第118話 異常の正体

「童話の国が隠さなきゃいけないものが、この廃病院にあるってこと?」

「あたしがそれを漏らすわけないじゃん」

「でも、ちゃんと理由がないと、私も帰らないよ」

「あら? しばらく見ない間に随分強情な性格にお育ちになって。まったく、誰に似たのか」

「私も成長しているの」


 顎に手をやり、悠然と構えるレベッカから絶対に目を離さないように、私は思考を巡らす。こういうのを隙が無いって言うのかもしれない。私はレベッカやヴェルトみたいに闘うことに慣れていないからよくわからないけれど。


「二対一でもあたしにゃ敵わないよ。それぐらいリリィちゃんでもわかるでしょ?」

「それは私でもわかるよ」

「じゃあ、大人しく帰ってね。わかるでしょ。ここを通さないことが、お姉さんのお仕事」

「私の命令でも?」

「鋭い所突くなぁ。……そうだよ、リリィちゃんの命令でも。それは聞けないね」


 レベッカは渋々頷いた。バートには事情がさっぱりだろうけど、私とレベッカの間では、言葉以上の情報が飛び交った。童話の国の王女である私よりも上からの命令。そんなことができる人間はこの世に一人しかいない。童話王、イートハブ。お父様だ。

 どういうこと? 童話の国の国家規模の秘密が、このお化け病院にあるって言うの?

 ますます状況が混乱してきた。レモアは一体、何のためにここに来たんだろう。


「教えて、レベッカ。ここは何? どうしてお父、……童話の国の軍はここを守るの?」

「だから言えないってば。リリィちゃんは、ヴェルト君の旅を支えることが任務でしょ。他所の問題に首を突っ込んじゃダメ」


 こうなったレベッカはてこでも動かない。普段は緩く生きているのに、締めるところはしっかり締めて来る。軍隊長には、そういう面を認められて任されたのだろう。

 成り行きについてこれないバートが、口を出せずにオロオロしている。

 私は覚悟を固めた。


「いい、バート。あの人に突っ込んで。何でもいい。なりふり構わず足を止めるの」

「は? え!?」

「その間に、私は全力であの病院まで走る!」

「正気か、リリィ!?」

「大丈夫。この方法は絶対にうまくいくから! 私を信じて!」

「つっても、あの姉ちゃん、ただものじゃないんだろ?」

「信じて!」

「……。……わーったよ! やるよ! やってやるよ! でもな、後で覚えとけよ!」


 バートの口角が上がった。見立て通り、伊達に悪ガキの大将やってないよね。

 あとは、レベッカを信じるのみ。


「ちょっとぉ。そんな無茶な作戦、成功するわけないでしょ。諦めて。痛い思いするだけだよ」

「行くよ、バート!」

「おう!」


 私はレベッカの発言を無視する。目指すは廃病院の入り口、一点。


「無駄だってば!」

「ゴー!!!」


 私は脚に力を入れ、レベッカに背を向けて走り出す。バートが反対方向に走り始めるのが風の勢いでわかった。一瞬目が遭った気がする。バートの瞳は不敵に笑っていた。

 二歩目、身体を加速してぐっと前に突き出したところで、声が聞こえた。


「参った」


 その声は、レベッカの口から発せられたものだ。快活なその声色を、私が間違えるはずがない。


「参ったよ。あたしの負けだ。リリィちゃんの勝ち。降参降参。あいやー、リリィちゃんも策士だね。ここは負けておいてあげるよ」


 私は二歩目で踏みとどまった。うん、やっぱり。私はレベッカを信じていた。

 レベッカは私が危険になることを見過ごせない。それはお父様の命令とか関係なく、彼女の性格と、私との関係ゆえだ。

 ちょっとずるい作戦だったけれど、こうでもしなければレベッカから一本取ることはできなかった。


「話すよ。全部とは言えないけれど、リリィちゃんが諦めてくれる程度の情報は話す。これでいい?」


 振り返ると、勢いの乗ったバートが坂道で躓いて、レベッカの懐に突っ込むところだった。参ったの声がなかったら足にタックルしようと思っていたのかもしれない。覚悟のあらわれだ。

 ぼふっと収まった柔らかな感触に、目を白黒させているバートが少し滑稽で面白かった。


「もう一つ。レモアを連れ帰って来て!」


 慌てるバートにウインクをお見舞いしたレベッカは、やんわりと横へどけると、両手を上げて降参ポーズをした。オーバーアクションで首をすくめるレベッカに、私は指を突き付ける。


「孤児院の子供なの。ここに入り浸っているらしい。出入りを繰り返すごとにどこかおかしくなっていってるの。もし無茶な事してるようなら……」

「……おかしくなっている? ってことはその子、帰って来ているの!?」


 レベッカの表情が急に険しくなった。

 帰って来ている? おかしな質問だ。

 それじゃまるで、帰って来ないことが当然の様な……。

 ……そう言えば、この病院には噂があった。


「人が消える、お化け、病院……」


 もしかして、レベッカが調べているっていうのは、この噂のこと?

 繋がってきた気がする。

 私の独り言を肯定と受け取ったのだろう。レベッカが小さく頷いた。


「うん……。その子はきっと、肝入りなんだ。だとすると、手掛かりになるかもしれない」


 私の中で、いろいろなピースが飛び交う。

 レモアの異質な行動。

 人が消えるお化け病院。

 レベッカがここにいる意味。

 ポラーノ氏の著書、『歩き真似ヒツジ』。

 それをバイブルと呼ぶレモア……。


 あの童話では、ヒツジは自らの毛を剃り落として服を作った……。


 ……そうだ。私は気付くことができたんだ。ずっと前から、少しでもレモアの行動がおかしいと思った時から……。


「レベッカ、教えて。ここは昔何の病院だったの?」


 ずっと前に流行った疫病。その患者を隔離しておくための病院だと、マムは言った。

 この旅が始まったばかりの時、城下町から出る門のところで襲い掛かってきた、一人の少年。ガロンは言っていたではないか。十年前は隔離して童話から離れた生活をさせることで無理やり厚生させていた、と。

 私の考えが正しいなら、この病院が建てられた理由は……。

 レベッカは、神妙に頷いて、その病名を口にする。



「……フェアリージャンキー」



 想像通りの答えに唇を噛む。


「ここはね、童話の国に蔓延した精神病、童話と現実の区別がつかなくなってしまったフェアリージャンキーの患者を収容する隔離病棟だったんだ」

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