第149話 待合室 その②

「『先生』……」


 その名はルルベの物語に出てこなかった単語だ。

 私はヴェルトとレベッカと顔を見合わせて頷いた。

 レモアの話に出てきた人物。恐らく同一人物だろう。とするとおかしなことになる。この青年の中で、『復讐のルルベ』はどんなアレンジがされているのか。レモアの場合は、ヒツジを唆す役割としてキツネがいた。レモアの中で『先生』はキツネと認識されて腑に落ちていたのだろうけれど……。

 ヴェルトが慎重に言葉を選ぶ。


「てめぇはその『先生』って奴に、脅されたから俺たちを殺しに来たってのか?」

「脅されたぁ? ははん。笑っちゃうねぇ。私が脅されるなんてあるわけないじゃないか。あいつは私のアドバイザーだよ」


 アドバイザー? 生涯誰にも弱みを見せなかったルルベがアドバイザーに頼っているの?

 何それ。頭が痛い……。


「私はね、あの人の掲げる思想に共感したんだ。一緒に世界をひっくり返す同士としてね」

「んじゃ、あんたは共犯者ってわけだ。『先生』を逮捕したあかつきには君も、一緒に御用となる覚悟がある、と。いい度胸だねぇ」


 レベッカが腕をまくると、偽ルルベは一歩足を引く。


「い、いやぁ。それはどうかな。私は、あくまで一協力者に過ぎない。――そ、そんなことより、いいのか? 辞世の句を残す時間はもうないぞ」

「ねぇ、ルルベ」


 私は自分の思考が急激に冷静になっていくのを感じた。


「ルルベが世界をひっくり返したい理由は何?」


 レベッカの前に出て、偽ルルベの目を見て私は告げた。

 このセリフは、ルルベの幼馴染がルルベの正体と政府転覆を企てるテロリストだと気付いた時に投げかけたものだ。大好きなルルベの裏の顔を知ったとき、彼女は本当に苦悩した。嫌われることも、決別することも、殺される覚悟だって持って行ったに違いない。

 ルルベは全てを悟って、真摯に真実を語る。全ては殺された弟の為だと。


「そんなこと、お前たちに教える必要なんてないね。僕の崇高な目的が穢れてしまう」

「私が! シャーロットが、あなたの、幼馴染が聞いてるんだよ! 教えて! 本当の目的を」

「シャーロット……」


 私が挙げた名前に、一瞬躊躇する仕草を見せる。けれど偽ルルベは、吹っ切るように鼻で笑った。


「ただ幼い時から一緒にいたという理由だけの関係で、私に特別扱いしてほしいのか? これだから女はくだらない!」

「……そんなこと、言わなかった……」


 私の心に宿った感情は、怒りだ。

 これは、凌辱だ。童話に対する侮辱だ。この人がやっていることは、童話をダシにして、自己満足に浸っているに過ぎない。童話への愛も、尊敬も、好きだという気持ちすら感じられない。

 一人のファンとして、許せないっ!


「あなたはその童話のフェアリージャンキーになんてなる資格はない!」

「え? は、はぁ?」


 口に出したら止まらなかった。流れるように言葉が紡がれていく。


「今の質問、大事な場面でしょ! シャーロットを想うルルベの気持ちになったことあるの? ねぇ、ないでしょ? だからそんな適当な返し方するんだよね。ルルベがどれだけ弟のこと大切にしていたかわからないの? 信じられないよ! 受け取り方は人それぞれだと思うけれど、あなたのやっていることは二次創作をして印象を悪くしてる。そんなもの、ファンなんかじゃない!」


 フェアリージャンキーはその童話が好き過ぎて、主人公になりたいという気持ちが大きくなって発症すると聞いた。その熱量は想像を絶する。常識ではありえないファンタジーの世界に、理性を保ちながら埋没する。やっている本人は幸せだ。そしてそれ以上に懸命だ。懸命になれるからこそ、童話の主人公たりえる。

 この人にはその熱意が全然足りていない!


「まずさ、何その汚い格好。ルルベなら襟を立てた黒いマントに白いスカーフでしょ? 大げさな仕草は真似ているようだけどさ、だらっとしていてルルベから感じたカリスマ性が全く感じられないの。髪の毛だってボサボサじゃん!」

「う、ぐっ!」

「行動もそう。なんで人前に簡単に姿をさらすの? なんですぐに勝ち誇るの? 勝ち誇った姿は確かにルルベを象徴する姿だけど、それは人前に見せないじゃん。ルルベの正体を知らない人たちは冷静な指揮官だと思っているんだよ? それを敵陣の前に一人で出てきて高笑いとか。あり得ない!」

「ぐ、は……」


 胸を押さえてうずくまるが、私は攻撃の手を緩めない。


「そして何より、かっこよくない!」

「……あが」

「あの誰もが憧れるスタイリッシュさ。人間臭さ。それがあなたからは感じられないの」


 行きを目いっぱい吸い込んで、鉄槌を下す。


「あなたはルルベじゃない。こんなかっこよくない男を、ルルベだなんて認めないから!」

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