第218話 幕間 リリィの嘘 その②

「あの童話が好きなリリィちゃんがさ、物語をバッドエンドで終わらせるわけないじゃん。リリィちゃんはすべての人が報われるハッピーエンドを目指すはずだよ。今の状況は一方的にヴェルト君が不幸になって終わってしまう。そんな物語、あの子は絶対に許さない」

「……」


 言われてようやく腑に落ちた。

 レベッカの言う通りだ。童話が好きで、寝る間も惜しみ、食事をケチってまで読み漁る童話狂いの王女様が、誰も読みたくないようなつまらないエンディングを迎えさせるわけがない。それが何よりの嘘の証拠じゃないか。


「……不覚だ。俺はあいつに一杯食わされたってわけか」

「ようやくわかったか。この朴念仁め」

「若いとはすばらしいのう」


 安堵と羞恥心が交互に訪れてきて、俺は自分の顔が赤くなるのを自覚した。にやにやした軍人たちの視線から避けるように、窓の外に視線を投げた。

 モニカにはまだ、俺の記憶がある。

 自覚して温かい気持ちが湧いてきた。そして、そんな気持ちを抱いてしまう自分に少しだけ驚いた。


「決定的に真偽を確かめるなら、方法もあるじゃん。ほら、以前お世話になったさ、キャメロンに憑りついている……名前、なんて言ったっけ?」

「ガロン……? ――いや、そうか」


 もう一人、一部始終を見ていた人物がいる。


「しかしじゃ。このままではヴェルト殿の責務が果たされんことになる」

「ギール副隊長の言う通りだな。この村は童話王の命に応えられなかった。契約は破談する」


 執務室に肘をついたまま、シューゼルが難しい顔をする。


「そうしたらあたしたちは、この村から引き上げなければいけない。リリィちゃんは、自分が童話王に直訴すればひっくり返せると思っているのかもしれないけれど、それは甘い」


 甘い。

 俺が見ても、この作戦は穴だらけだ。願望に寄り過ぎていて確実性に欠ける。


「……正さなければならないな」

「うん。辛い仕事がまた一つ増えたね」


 モニカにリリィ。村のために動こうという俺の覚悟を、ことごとく乱していく。

 でも、もうさっきのような怒りは覚えなかった。モニカもリリィも、それぞれの思いがあって、信念があって、それが正しいと信じて行動している。その行いは決して糾弾されるべきものではない。

 二人の思いは無駄にしたくはない。

 俺はレベッカを見た。梢の街で出会い、フェアリージャンキー隔離病棟で共闘した。信念を知って、剣を交えて、感情をぶつけ合った。立場や関わった時間の違いはあるけれど、彼女もこの旅で培った立派な繋がりだ。

 ……随分、助けられちまったな。


「……」

「ん? なに?」


 俺の視線に気づいたレベッカが、不思議そうに首をかしげる。

 俺は何でもないと言って視線を切り、次の行動に移ることにする。




 次の日、お昼休憩で込み合う前に、俺はメイリン飯店を訪れた。

 カウベルが鳴ると、聞き慣れた声が出迎えてくれる。


「あら? リリィさんのお友達の……。この間は、水を差してしまったみたいですみませんでした」


 エプロン姿のモニカが、俺の姿を認めて近寄ってくる。礼儀正しい仕事用の性格。


「ヴェルトだ。こっちも見苦しい所見せちまったな」

「いえ。失礼とは承知していましたが、私もリリィさんに、その、理由を聞いてしまいましたから」

「あいつは何て?」


 ちょっと興味をそそられて聞き返すと、モニカは爪先に視線を落とした。


「その、痴情の、もつれ……と」


 思わず吹き出しそうになった。伏し目がちに役を演じるモニカも、この設定を考えたリリィも大真面目なのはわかる。けれど、裏を知ってしまっていると、目の前の茶番が滑稽に見えて仕方ない。


「ですので、あまり深くはお聞きしていません……」

「そうか。あいつが迷惑かけたな」


 込み上げて来る感情を決して表に出さないように、俺も茶番に乗る。

 案内されたカウンターでお昼の定食を注文し、料理を待つ傍らでモニカにいくつか質問してみた。

 家族はいないのか。リリィとはどういう知り合いなのか。リリィの出自は知っているのか。リリィと俺の旅の目的を知っているのか?

 リリィの作戦にはまってモニカが記憶を奪われたと思い込んでいる。そういう前提で出てきそうな質問を繰り返す。記憶を失った後の整合性は、概ね人間の脳が上手く帳尻を合わせるらしいから、そこに齟齬を生じさせることを考えたのだ。

 だが、結果として、モニカの演技は完璧だった。リリィが考えたであろう拙いストーリーを完璧に演じ切り、ボロを出さなかった。怪しい所は怪しいままに、記憶を奪われた違和感を演出するところまで含めて違和感はなかった。こいつにこんな才能があったのだと改めて驚く。


「……テストはこのくらいでいいか」

「ん? 何かおっしゃいました?」

「いや。独り言だ」


 店が混み始めるのと同時に、俺はメイリン飯店を後にした。またお越しくださいというモニカの言葉に、どこか安堵がにじみ出ていたように感じたけれど、それもあれが演技であると知っているから思うことなのだろう。

 俺は次の目的地を目指す。

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