第94話 レモアとバート その②

 何を考えているかわからない。それは確かにその通りだ。

 ヴェルトのことを想っている。それだって、レモアを見ていればわかる。でも何だろう。レモアが見せる執着が、尋常ではないと思ってしまう。

 一瞬ひるんだバートが、今度はヴェルトを睨む。


「全部、全部お前のせいだ! お前が来てからおかしくなった!」

「俺は何もしてない。それに、まずこれまでがおかしかったことに気が付け。レモアがどれだけの悔しさを胸の中に溜め込んでいたのか。頭冷やして考えてこい」

「……なんだよ! なんなんだよっ!」


 言葉がバートの身体に刺さるのが目に見えるようだった。痛みに必死で耐えているバートが、急に年相応の男の子に見えて来た。自分の想いを正しくコントロールできなくて、それがもどかしくて、発散する方法が分からない。

 子供同士のコミュニティは難しすぎる。


「どうしたのですか! この騒ぎは!」


 マムがリビングに現れたのは、バートが何も言い返せなくなってからだった。ヴェルトに頼まれて濡れタオルを取りに行った子に手を引かれている。女の子の心配そうな表情と、マムの驚いた顔が対照的だった。


「バート!」


 マムの声がリビングに劈く。


「またあなたですか! 暴力はいけません。いいですか、人は助け合って生きていかないといけないんです。友達を敬わなければ……」

「うるせえっ!」

「バート!」


 粗暴な少年は立ち上がるとヴェルトとレモアに背を向けた。


「俺はお前が嫌いだ、レモア!」


 絞り出した声に、か細いレモアの声が返す。


「うん、ボクもね、バートは嫌いだよ」

「……っ!」

「ボクが好きなのは、ヴェルトだけなんだ。ごめんね」


 飾られない言葉は、リビングに響き、残響を残して消えた。

 バートの肩が小刻み震えていた。視線を床に落としたままゆらりと動く。


「ヴィッキー、ロニー。行くぞ」

「え? え? でも、今から夕飯だよ。バート」

「そ、そうそう。お腹が空いちゃうよ。僕は、ご飯、食べたいなぁ」

「行くぞって、言ってんだろ」


 マムの前に行き、マムと視線を合わせることなく、横を素通りしていく。後ろ姿に、何とも言えない物悲しさがある。マムの手を握っていた女の子が、距離を取るようにマムの後ろに隠れた。

 バートにはもう、マムの声も届いていない。必死に引き留めようとするマムをぞんざいに扱って、バートはリビングを出ていった。


「もう、バートってばぁ」

「待ってよぉ」

「あなたたちまで! ――いいです。我儘な人には孤児院の食事は勿体ありません。反省するまで食事は抜きです!」


 悪ガキチームが出ていくと、リビングルームには安堵の空気が流れた。誰もが緊張状態に疲れていたのかもしれない。


「はいはい! 皆さん夕食にしますよ。今日はカレーですからね。配膳手伝ってくれますか?」


 子供たちが隣の子供と顔を見合わせながら、ゆっくりと行動を開始する。私の身体もようやく金縛りから解放された。躓きそうになりながら、ヴェルトの元へと近づいた。


「レモア、大丈夫?」

「心配ない。たぶんあいつも本気で童話を踏むつもりじゃなかったんだろう。大して力はかかってなかったようだ。だからと言って、許される行為じゃないがな」

「ひとまず無事でよかった」


 胸の中に溜まっていた空気を吐き出すと、私の気持ちも少しだけ楽になった。

 ヴェルトの手の中で、レモアが子猫のように丸まる。


「うくく。ありがとう、ヴェルト。ヴェルト、ありがとう」

「礼はいい。代わりに、自分の身体をもう少し労わってやると約束してくれ」

「うーん、それは難しい相談だなあ。ボクは自分の身体が、あまり好きではないんだよ?」

「俺が助けた身体だぞ」

「そっかあ。それもそうだね」


 レモアのことが分からない。彼女は裏表がないにもかかわらず、私たちの常識では測れない何かを持っている。ヴェルトは、わかっているのかな? わかっていてあんな風に接しているのかな?

 ヴェルトに甘えるレモアを見下ろして、私の中の不安は沈殿していく一方だった。

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