第114話 レモアを追って その②

 梢の街で製紙工場の周りに住めるのは、一部の富裕層だけだ。国営の製紙工場は難しい試験と人間性を見極める面接を通らなければ働けない。厳しいふるいに掛けられて、残った一握りの優秀な人たちが、童話の国の童話づくりに携われる。もちろんお給金も桁違いだろう。孤児院がそのど真ん中に建っているから忘れかけていたけれど、街が大きくなればなるほど貧富の差は広がっていく。孤児院があちこちにある時点で、王族として察しなければならない事実だったのかもしれない。

 歩きにくくなった歩道の石を、靴の先で蹴っ飛ばした。


「ガロン隊長。リリィ隊員は少し不安になってきました。レモアは、どこに行くんでしょう?」

「追いかけてみるしかねぇだろ」

「でもさ、これ以上追いかけて、楽しい場所に出る想像が、私にはできないよ?」

「奇遇だな。俺様もだ。これはあいつを叩き起こして連れて来るべきだったかもしれねーぜ」


 幸せそうな寝顔に騙されて悪戯しなかったのが悔やまれる。


「いざとなったら、ガロンを投げつけて逃げるよ」

「こんなところに置き去りにされたら、分解されて売っ払われちまう。冗談じゃねぇ」


 寒々しい景色は、やがてほんとうに寒村と言えるほどに縮小し、ついには人家もなくなってしまった。葉を一枚も付けていない木々が、枝だけを天に向けて伸ばしている。道路は舗装されておらず、人の住む土地とは到底思えない。

 レモアは雑草天国となり果てた畦道を楽しそうに進んでいった。


「嫌な予感しかしないんだけど……」

「ここまで来て引き返す手はねぇぜ、嬢ちゃん。覚悟決めな」

「うぅ……」


 隠れる場所もないけれど、見失うような建物もない。草陰に隠れると、素肌を出している脛や腕がむず痒かった。

 やがて見えてきたのは、この街を大きく囲む城壁である。梢の街の西の果て。そこには小さな通用門があって、かつては人が通っていたのかもしれない。けれど長年にわたり放置された門は、嵌っていたはずの鉄格子が錆び落ちていて見るも無残な有様だった。

 梢の街は童話の国の最も西に位置していて、ここより先に町はない。孤児院で見た世界地図では、鬱蒼と茂る太古の森がそのまま残っていたはずだ。商人たちは南北に繋がる道路を通っていくため、この門が使われることはきっとないのだろう。


「許可証まで発行して製紙工場を守っているなら、こういう抜け道を放置しておくべきじゃないよね。今度ブラッドリーさんに教えてあげよう」


 本当に製紙工場を狙う何物かがいたのなら、こんな分かりやすい抜け道を利用しないはずがない。門番もいないから、街の中に入り放題だ。


「おいおい。いよいよあのガキ、やばいんじゃないか。門を出て行っちまったぞ?」

「うん。連れ戻した方がいいと思う」


 レモアの足取りは確かだ。目的があって進んでいるように見える。前回のお休みの目的も同じだったとするなら、レモアは恒常的に街の外に出ていることになって、それはマムのお叱りのレベルを超えている。

 この先に何かがあるのだろうか……。


「もうちょっとだけ、様子見る。……行ってみよう」


 私もレモアに続いて、朽ち果てた鉄門を踏みしめて、通用門を潜った。




 門の外は南門の外と同じ針葉樹の森だった。切り拓いたのは随分前なのか、日に焼けた切り株がいくつも並んでいる。太陽は相変わらず姿が見えず、森が濃くなるとさらにいっそう視界が悪くなった。

 門の外には畦道が続いている。昔は馬車がすれ違えるほどの幅があったのだろうが、今は道の端から勢力を拡大した植物で溢れかえっている。しゃがみこんで植物を観察すると、最近踏みしめられた跡があちこちにあった。少ないながら人が行き来している証拠だ。


「道があるってことは、この先に何かあるんだよね?」

「じょ、嬢ちゃん。この辺りは、なんだか、やばいぞ。――……した、……が」

「え? ちょっと、ガロン!?」

「――意識が……、――にげ」

「ガロンっ!」


 首からキャメロンを外して、向かい合って見つめる。レンズには不安そうな私の顔が映っていた。力を込めて振ってみたけれど、黒い武骨な魔法具から濁声が響いてくる様子はない。


「どうしよう……」


 ガロンがおかしくなっちゃった。さっきまで何ともなかったのに。

 最近特に様子がおかしかったし、意識が落ちていたことも何度かあったけれど、それは眠る様なものだと思っていた。でも、今の現象は意志に判して意識を刈り取られたような、そんな感じだった。

 私は道の続く先を見つめた。鬱蒼と茂る森に向かって緩やかに登っている。

 後ろを振り返ると、朽ちた門が今ならまだ間に合うぞと手招きしていた。

 ガロンの件は一大事だ。でも、レモアが危ないことをしていたら止めないといけない。

 ……私はこれでもあの孤児院では一番のお姉さんだ。


「うん! よし!」


 私はキャメロンの紐をぎゅっと握りしめて、緩やかな坂道を登り始めた。

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