第196話 納屋の秘密

 ヴェルトの責務の問題は一旦棚上げにすることにした。考えなきゃいけないことが増え過ぎて、私の童話に特化された脳みそが処理しきれなくなってきたのだ。緊急性を要する課題、とりわけ庭の納屋に潜む謎の影が、最優先事項だと私は判断した。

 この家には誰かが住み着いている。

 まずこれから解決しなければならない。

 その日の夜、仕事から帰って来たモニカを捕まえてリビングのソファーに座らせた。


「なになに? 兄さんもリリィさんも改まって」


 ピリッとした空気を感じ取ったのか、モニカは普段よりも緊張しているように見えた。

 そりゃこんな無表情に睨みつけられたら、妹だとしても身の危機を感じるよね。わかるわかる。私は同じ女性として、ヴェルトに虐められる被害者の会代表として、これから待つモニカの運命に同情した。

 こういう時、ヴェルトは回りくどい話をしない。


「今日庭の納屋を見た。あれは何だ?」


 ほらこれだ。もっと言い方というものがあるだろうに……。だからと言って、私に振られてもモニカの気持ちを考えた最適な尋問なんてできないのだろうけれど。最適な尋問って、そもそも言葉として破綻している気がするし。

 モニカは、虚を突かれたと言わんばかりに目を丸くした。


「あ、え? えぇ! 見たの、兄さん?」

「見た。俺が旅に出るまで、あそこは普通の物置だったはずだ。あれじゃまるで……」


 ヴェルトはその先を飲み込んだ。


「答えてくれ、モニカ。この家に誰か居るのか?」


 代わりに問う。誰か居るのか、と。

 私もヴェルトもガロンも、あの納屋の中を見て同じ印象を持った。

『打倒国家!』、『家族を返せ!』、『王政を許すな』……。そんな熱烈な訴えがいくつも張り付けられていたら、そこを根城にしている人物の心当たりに、嫌でも思い至ってしまう。

 歴史の国の革命家。

 そこにいたのはきっと、童話軍やシューゼルたち、それに歴史の国が探しているという、噂の革命家だろう。

 歴史の国の変革を訴え、祖国に追われた哀れなピエロ。けれど、その熱意は今だ衰えることなく、童話の国に逃げ延びてチャンスを伺っていた……。そんなストーリーが構築できた。

 重要なのは、この質問を問いかけられたときのモニカの反応。神経を研ぎ澄まし、次の言葉を待った。


「うわー。まじかー。見られちゃったかー。もう、なんで見ちゃうかなぁ」

「俺が俺の家のどこを見ても、俺の勝手だろ」

「別に兄さんの行動を咎めているわけじゃないけどさ。間が悪いっていうか、運がないっていうか、うーん……」


 しばらく口の中でもごもごした後、モニカは「うん」と言って頷いて、決意をしたように顔を上げた。


「実はね……」

「……」

「私、書いてるの。童話」


 ……。

 ……ん? なんだって?

 私は待ち構えていた答えの候補にかすりもしない回答を得て、開けた口から言葉が出て来なくなった。


「え? ……えぇっ!?」

「だからっ! 私、童話書いてるのっ! あそこにあったのはね、ぜーんぶ、私が書いてる童話の資料なのっ」

「モニカが……童話を……?」

「……うん。……うっわぁ、超恥ずかしいんだけど! これはキツイ。兄さんちょっとどっか行ってくれない?」

「そんなわけにいくか」


 モニカの顔がりんごのように赤くなっていく。戸惑っているのはヴェルトも一緒だった。額に手を当て、目をつぶって口の中でぶつぶつと呟いていた。

 ちょ、ちょっと待って。一回整理しようか?

 モニカは、童話作家で、家の納屋で、革命家? 違う! 革命家は童話作家で、モニカは家の納屋? 違う! 革命家は関係ない!

 衝撃でバラバラになった単語が思うように結びつかない。


「えっと、つまり……。あの納屋を改造したのはモニカで、モニカがあそこに籠って童話を執筆していたの……?」

「……まぁね。執筆って言うほど大袈裟な物じゃないよ。趣味? 私も童話好きだからさ、読んでいるうちに自分でも書いてみたくなってね……」


 私は間借りしているモニカの部屋を思い出した。自慢の本棚にはモニカの趣味を誇張するかのようにたくさんの童話の背表紙が並んでいた。自分に合ったテーマを読み進めていくのは、自分の好きなものをちゃんと理解している証拠だ。

 あ、じゃあもしかして……。

 私は大変なことに気付いてしまったかもしれない!


「『時間旅行』も、もしかしてモニカが……?」

「時間旅行……?」

「あれ?」


 違った?

 モニカは不思議そうな顔をして私を見つめた。言葉の意味を測りかねているような困り顔。わからないではなく、その単語が童話のタイトルを示していることすら知らないような反応だった。

 私を唸らせたあの童話の作者がこんなに身近にいたなんて! と勝手に舞い上がってしまったのだけれど、なんだ、違うのか……。残念……。続き読みたかったのに……。

 それにしても、ますます謎の深まる一冊だ。

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