第65話 観光案内
トトルバさんは、ヴェルトよりも一回り年が上だ。持ち前の弁舌と失敗を恐れない精神で、様々なことを体験し、その身に蓄えていた。私とヴェルト、それにガロンの三人の旅では、思いつかないような話がたくさん出て来るのが新鮮で面白い。
旅先での交渉術、上手いお金の儲け方、この国の地理などなど。中でも私の興味を引いたのが、童話の買い付け方法だった。
「ん? リリィさんは、面白い所に食いつくね。いいよ。教えてあげる」
トトルバさんはにこりと笑って語ってくれた。
著者に直接アタックして、販売権を買い取る方法や、小さな出版社と契約して独占販売をする方法、中古品を買い取り、需要が多い村に配給する方法など、一冊の本を巡るあれやこれやが複雑に絡まり、一つの物語を形成しているようである。
「で、要するにだ。小手先の技術なんてものはいくらでもあるけどさ、結局一番効果があるのが、あのポスターだよ」
トトルバさんは、テラス付きのカフェから見える向かいの童話店の扉を指差した。そこには、威厳ある王様と、憂いを漂わせる王女様が描かれたポスターが飾られていた。
私の背中がびくりと震えた。
「後ろ盾って奴? 童話の国で童話を売るのに、あれほど便利な免罪符はないね。あれを掲げるだけで、お客だけじゃなくて、童話を売りに来る著者や出版社も入れ食いだったわけよ」
あれって、そんなに価値のあるものだったんだ……。恥ずかしさはさすがに克服したと思ってたけど、改めて言われるとやっぱり恥ずかしいや。
「……まぁ、あれを偽造して掲げてたから捕まったんだけどね。今だから笑い話」
「……」
それはちょっと笑えない。
高揚しかけていた気持ちが、すっと冷えた。たぶん、トトルバさんに悪気はないんだろう。
急に黙ってしまった私の手元に、ヴェルトの手が伸びてきて、手の甲を軽く叩いた。気遣ってくれているんだろう。私も珍しく愛想笑いを浮かべた。
休憩のために入ったオシャレなカフェで、この街で取れるという果実のジュースを味わいながら、私はそんなことを思った。
「でさ、でさ! 僕はもう我慢ならず聞きたいわけだよ。君たちがどんな原石を回収してきたのかをさ!」
トトルバさんは身を乗り出して聞いてきた。
「もうさ、僕の思い出はすっからかんなんだよね、正直。二年間で三十人ぐらいかな? 思い出を切り出して童話の原石に変えて来たんだけどさ、いやー、ないよね。もう絞っても何にも出ない。絞りつくしたスポンジより空っぽ」
「それで、俺たちの原石を参考にしようってことか」
「さすがヴェルトさん! 話が早いね! そうそう! これから使おうとしているアイデアをくれって言ってるわけじゃないよ。これまでで面白い原石だなぁ、って思ったやつを教えてほしいんだ」
「どう思うリリィ」
「私は別にいいよ。トトルバさん、困っているし」
「やったぁ! ……おっと、失礼。ははは」
周囲の注目を集め、しなしなと小さくなるトトルバさん。肩を縮めて自分のもみあげをくるくると指でなぞったる姿が、自信満々にオーバーリアクションするいつもの雰囲気とギャップがあってかわいらしく見える。。
トトルバさんのご所望通り、これまでの原石のお話を、できる限り童話っぽく聞こえるように話した。話しながら思う、ずいぶん積みあがったものだと。
「び……」
「び?」
語り終えた後、トトルバさんは小さくうずくまった。そしてバネが跳ね返るように、ものすごい勢いで近づいてきた。ギュッと手を握られる。
「えっ? えぇ!?」
「びっくりした! 本当に面白いよ! どれもこれも童話の国の童話に匹敵するレベルだ。かー、こりゃ負けたね」
「え、えっと。そう、かな?」
「元童話商人が言うんだからさ、リリィさんも自信持った方がいいよ!」
「……へ。へへ」
悪い気分はしないな。
そりゃね、童話の国の王女だもの。面白い童話が作れないようじゃ、王女は名乗れないよね。
「おいおい。うちのリリィをあんまり調子づかせないでくれよ」
「む?」
「いやー、本心だよ! これは凄い。それを演じたヴェルトさんもまた、凄い!」
「演じたとか言うな」
「全部本心だったもんね!」
「それは……、もういいだろ!」
「あ、拗ねた」
こういうところで恥ずかしがるヴェルトは、どこか子供っぽくて好きだ。もっとからかいたくなってしまう。……あとで、十倍になって仕返しされるけれど。
「ヴェルトさんのお話も、出版されたらぜひ読ませてもらう! 空っぽの僕にもちょっぴり楽しみが増えたよ! ……ん?」
気が付くと、カフェの店員さんがトトルバさんの後ろに立っていた。
「トトルバ様、でいらっしゃいますね。お客様がお待ちです」
シックなエプロンに身を包んだ店員さんは、一言伝えると、音もなく下がっていく。楽しい会話に水を差された感じだ。
「何なんだ。せっかくのいいところだったのに……。――ごめんね、ヴェルトさん、リリィさん。少しだけ席を外すよ。知り合いがそこまで来ているみたいなんだ」
「あぁ、気にすんな」
ぺこりぺこりと再三お辞儀をして、私たちに背を向けて店を出ていくトトルバさん。
この街は長いって言ってたから、知り合いも多いんだろう。童話商人だったころの知識を活かして、この街の童話組合のために一肌脱いでいるという話もしていたことだし。
「ふわぁー。よぉ、嬢ちゃん。俺様は暇すぎて死んじまいそうだぜ。あの野郎とはいつまで行動するつもりだよ。いい加減、俺様にも喋らせてくれよ」
「ダメだよ、ガロン。喋っちゃダメ。ガロンが喋ったらまた面倒なことになるんだから」
「人を邪魔者みたいに言いやがって」
不貞腐れたように文句を言うガロンだけど、人前でしゃべらないという約束は律儀に守ってくれている。ガロンという存在が、相手にどんな影響を及ぼすかをちゃんと考えてくれているのだ。
「ホテルに戻ったら、一日分の話を聞いてあげるからさ」
「半刻と待たずに寝るじゃねぇかよ……」
「そんなことないない」
守る予定のない約束を取り付けておく。夜は眠くなる。人はそれに抗えない。
「いやぁ。お待たせお待たせ」
ガロンと他愛ない話をしているうちに、トトルバさんは帰って来た。待ったというほどの時間は待ってない。けれどトトルバさんは、とても腰を低くして謝ってくれた。
「新しく入った若い子が発注のミスをしたみたいでさ、その尻拭い。ヤになっちゃうよ。でもま、そう言うところも可愛かったりするんだけどね。手のかけ甲斐があるってもので」
「随分ここの生活が根付いているな。もう旅には出ないのか?」
黒くて苦いコーヒーを啜りながら、ヴェルトが問う。
「ん? 出るつもりだよ。でも今は充電期間、というか育成期間というかね。まだまだ佳作にもならない縁ばかりだから」
「佳作、ねぇ……」
「そんなことより」
トトルバさんは会話を切り上げて立ち上がった。
「そろそろ本日のメインスポットへご案内だよ!」
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