第202話 大捕り物
村には少しの間平和な日々が訪れていた。
歴史の国にも、教典の国にも大きな動きはなく、ヴェルトも行動を起こさず、モニカが匿っている革命家も姿を現さなかった。
集会場ではシューゼルたちが、村が抱えるいくつもの問題について知恵を絞っているようだったけれど、その熱とは対照的に村はさらに冬へと近づいた。
何も知らない村の人たちは季節が変わっても呑気で、顔が知られ始めた私でも、道を歩くと声を掛けられることが多くなった。この前は大根を沢山もらってしまった。
この村の人たちは、人にものをあげるのがとにかく好きだ。
そんな平和な世界の中、私の心の中だけが春の嵐のように大荒れだった。
最大の誤算は、あの夜あの部屋にガロンがいたことだ。
「嬢ちゃんや、やあ嬢ちゃんや、嬢ちゃんや。昨日は楽しかったなぁ。面白い話が聞けたぜ。ガッハッハ」
私は忘れていたのだ。首から掛けていたガロンをベッドの隣のテーブルの上に置きっぱなしにしていたことを……。
私とモニカの赤裸々な恋愛トークを、事もあろうか下種の塊に聞かれてしまった。
あぁ……。思い出しただけで顔から火が出る……。
「下種の塊とは失礼な。これでも騎士の端くれだぜ! 秘密は守るし、嬢ちゃんを応援してやるって!」
「違う! 違うの! 応援してほしいわけじゃなくて、忘れてほしいんだってばっ!」
「なんでぇ。隠すことねぇじゃねぇか。堂々と言っちまえって! そしたらきっと、楽になるぜ?」
「もう、ガロンは黙ってて!」
私史上最大の汚点だ。もはやガロンを壊して私も死のう。そう思って窓のそばまで行って下を見ると、晴れやかな笑顔でヴェルトが私の窓に向かって手を上げた。私は急いでカーテンを閉め、上がった息を整えるのに半刻はかかった。
しかし慣れとは恐ろしいもので、数日そんな風にして過ごしていると、だんだんと普通が戻って来た。
二日後にはヴェルトの顔をまともに見れるようになったし、ガロンのいじりにも抵抗ができた。ガロンは残念そうにしていたけれど、私にとってはこれでいいのだ。このよくわからないむず痒い気持ちは、もう少しの間しまっておこう。
モニカともあれ以来普通に話せるようになり、湖の村の旅は安定期を迎えた。ように見えた。
けれど、無風状態とは、大きな嵐が訪れる前触れに過ぎない。そのことを、私は思い出した。
「捕まえたぞぉ!」
村人たちの快哉が上がって、集会場にいた私たちはお互いの顔を見つめ合った。
お昼過ぎの気だるい時間。どの議題も膠着状態が続いているというヴェルトの愚痴を心配した私が、何か力になれないだろうかと久しぶりに集会場を訪れている時だった。私の意見は役に立たなかったけれど、膠着状態を打開する鍵が、外野の方から飛び込んできた。
「どこだ!?」
現場に着くなり、息を荒げたシューゼルが叫んだ。
村から少し離れた湖のほとり。青い空を見上げる常緑樹が程よい木漏れ日を作る空間に、屈強な男たちが集まっている。軍服を着た人が半分、もう半分は肩に自警団を示す赤色のワッペンを付けていた。
「あ、シューゼルさん」
若い自警団の男が、私たちの一団を見つけて駆け寄ってくる。
「童話軍の人たちが見つけたようなんです。その、我々が追っていた、革命家を……」
私にヴェルト、村長のシューゼルと、童話軍の隊長と副隊長。渦中の人物と対峙するにふさわしい面々が到着したわけだけど……。
私は急いで周りを見渡した。
……いない。
肝心のモニカとクリフが、まだ来てないなかた。
お腹の底の方がそわそわしてきた。
レベッカが近づくと人だかりが割れた。
「は、離してくださいぃ。ぼ、僕が何したって言うんですかぁ」
割れた人垣の隙間から、細く白い脚が見えた。
「あれま。革命家というからギールみたいにひねくれた老獪を想像していたのに、随分と若い犯罪者だこと」
「ほっほ。耳が痛いのう。これでも国に身を捧げた兵士じゃというのに」
「日頃の行いって大事なんだよ」
「ならば問題ないはずじゃなが、はて?」
下手人を見下ろす軍の幹部たち。濡れた地面に転がされた革命家にはいったいどう映っているのか、想像したくもない。情けなく弱々しい声が聞こえてきて、私もレベッカの後ろから転がる人物の姿を覗き見た。
年のころは私と同じくらいだろうか。やせ細った腕に、女の子のようにつるんとした顔。衣服は汚れ、異臭を放っている。癖のあるブラウンの髪を全て後ろで一つにまとめて、さながら落ちぶれた武者のような出で立ちだ。
童話軍の兵士二人がかりで身体を押さえつけられ、頬に土を付けている。暴れようとした拍子に腕を捻られ、可愛い顔に苦悶の表情が浮かんだ。
「い、痛い、痛いです……。腕が、折れちゃう……。殺されるぅ……!」
「うちの隊がそんな野蛮な事するわけないでしょう。心外だねー。罰として腕の一本ぐらい折っちゃおうか?」
「それは名案じゃな」
「ひあぁああ!」
「ちょっと、レベッカ!」
甲高い悲鳴に耐えかねて、レベッカの軍服の裾を摘まんだ。いくら犯罪者とはいえ、私と同じくらいの子供に酷いことをしてほしくはない。
レベッカは、「冗談だよ、冗談」と言って肩をすくめた。
「こいつが、歴史の国が追っていた革命家なのか……?」
自警団の人たちの報告を聞き終えたシューゼルが、眼鏡の位置を直しながら隣に並ぶ。
「まだ子供じゃないか」
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