、頬の引きずった蚯蚓腫れ、下品で下劣な物言い、腕に巻かれた青いスカーフ……。見覚えのあるこの男が、ブルーネと呼ばれていたゴロツキのかしらだ。
前回と違うのは、鼻に金属をあてがっていること。折れた鼻が完治していないのかもしれない。
あの森の中でレゾさんを楽しそうにいたぶって、私の頬にぺちぺちとナイフをあてて喜んでいた外道。最終的にヴェルトにのされたあのゴロツキに間違いない。
「ほほー。何人か知った顔がいるじゃねぇか。お前ら、あの村の連中かよ。傑作っ! ――おーい、そんちょーさーん。教典の国の俺らに、こんなことしていーんですかー。ぷっはっはぁ」
「いい度胸だなぁ。あと何発殴れば、その口閉じてくれるんだ? えぇ!?」
「やめろ、クリフ」
「うわー、出たー。間抜けな村長のご登場ぉー」
腫れた頬をものともせず、ブルーネは狂ったように笑う。自暴自棄でも、強がりでも何でもなく、追い詰められた状況にもかかわらず、その目から怪しい光は消えなかった。
「どーするんだぁ? 童話の国が教典の国に喧嘩売っちまったなぁ。これ、国際問題だぜ? 俺たちがいなくなったら、トローリーの旦那がすぐにでも護身兵を送り込んでくる。ぷっはっは。終わりだ。お前ら、みーんな、終わりだぁ」
「……」
「何とか言ってくださいよぉ。間抜けなそんちょーさん。山のように人間が死ぬんだぜぇ。女も子供もかんけーねぇ! ひひっ。想像しただけでわっくわくするよなぁ。――なぁ。教えてくれよ。あんたは、この落とし前、どうつけてくれるんだ?」
「――ハン! 知ったことか」
眼鏡の奥の瞳に、クリフと同じ熱い炎を称えて、シューゼルはぴしゃりと言い切った。
まるで虫けらでも見下すように、下品な言葉を投げ続ける男に向かって言う。
「責任? 戦争の火種? 国際問題? ――そんなものに興味はない。俺は一人の人間として、本能の赴くまま、友人を返してもらいに来ただけだ」
「ハァ? 友人?」
「湖の村のヴェルト、という男だ。ここにいるのだろう。さっさと居場所を吐け」
「あれ? マジで言ってんの……? マジで言ってんの!? あの男を助けに来た!? それだけのためにィ!?」
「不服か?」
「てめえらあったまおかしいんじゃねぇの!?」
後ろ手に縛られたブルーネが、身体を捻って唾を飛ばす。
「ここが、友人一人見捨てなきゃいけないような国だったなら、そっちの方が狂っている。――だろう? 王女様」
「その通り!」
私は酷い蚯蚓腫れの顔面を睨みつけた。
恐怖はない。怒りもない。ただ、好き勝手我儘放題してきた男の末路に、憐憫を覚えただけだった。
「逆恨み、かっこ悪いよ。ヴェルトは返してもらうから!」
「てめぇは、あの時の……!」
「べーっ」
精いっぱいの侮辱を込めて、私は舌を出した。
「さて」
シューゼルは興も覚めたとばかりに視線を切って、荒れ果てた室内を見渡す。喚く見苦しい男のことなど視界に入らないというように、浴びせられる罵声に涼しい顔で返した。
その時、部屋の奥の扉を捜索していた自警団の男が何かを見つけた。
「シューゼルさん! 来てください!」
何かが倒れる音に続いて、ガラスの割れるような音がその部屋から聞こえて来る。
直観みたいなものに囁かれて、私の足は自然とその部屋に向いていた。
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