第62話 思惑を探る

 私もヴェルトも疲労がピークに達していて、今にもベッドとランデブーできそうだったので、謎のおじさん、トトルバさんとはそこでひとまずお別れをした。


「いいよいいよ! 徹夜で賭け事やってたみたいだもんね。いい素材になったんじゃないかな? この仕事、ホントに努力は報われるもんね。また明日、いや今日かな? 落ち着いたら連絡してよ。同業者同士、積もる話もあるでしょ!」


 軽い調子にまとめられて、気が付いたら私の手には、トトルバさんが泊まっているという宿が書かれた紙切れがあった。

 私もヴェルトも無言のまま、自分たちの宿へと戻り、何も言わずにベッドへと突っ伏した。

 そして、日が暮れて目が覚めたのである。


「おや、外が薄暗いね。朝日かな?」

「寝ぼけてるぞリリィ。あれは夕日だ」


 とりとめもないやり取りをしてから顔を洗って戻ってくる。入れ替わりでヴェルトが出て行って、顔を濡らしたまま戻って来たので、荷物の中からタオルを取り出して投げつけてやった。

 瓦の街に来て既に七日。ヴェルトの友人コーギーさんの所在を探すのに三日を費やし、残りの四日をかけて思い出を頂く交渉をした。最終的に昨日の賭博で決着となり、ヴェルトは、この街での責務を果たした。

 睡眠をとってしゃっきりした頭で考えてみれば、なかなかいい出来栄えの童話になるんじゃないだろうか。男と男の真剣勝負! 記憶をかけたバトルの末に……みたいな謳い文句はどうだろう。気分が少し軽くなる。

 となると、この街にはもう用はない。旅支度を整えて、次の街を目指すことになる訳だけど……。


「同業者、ねぇ」


 投げつけられたタオルで顔を拭きながら、ヴェルトが言葉を漏らした。

 昨日出会ってしまった同業者を名乗るトトルバさん。童話の国の秘密を知るあのくるくるモミアゲを、放ってはおけない。


「同業者、ってことは、ヴェルトと同じように、記憶の原石を回収して回る旅人ってことだよね? ヴェルト以外にもそんな人がいたんだね」

「考えてみたら当たり前なんだよな」

「当たり前?」

「あぁ。りりィも、童話の国が一年で一体何冊の童話を出版しているのか、知らないわけじゃないだろ? それを支える人間が俺一人ってのは無理がある。俺は旅を始めて以来、一度も童話城には戻っていないし、集めた原石はこのキャメロンの中にある」

「嬢ちゃんが好きなアレ、何だっけ? 『ガチョウの王子』? あれが目立っているだけでよ。他にもいっぱいあんだろ? この国が出版している童話ってのは」

「『あひるの王子』シリーズ! もう! ガチョウって全然かっこよくないじゃん!」

「がっはっは!」


 全く……。笑い事じゃない。タイトルを間違えるなんて原作者の方に失礼だと思わないのかな。

 でも、ヴェルトとガロンの言う通りではある。

 童話の国が抱えているシリーズは何もあひるの王子シリーズだけじゃない。一巻完結のお話もあれば、児童向けのお話もある。あひるの王子と同様、シリーズものもある。安定して面白い童話を世に送り出すためには、より多くの原石がいる。理屈はわかるけど……。


「なんか、複雑ぅー」


 結局お父様は、童話の国は、他人の記憶からじゃないと面白い童話が作れないということじゃないか。それを創作と呼んでいいとは、私の口からは言えないよ。


「そう落ち込むなって。国を富ませる仕組みを作ったんだ。立派な事じゃねーか」

「そういうものかな」


 ガロンの慰めを素直に受け取れない自分に気が付いた。

 うーん。一国の王女としては飲み込むことにしよう。一人の童話好きとしてはこれから自分に問いかけ続けるテーマにしよう。


「で、これからどうするの?」

「会わないわけにはいかないだろ」


 私は昨日もらったメモに視線を落とした。メモにはこの街の地図が描かれており、トトルバさんが滞在しているらしいホテルには、赤丸が書き込まれていた。

 ヴェルトは立ち上がって外出の装いを纏い始めた。外套だけではなく護身用のナイフまで装備するあたり、警戒は最大限しているみたいだ。


「あいつがどういう目的で接触してきたかもわからんからな。まさかリリィを王女だと見抜いたわけでもないだろうが」

「一国の王女が、童話城から離れたこんな街にいるはずないもんね。任せて。王女じゃない振りは手慣れたもんだよ」

「素のままで十分だぜ! ……いだっ」


 一言多い口には鉄拳の制裁が待っている。ガロンに口はないけれど。

 私も着替えを済ませ、身支度を整えた。

 昨日トトルバさんも言っていたけれど、同業者に会えたというのは、私たちにとってもプラスなのかもしれないし。前向きに考えていこう。

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