第64話 仲間意識
「まずは、僕の素性から話すのが筋ってもんだね」
トトルバさんは、口元をナプキンで丁寧に拭うと、改まって話し始めた。
「僕は童話市でしがない商いをしていた元童話商人」
「童話商人!?」
「で、加えて元詐欺師だ」
「詐欺師っ!?」
私の驚きと同時に、隣に座るヴェルトの警戒レベルが一気に上がった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。元だって言ったろ? 僕はもう足を洗ったんだよ。それにほら、考えてみてくれよ。詐欺師が自分のことを詐欺師です、なんてバラすわけないだろう?」
こういう反応を取られることが分かっていたのか、トトルバさんは冷静にヴェルトの威嚇をやり過ごす。
ま、確かに。トトルバさんの言う通りではあると思うけれど。詐欺師が詐欺師を名乗ったら警戒されるに決まっている。
「元、ってのは何だ?」
「言葉の通りさ。君たちがどういう理由でキャメロンを持っているかも興味があるけど、まずは僕の話。――いやね、お恥ずかしい話なんだけどさ、僕は昔悪いことをしていたんだよ。買い付けた童話に不当なマージンを上乗せして売ったり、ありもしない架空の童話をでっちあげてお金を巻き上げたりしていた」
自嘲気味に話すトトルバさんは、けれどどこか誇らしげでもあった。
「ずる賢いだけの小悪党。大勢の人間を不幸にして大金を掴むような大悪党じゃない。目立たなければ稼ぎも地味。そして、その終焉も果てしなく地味だったよ。――僕は不正がバレて童話の国の軍隊に捕まった」
「捕まった……」
童話の国に捕まったというのなら、お父様は知ってそうなものだけれど、少なくとも私の耳にトトルバという名前は入ってこなかった。本人が言うように、本当に小悪党だったのだろう。
「課せられた刑が、童話の原石の回収さ」
「てことはお前は今、罪を償っている最中ってわけか?」
「そう! そう言うこと。もう二年半になる。あと四年、僕はこれを続けなくてはならない」
「よ、四年!?」
原石の回収に出た理由も驚きだけれど、あと四年も原石回収の旅を続けなければいけないなんて。想像しただけでめまいがする。
ヴェルトに課せられた責務は一年。既にその半分は消化したし、順調に面白い童話の原石が集まっているから、期間を短くしてくれることもあるかもしれない。それに引き換え、四年は長い……。
でも、それも当然なのかな。だって、罪に対する罰なのだし。
「トトルバさんは、不幸にした人への贖罪を、こうやってこなしているんだね。私は、凄いと思う!」
「そうかいそうかい! そう言ってくれると、僕も少し気が楽になるよ」
トトルバさんの顔にポッと花が開く。
「詐欺なんてつまらない事だったよ。今になって思うね。目先の利益ばかり追いかけ過ぎた。僕はとても若かった。周りが見えてなかった。この旅で失ったものの重圧に耐えられなくて、たまに夢で魘されるんだ」
「わからなくもない」
ヴェルトの言葉には同情も含まれているようだった。境遇を重ねているのかな? もちろん、ヴェルトの責務は罪ではないのだけれど。
トトルバさんは気を取り直し、再び料理にナイフを入れる。
「これが僕の話」
そして私たちにボールを投げた。
「ヴェルトさん、それにリリィさん。聞かせてくれないかい? 君たちの旅の理由を」
私はちらりとヴェルトの方を見ると、ヴェルトも私の方を見つめていた。なんとなく言いたいことはわかる。私の立場、それさえ隠しておけば、バラしても問題ない。そう言っている。
「わかった。話すよ。一方的に聞いただけでは極まりが悪い」
そう言って、ヴェルトは、ヴェルトの旅の目的を話し始めた。
歴史の国と教典の国の戦のこと。それに巻き込まれそうな故郷の村のこと。そして、童話王への直訴と、その代償の旅のこと。
トトルバさんは、ヴェルトの話を興味深く聞いて、程よいタイミングで相槌を入れる。話し上手でもあるけれど、とても聞き上手だと思った。
聞き終えると、トトルバさんは大きく頷いた。
「まずは訂正するよ。同業者なんて言って悪かったね。僕と君たちとじゃ、その重みが全く違うじゃないか! 片や犯していしまった罪を償う旅、片や故郷を救うため自分を犠牲にする旅。もぉー、どうして言ってくれなかったんだい! これじゃ僕がピエロだ!」
「あ、いや」
「すまなかった。いや、昨日はキャメロンを見かけてついテンションが上がっちゃってね。この旅は果てしなく孤独だからさ、つい仲間を見つけたような気分になって舞い上がっちゃったんだ」
トトルバさんは、深く深く頭を下げた。そしてなかなか上げようとしない。
「い、いいよ別に。私たちは別に気にないし。ね、ヴェルト」
「あぁ、そんな大した話じゃない。原石を集めるっていう目的は同じなんだし。いわば、先輩ってことだろ? 情報交換なんてどうだ?」
「き、君たちは、本当に優しいな。ありがとう」
ちょっと声が震えている。
「そうだね。僕も知っている情報は話そう。ついでに、旅の思い出話なんかも聞かせてくれると嬉しい。頼み過ぎかな?」
「構わないぞ。原石の質を向上させるのはお互いに目指すところだろ」
続々と運ばれる料理に舌鼓を打ちつつ、奇妙なところで繋がった仲間の会話が、延々と続いた。時が過ぎるのはあっと言うまで、気が付いたら町は既に静まり返っていた。
「おっと、もうこんな時間か」
トトルバさんは自分の腕時計を見ながら呟いた。
「名残惜しいがお嬢さんを夜遅くまで付き合わせるのも悪い」
「大丈夫だ。こいつ、昨日徹夜してるから。まだ眠くはない」
「むぅ。ヴェルトが言うな」
「ははは。でも、一旦お開きにしましょう。長居し過ぎてもお店にご迷惑だ」
トトルバさんは、テーブルに置いてあったベルを鳴らした。甲高い金属音が響き終えるころには、びしっと決まった制服を着た店員さんが会計札を持って来た。
名残惜しい。私もそう感じていた。
やはり、仲間意識というのは存在するのかもしれない。私たちだけが味わう苦労、辛さ、切なさ、喜び、楽しみ。そういうものが共有できるというのは、思いのほか楽しい。共通の話題を持つ人が、近くにいなかったからそう思うのかもしれない。例えばヴェルトが、童話大好き人間に変わってくれたら、今までの比じゃないほど、今の旅が楽しくなるだろう。
「もしよかったらだけどさ」
会計を終えたらしいトトルバさんが振り向きながら言う。
「明日、時間あったら街を案内するってのはどうだろう? うん、さっき間違えてしまったお詫びってことで」
「どうする、リリィ。明日出発する予定だったが」
「私は回りたい! 出会いも一つの旅の醍醐味でしょ!」
「お前は、変わったな」
「変わってないし」
にししと私は笑った。
「じゃ、決まりだ! この街のとっておきを案内してあげるからね。楽しみにしておいてよ!」
まるで王女様になったような夕餉を済ませ、静まり返った街に戻り、私とヴェルトはトトルバさんに手を振る。
出会いは童話の一ページのようで。
私はしばし、童話を読んでいるときと同じような、幻想的な気分に身を任せた。
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